74:HAHAHA!
レットの葬儀はポチハチ村で執り行われた。
騎士でも何でもない上に、帝国とのごたごたなるからと、ローニに頼んでガザンにだけ伝えてもらっていた。
この村に転勤させられたのだから伝えないわけにもいかない、という配慮というだけだったのだが。
「レットぉぉぉぉ!!」
まさか、あんなに泣き崩れるとわ……
レットは旦那と呼んで慕っていたみたいだが、ガザンもまた弟分として可愛がっていたようだ。
「やばいなぁ……」
「兄ちゃん、やばいって何が?」
俺がぽつりとつぶやいた言葉をちょうど通りかかったフウが耳に止めたらしい。
「な、なんでもない」
「そっか。それにしても、レットって意外と好かれてたんだね」
「こら、フウ」
軽口をたたくフウをユキネがたしなめた。
死を重く感じないエルフだからこそだろう。
それでも、エルフの子供たちは村が全滅して両親が死んだ時くらいには悲しんでいるらしい。
確かに、ここ数日口数が少ない。
フウやサン、ライウは、レットをナイフや冒険者の師匠としていたからなおさらだろう。
「マキト、レットが残した設計図で家、作った」
小人族達はそういって俺の裾を引っ張った。
「レットは、ずっと2人のために家を設計してたの。
2人が喜ぶところ見せてあげたかった……」
ニンフ達は少し悲しそうにうつむく。
その奥では、カーラが奥で1人酒を飲んで突っ伏していた。
「レットのバカ……」
レットと長かったカーラは、レットが死んでからずっとあんな状態である。
今回の葬儀ももっとデカくしようとどこからか金を運んできた。
それどころか、国葬として商国を巻き込もうとしたらしい。
国王代理のユキネが出席ということで何とか決着をつけたわけだが。
ちなみに、泣き崩れるガザンの隣のローランドが止めなければ、本当に商国国王のユフィンも来るつもりだったようだ。
「私は皆さまほど付き合いが長い訳ではありませんでしたが、
それでもあの人が好かれていたことがわかります」
俺のそばにフェイがやってきた。
「あの方とあなたがいなかったら私達は今もあの男に飼い殺しにされていたでしょう……
何か恩返しがしたかった……」
そういって、フェイは目を伏せる。
と、俺の額に目をやって首をかしげた。
「マキト様、なぜそれほどに汗をかいていらっしゃる?」
「え? あ、いや……えっと……」
俺が言葉に詰まっているとちょうど声をかけられた。
「族長ユキネ、それに村長マキト。遅くなったわね」
後ろから声がかけられた。ドワーフ工房のみんなだ。
オレーシャの隣にいたローニが俺にナイフを手渡した。
「彼は、私の腕を本当に素晴らしいと褒めてくれたんだ。
彼の墓に供えてやってくれないか」
俺の目でも業物だということが理解できる美しい波紋の入ったナイフを受け取ると、ユキネにそのまま手渡した。
「なんか、マキトさん、ずっとソワソワしてますけど……何かあったんですか?」
「え?」
俺は思わず声が裏返った。
「いや、なんでもないよ。うん、あ、ちょっとトイレ行ってこようかな」
「え? またですか? さっきから何度目ですか?」
「ユキネ、行かせてやれ。男には見られたくないものもあるんだよ」
ユキネの言葉をトーソンが遮る。
なんか、妙にトーソンがやさしくて気持ち悪い。
「そ、そうですよね。マキトさん、レットさんと仲良かったし。
ごめんなさい。
でも、私は泣いてるマキトさんを見ても、何も思いませんから…… もし必要だったら……」
そういって、ユキネが手を広げた。
二つの丘がぷるンと揺れる。
飛び込みたい衝動を必死に抑え込み、その場を後にした。
それと、入れ違いにサンがやってくる。
「……トイレにずっと誰かが入ってるんだけど……」
◆◆◆
俺は使用中の札のかかったトイレの前できょろきょろと辺りを見渡す。
そして、誰もいないことを確認すると、ノックを5回リズミカルに打った。
音もなく扉が開いたので俺はそこに体を滑り込ませる。
「やばい、ガザンが泣き崩れてるぞ」
俺の報告に、目の前の男は頭を抱えた。
「てめぇ、早く何とかしろよ!
俺の葬式なのに、何で俺は生きててトイレにいるんだよ!!」
そういって叫ぶレットの口を押さえる。
「バカ! 顔がでかい!」
「うるせぇ! だいたい生き返らせるなら葬式なんて不要だろうが!!」
そうだ。俺はレットを生き返らせたのだ。
目の前にいるのは正真正銘のレットである。
「いやぁ、死んだらさすがに生き返らないだろって思っちゃってたんだけどさ。
今朝もしかしたらって試しに思い付きでやったら、お前ホントに生き返るんだもん。
HAHAHA!」
ゴォっとレットが俺に頭突きを叩き込んだ。
「何が、HAHAHAだ!
思い付きで生き返らせるって俺はクックパッドのレシピじゃねえんだぞ!」
「え~生き返らせた俺に対してその仕打ち?」
「いや、なんで今日なの!? 昨日でもいいし、明日でもよかったじゃん!!」
「う~ん、もういっぺん死んでみる?」
「そんな駄菓子みたいにあの世とこの世を行き来したら、ダメな気がするから断る」
まぁ、賢明な判断だと思う。
俺がやる分には問題ないと思うけど。
「とりあえず、お前もう一回式場行ってこい!
空気を換えろ!!!」
式場に戻ると空気が恐ろしく静かになっていた。
これは、うまく行くかもしれない。
と、ユキネが俺のそばに寄ってきて耳元で囁いた。
「ユフィン……じゃなくてお姉さまが来ました」
「え゛……」
思考が一瞬止まった。視界が鮮やかに切り替わる。
ぞろぞろと黒い正装を身に纏った男たちが村の中に入ってきた。
一目で護衛だとわかる身のこなしである。
そして、その中心に、件の人物がいた。
その女性は、緩やかに神妙にこちらに会釈をする。
俺は手放しそうになった思考を必死に手繰り寄せた。
そして、走り出した。
もう、逃げよう。落ち着くまで、森に身を隠そう。
そうだ、あの温泉の源泉に行こう。
糞ハムスターでも、いないよりましだ。
俺は足を速める。
がしかし、どこからか現れたエルフの子供たちとオークの娘たちが俺に飛びかかってきた。
大人の男であれば、俺は多少痛めつけてでも逃げ切れる。
しかし、子供を傷つけるわけにはいかない。
俺のことをわかっているからこそ、こんなえげつない手段に出たのだ。
そしてこんなゲスイ用兵を行う人間と言えば……
「マキト……てめえだけ逃げるってのは無しだぜ」
俺の目の端で、エルフの子供たちに捕らえられたレットを捉える。
身体中を縄でぐるぐる巻きにされた姿で口角を上げて笑っていた。
「レットォォォォォ!!!」
◆◆◆
葬式がパーティになった翌日、俺はレットが設計しニンフ達が建ててくれた家の中にいた。
それほど広くはないが、いろいろと設備が行き届いていて居心地がいい。
その部屋の中のベッドで寝返りを打つ。
部屋にベッドは一つしかない。
俺の隣でユキネがすやすやと眠っていた。
――。
ユキネの一糸まとわぬ姿に思考が一瞬吹っ飛んでから、俺は視線を逸らす。
いや、別にもう見ても怒られるような関係ではないのだが……
乙女かよ、俺は。
起こさないようにそっとベッドから降りた。
そして、軽く伸びをする。
心地の良い朝だ。
「あの……」
ユキネがベッドの中から声を上げる。
「おはよう……ございます」
目の下まで布団をずり上げて隠れているようだが、耳の色で恥ずかしがっていることが分かった。
「おはよう」
俺はできるだけ動揺を見せないように挨拶を返した。
「いい匂いがするね。朝ご飯をサンが作ってくれてるのかな?」
しゃべりながら違和感のある口調にユキネが少しだけ笑う。
そして、少しだけ寂しそうにした。
「マキトさん、あの人たちとこの世界に来たんですよね?
そして、あの人たちを還した」
「へ? あ~そうだけど?」
俺は昨晩――事が始まる前に――すべてを洗いざらい話した。
ユキネはそれを辛抱強く聞いてくれた。
そして、俺たちは愛し合ったのだ。
それを今さら何が言いたいんだ?
俺は首をかしげる。
「マキト、帰っちゃうの?」
「うん?」
「帰れるんなら……帰りたいなら……」
俺は言いたいことを理解した。
ベッドの上に座る。
「帰ってほしいのか?」
ユキネが布団の中で首を横に振る。
「ユキネの悪い癖だな」
俺はユキネのおでこにキスをした。
終わりにございます。
また、新作書いた時にお目にかかれましたら幸いです。
ここまで読んでいただきありがとうございました。




