7:もう少しだけしてもらってていいですか?
ローニが出立して3日ほど経っていた。
その間に、いろいろ作ってもらったが、最もありがたいのは春と夜となずけられた二つの弓だ。
合成板に金属のケーブルや歯車の付いたその弓で、その機構を使って通常の弓の数段上の威力で矢を射出するらしい。
ヴィスナーの方は取り回しがよいように切り詰められているが、代わりに力を必要とするためにユキネが使うことになった。
ノーチの方は、少ない力で威力を高めるためさらに長大になっている。長距離での狙撃が可能となっているが、代わりに連射速度は遅い。こっちはフウが使うことになった。
そういうわけで本日は、ユキネとフウが狩猟採集に出ている。
俺はと言えば、お休みというわけにはいかなかった。
一生懸命地面の岩を掘り起こしていた。
「ふんぎぎぎぎぎががぎぎぎががぎぎっぎぎぎ」
「ねぇ、兄ちゃん遊んでよ~」
「うるさい、君たちは野菜の世話と布織ってなさい」
「野菜の世話は終わったし、機織りは、アマちゃんがやってて、ライウは暇なんだもん!」
「おぉぉぉぉれがぁぁぁぁあ、暇に見えますかぁぁぁぁ?」
「見えないよ。さっきから何してるの?」
「水路づくりぃぃぃぃ」
そうだ、先ほどから岩を掘り起こし、ポチ(体重数百キロと思われる毛の長い牡牛)と一緒に溝を掘っているのは水路を作るためだ。
村からの距離にして10キロくらいだろうか。
これ全部掘るとしたら不可能だが、昔使っていたような水路とため池があるのでそれを活用することにしたのだ。
そこまで水をひけば、村の近くまで流れ込む設計らしい。
「すごいね! 何かさっぱりわからないけど!!」
そういって、抱き着いてきた。
やめなさい、泥で汚れるぞ。などと言っても聞きはしない。
ひとしきり俺の身体をテーマパークに遊んだところで落ち着いたのか俺の前に降り立った。
俺は、頭をポフポフとなでてやる。
「この前食べた鹿の胃袋で水袋をまた作りなさいよ」
「あれ、ユキネ姉ちゃんがもうやっちゃったよ」
なら薪割りでもやらせるか。ちょっと危険かもしれないけど。
暇そうな子供を集めさせると俺は全員を整列させて号令を発する。
「よし、君たち。斧を持ってきなさい」
「斧?」
「薪を作ってもらう!!」
俺はその間にその辺に生えている木を糸で斬って丸太にする。
正直言えば、薪作りも俺が糸でやったほうが早いのだが、仕事としてはちょうどいいだろう。
子供たちが試行錯誤を始めたのでまた、俺は水路作りに戻る。
そして、陽が傾きだしたころ、やっと終わりが見えた。
「マキトさん、どうですか?」
「えぇ、もう、終わりそうです。そこの土壁を崩せば開通です」
と、フウがにぃっと笑ってその土壁を蹴り飛ばした。
無事開通。
なんか、最後雑じゃない? まぁいいけど。
「水っていうか泥だね」
「ホントは、もう少しいろいろしたかったんだよ」
「いいじゃん、もう帰れるんでしょ? これで」
「まぁ、一時すれば落ち着くだろ。落ち着かなかったら一回水抜いて考える」
「そんなことより、ねぇねぇどう?」
フウはニヒっと笑うと仕留めた2羽の鳥を俺の前に突き出した。
よくやったな、と俺は頭をなでてやる。
「あの、えっと、私も……」
そういってユキネは捕まえた鳥を6羽ほど見せてきた。
そして、目を細める。
ん? と俺が首をかしげると、ユキネは不満そうに口をとがらせる。
「もう帰ります」
あれ? なんか怒ってらっしゃる?
◆◆◆
村に戻るとポチがモウと一つ鳴いた。とてもうれしそうだ。
その声に子供たちがやってきた。
そして、驚愕に目を見開く。
「ポチが2匹いる……」
帰り道に毛長牛を見つけたのだ。
しかも雌。
牝牛の方は元からフレンドリーなのか、ポチのおかげか、敵対するような行動もなくすんなりと俺達を受け入れた。
暴れたらめんどくさいので一応【調教】はかけてあるが。
「こいつは食べるの?」
ポチよ、おまえさんの嫁さん候補は目の前のガキからしたらごちそうに見えてるらしいぞ。
つか、“こいつは”ってことは、隙あらばポチも食おうと思ってるのか?
「いや、食べない。食べないで増やす」
子供たちはがっくりと肩を落とした。
この様子なら、子牛を殺す段になってもどこぞの小学校みたいな悲劇は起きないだろう。
つか、エルフってその辺については意外とドライなのね。
◆◆◆
夜、寝床はいまだに無事な集会場跡である。
俺とユキネはその場所が見える少し離れたところで番をしていた。
最初の頃に比べて、俺のトラップの腕も上がったのでぐっすりと眠れる時間が増えているのはいいことだ。
だからこそ、寝る前の会話の時間が増えていた。
「あの集会場以外の家も早く直したいもんですね」
「そうですね。でも、マキトさんのおかげでここまで暮らせるようになりました。本当にありがとうございます」
ユキネはかしこまったように頭を下げた。
俺は、なんとなしにその頭をなでる。
と、ユキネが驚いたようにびくりと震えた。
「あ、すいません。子供みたいな扱いしちゃって」
「やっと、してくれましたね」
そういって、にこりと笑った。
「へ?」
「もう少しだけしてもらってていいですか?」
そういって、身体を寄せてきた。
ふんわりとした、しかし、頭の芯までしびれるようないい匂いがする。
脳内がぐるぐると回っていると、ユキネが口を開いた。
「私ひとりじゃここまでできませんでした。今頃、何かに食べられてるか、散り散りになって人買いに攫われていたか……」
違う。俺はそんなたいそうなもんじゃない。
逆だ。みんなのおかげで俺は不安にならなくて済む。
「助けられてるのは俺の方なんですよ」
そういって、俺はユキネの肩を抱いた。
「お互い様です」
「それでも、ありがとうございます」
ユキネはそういって俺のおでこにキスをした。
その晩、俺が一人眠れずに一晩中、番をしていた理由と、いまだにDTであることは無関係のはずである。