72:自由
「待て……」
俺の言葉を無視して歩き出したケンの腕を掴む。
そこでやっとケンは視線を落とした。
そして、掴んだ俺の手をグチりと踏みつぶす。
痛みはない。代わりに指が粉々になった感触。
結果、さらに力を籠めようとして失敗した。
それを確認するとケンはまた歩き出す。
俺の行動にリュートが口を開いた。
「彼の原動力は自己優越感です。
だから、最初にあなたが城から追い出された時に、助けることもしなかったし、
目の前で仲間が傷つけられても逃げ出そうとした。
見事な勇者っぷりです」
リュートは笑う。
「彼の作り上げた愉悦の城はあなたのせいで危機に陥った。
そのせいで壊れちゃったんですよ。
今の彼にあるのは恨み辛み妬み嫉み僻み。
この世界に存在するすべての陰気のせいで、あなたが苦しむことを期待しちゃってるんですよ。
素晴らしい、勇者たるにふさわしい」
ケンは座り込んでいたユキネの前で足を止めた。
しかし、ユキネはケンを見ることをしない。
「お前だな? お前が魔王か?
マキト君やフユミ達を――」
「逃げ……ろ……」
出そうとした声が裏返った。
今更になって痛みが神経を蝕む。
ケンが振り返り、俺にナイフを放った。
背中に何かがぶち当たる。
「おい、女、こっちを向け」
ケンが、ユキネの胸倉をつかんだ。
しかし、それでもユキネは俺から視線を離さない。
そして、笑った。
いつものように透き通った笑顔。
「マキトさん。あの子達のことお願いします。
でも、できればもっと一緒に――」
「無視をするな、女ぁ! こっちを見ろぉ~」
尖った耳が少しだけピクリと動いた。
しかし、その顔は暖かい、優しい笑顔のままである。
その腹には剣が突き立っていた。
ユキネの身体が傾いだ。
そして、膝から下が無くなったように倒れ込む。
「ああああああああああああああああああ!!!!」
気がついたときには突っ伏したまま叫んでいた。
身体中が痛む。
立ち上がろうとして、失敗して顔面を打ち付けた。
血管に熱い鉛でも流しているかのように身体が重い。
それでも、前進を辞める気になれなかった。
「ああ――……」
喉の中が切れた。
叫び声の代わりに唾液混じりの血を吐き出す。
その時点で前進を止めるという選択肢は頭になかった。
「てめぇ!」
声にはならなかったが、俺は確かにそう叫んだ。
そして、ケンの体に倒れ込むようにしがみつく。
ケンは楽しそうに、俺の身体を払った。
じゃれる、そんなレベルの動きだったが、俺の身体はゴムボールのように跳ねる。
それでも、それでも。
「マキト君、何を遊んでるんだい?」
ケンは俺の身体を地面に叩きつける。
そして、バウンドした身体の中心に爪先を叩き込む。
痛み、吐き気。
胃液は口からでは間に合わず鼻から吹き出す。
神経がおかしくなったのか、目の前がチカチカと瞬く。
「遊んでる暇はないんだよ」
ケンはいまだにギリギリの呼吸を続けるユキネに冷たい、しかし、楽しそうな視線を送る。
――やめろ、やめてくれ!
声の出し方がわからなくなる。
それどころか、感情の出し方すらわからなくなった。
必死にしがみついて、少しでも、わずかでも。
俺は、そこで、偶然にもユキネが取り落とした矢を拾った。
それを無意識で握り混む。
そして、ケンの太腿に突き立てた。
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【実績が解除されました】
●最強対最弱
――その時不思議な事が起こった。
【実績解除ボーナス】
自由:自由
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ケンはその矢をちらりと見た。
その目にありありと怒りの表情が浮かぶ。
「マキト君、邪魔しないでくれ」
ケンが剣を横に振るった。
首筋に熱が走り、地面が傾いた。
そのまま地面に叩き付けられて転がって分かった。
頭と胴体が切り離されたことに。
ケンは愉快そうに笑う。
リュートは残念そうに肩をすくめた。
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【実績「最強対最弱」が削除されました】
実績ボーナススキル【自由】を――
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俺は、2人を見ながら笑って見せた。
身体が俺の首を拾う。
そして、俺は見知った高さからの視界に戻ってちょっと安心した。
そして、倒れ込んでいたユキネの腹に手を当てる。
ポオっと温かいものを流し込むとその傷が癒えた。
間に合ったことに俺は安堵する。
「な……首を……え?」
そんな俺の様子を信じられない、とケンが俺と剣を交互に見比べる。
俺は動作を確かめるように首をゴキンと鳴らした。
「習っただろ? 俺が死んでも自由は死なないんだよ」




