73:ヒーロー
俺は、胸に倒れ込んだユキネを座らせると、続いてカーラの前に座り込んだ。
胸をわずかに上下させている。
額に浮かべた玉のような汗を拭ってやると、首筋に指を添えた。
脈の流れに合わせて気を送り込むと呼吸が落ち着く。
乱れていた脈拍もゆっくりと確実に打ち始める。
「何をしているんだ!!」
ケンが俺の背中に剣を突き刺した。
====
【実績「最強対最弱」が削除されました】
実績ボーナススキル【自由】を――
====
立ち上がり振り向くと、その頬に裏拳の要領で手の甲を叩き込んだ。
臍を中心にどこにも手を着くことない側宙を極めさせる。
ギョエと爬虫類系の呻きを上げるケンを尻目にトーソンに視線を送った。
その目が余計なことをするなと切れている。
生きているのが不思議なほどのケガだがどこからその元気が出てくるのだろうか。
とりあえず、大事はないようだ。
ユキネがレットの所まで身体を引きずる。
「レットさんは私をかばって」
俺がそちらに視線を送ると、ユキネが俺の背後に向かって叫んだ。
「――マキトさん! 後ろ!!」
しかし、俺には分かっていた。
俺は、切りかかってきたケンに視線を送ることなく回し蹴りを叩き込む。
そして、何事もなかったかのようにレットのそばに座り込む。
顔が青い。
代わりに腹の辺りは真っ赤に染まっていた。
そして、その赤の黒ずみ具合から身体には命が流れていないことが分かる。
俺は首を横に振った。そして、立ち上がる。
「……どこへ?」
向かってきたケンの頭にアイアンクローを叩き込んで遠くへ放り投げた俺にユキネが声をかけた。
俺はそれに出来る限りの笑顔で答えると、フユミたちの所へと寄った。
「こ……殺すの?」
フユミが薄らと目を開ける。
その目には非難とも諦めとも取れるものが浮かんでいた。
――こっちはこっちで、よく生きてるな……ステータスのおかげか?
と、俺の疑問をくみ取ったのかフユミの口がわずかに歪む。
「もう……死ぬわよ……お願い、ナツキとアキのそばに……」
フユミはそういって目をつぶった。
俺は、フユミとナツキをアキと呼ばれた金竜のそばに放り出す。
そして、金竜の腹に手を置く。
ズブリとその手が沈み込んだ。
ぬめぬめとする中を手探りで探ると、毛玉が手に触れたのでそれを掴み引きずり出す。
出てきたのは女の裸体だ。
その女は、口から大量の液体を吐き出した。
「ぐぅ……こ……ここは? フユミ!? ナツキ!!」
竜の身体から現れた金髪の女、アキはフユミとナツキをかばうように抱きかかえてから、俺に視線を送った。
視線の意味するところは分からなくもない。
「あなたが……」
そこまで言って、思い出したのか、動揺したように視線が泳いだ。
「私達は……帰りたかっただけなの……」
そんなことで殺されかけたら、たまったものじゃないな。
俺はその滑稽さに思わず口角を引き上げてから、自分の思考の異常性に気が付いた。
――そんなこと……か。
俺は、両手から糸を出して一枚の布を織りあげると3人の身体に被せる。
「目ぇつぶってろ」
アキは怯えたように眉をひそめたが、諦めたように目をつぶった。
「ホントはな、お前たちを殺したいと思ってるんだ……」
3人の身体がジンワリと薄くなり消えていく。
「ほお、新しいスキルですか?」
「お前たちがこの世界に召喚した魔術を逆転させて3人とも、元の世界の元の時間に戻らせた。
何せ、俺は”自由”だからな」
「自由だと? 戻らせただと!?
じゃぁ、僕たちがやってきたことは何だって言うんだ!!」
ケンが、クワッと目を見開いた。
怒りの感情を俺にぶつけられてむなしい気持ちになる。
「知るか」
俺の言葉にイラついたようにガァッと吠えた。
目が紅くなり、牙が生えてきて身体も一回りほどでかくなってきている。
そして、その巨体で剣を振るってきた。
最初に俺の頭部が、空中を舞った。
次いで、腰のあたりで二つに切断され、それを左右に両断。
計5つに分かれた。
最初に地面に落ちた右脚が踏みつぶされる。
ついで、左脚が蹴り飛ばされて空中で粉微塵に弾け飛んだ。
左腕と、頭は魔法によって灰にされる。
しかし、俺の右腕がケンの胸倉をつかんでいた。
そこから俺の身体が生える。
「ば……化け物め」
――似たようなもんだろうが。
背負い投げの要領で地面に叩き付ける。
頭から叩き付けようとしたのだが、その翼で器用にそれを避けた。
その腹部を踵で踏みつける。
ブゥっと盛大に口から唾液が吹き上がった。
それを、回転で避けると、その勢いのまま頭部を蹴り上げる。
起き上がるように上空に持ち上がった身体の胸倉をまた掴んだ。
最初の状態に戻る。
違いと言えば、ケンの顔がなぜかさまざまな体液に濡れていることだ。
その奇妙な異臭がする顔に、息がかかるほど顔を近づけた。
「てめぇも世界に戻してやる。
その翼も腕も角も牙も、全部取って元の世界に戻してやる。
ただし、ステータスもスキルも置いてってもらうぞ。
そして、その喪失感だけ覚えて還れ。
さよならだ、ヒーロー」
ケンが世界から消え失せた。
ジュラ紀辺りに戻してしまった気がするが、彼ならうまくやってくれるだろう。
俺は、最後の男に視線を送りながら指を動かした。
「いやぁ、お美事」
俺は糸を操りリュートの首を切断したはずだった。
しかし、リュートはいつの間にか復活している。
「蘇生が君の専売特許だと思いました?
残念、私はこの世界を解き明かしてしまったんですよ。
私には、いや私にも死の概念はありません」
リュートは嬉しそうに両手を開いて天を仰いだ。
「さぁ、これからどうしましょうか。
ワクワクしますね。
これからあなたがこの世界をどんな風に変えていくのでしょうか」
「そうだな。俺はこれからこの世界にどう関わるんだろうな。
魔王になって滅ぼすかもしれないし、現れた魔王から救うかもしれない。
もしくは、温泉が売りの小さな村の村長としてゆるゆると暮らすのかもな」
俺は笑いかけた。
「でもそれは見せない。お前には見せてやらない」
俺たちのいる風景が一瞬で白い何もない空間に切り替わった。
リュートは、クエスチョンマークを浮かべて首をかしげる。
「おや、ここは?」
俺は疑問には答えない。
代わりにその顔面に拳を叩き込んだ。
ぐちゃりと鼻の潰れた感覚がして、そのきれいな顔が赤く染まる。
「グブッ、む……無駄だと……私はすぐにもど――」
リュートは自分の顔を触り、その指を確認した。
「なんで……何で血が? 痛み? え?」
リュートは何かを確認するように両掌を顔面に叩き付けた。
体液が飛びちる。
「え? 何故? 怪我? なおら……え?」
初めての、もしくは久しぶりの状況に脳みそがいろいろな神経信号を遮断していたのだろう。
少しだけ時間をおいて、それが流れ始めたらしい。
ぼおっと顔面をいじくっていた両手がぴたりと止まり、突然目を白黒とさせた。
「痛い! どうして!! 治れ!
何で痛いの? 早く治れ!! 治っれよ」
俺は、地面の上でのたうち回るリュートの髪をふん掴む。
「今、ここはお前の知ってる世界じゃない。
お前の知らない流れの世界を作った。作ってやった。
お前のために。お前1人のために。
この世界にはお前しかいない。お前だけなんだ。
他人も物質も、空間も時間も、力も何もない世界だ。
この世界はお前の大好きな変化も変貌も変容もしないし、お前はさせることもできない。
お前はこれからこの変わらない世界で乾いていけ」
きちんと俺の声は届いただろうか。
少し不安になりながら、顔についたリュートの体液をぬぐい、リュートの高そうな服にこすりつける。
「じゃあな」
俺はその世界を後にした。




