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69:始末

「3人とも生きてるのか?」


 体を起こしたケンが俺に聞いてきた。


「お前たちは危険だけどな。死んじゃいない」


 俺の言葉(意趣返し)にケンは苦々しそうに顔をしかめる。


「見逃してやろうか?」


 恐らく、ケンからすれば願ったり叶ったりの申し出だろう。

 俺としても退いてほしい。が、そうも簡単にはいかない。

 お互いにお互いを信じきれないからだ。

 後ろを向いた瞬間ズドンとなる可能性がないわけではない。


 悩んだ末だろう。

 答えなかったケンの足元が爆ぜた。

 俺はそれに応えるべく、地面を蹴った。


 彼我の距離、4メートル。剣の間合いではない。

 代わりに俺の糸の射程だ。

 俺は、指を駆使して糸を張り巡らせる。

 するとケンが剣を振り上げた。

 届くような距離ではない。なぜ?

 しかし、脳が疑問を解消することよりも先に、身体がその違和感から逃れることを選んだ。


 倒れ込むように身体を横っ飛びさせる。

 次の瞬間、ケンと俺の間に張った糸が次々と音もなく切断されていく。

 そして、その切断が俺のいた場所を通り過ぎた。


「飛ぶ斬撃!?」


 斬った勢いなのか、剣術スキルの中にでもあるのか。

 さらに、ケンは口をわずかに動かした。

 呪文の詠唱だ。

 ケンの眼前に巨大な炎の槍が現れる。

 そして、俺に向かって射出した。


 初速からマックスだったそれは、ロケットが如くさらに加速。

 身体を無理にひねってその直撃を避ける。

 と、その隙にケンが俺の眼前に近づいていた。


 居合のように抜きざまに振るわれる高速の剣。

 糸を手繰って体勢を無理矢理変えて避ける。

 そして、ケンの足を水面蹴りで払った。

 ケンは倒れるものの、側宙の要領で横転を回避するとそのまま剣先を突き込んできた。


 1つ、2つ、3つ。


 狙われた頭部を振って、皮一枚で避ける。

 4度目の突きを、掌で払うと俺は胸倉をつかんだ。


「何を――」


 しゃべろうとケンが動かした口を中心に俺の額を叩き付けた。

 プフッと血飛沫が舞う。

 そして、ヌチャっという湿った音と共にケンが俺から距離を取った。

 目を見開き顔面を押さえている。その目が血走っていた。


「どうする?」


 俺は、額をぬぐった。

 赤い物がテラテラと袖口を濡らす。


「ふ、ぐぐぐ……」


 ケンの足が前進を止めた。間違いなく迷っている。

 退くか?

 そこで俺の足を何かが掴んだ。


「ケ……ン……逃げて……」


 黒いローブのフユミだ。

 気を失っていたはずだが、いつの間にか取り戻したらしい。

 俺の気が一瞬そちらに向く。

 と次の瞬間に視線の端で何かが動いた。


「てめぇ!!!」


 俺は目を疑った。

 ケンが全速力でその場を逃げ出していたのだ。

 俺の予想では、停戦の話があると思ったのだが、ケンはそれすらせず、自分だけで逃げ始めたのである。


「離せ! お前捨てられたんだぞ!!」


 俺が足をぶんぶんと振り回すが、フユミは離さない。

 その間にも恐ろしい速度でケンが離れていく。

 肚の底に奇妙な怒りと、女どもへの不思議な憐みが沸き上がる。


 と、その直後突然弾かれたかのようにケンが横に吹き飛んだ。

 その場所が黒いモヤのようなもので覆われると中から一人の男が現れる。


「リュート……」


 俺に魔王になれといった男だ。


「いやぁ、壊れちゃいましたね……」


 残念そうに呟くとケンの元へ寄っていく。

 そして、ゲボゲボと咳き込むケンの鼻頭につま先を叩き込んだ。

 俺の頭突きで潰れた鼻がぐちゃりと完全に陥没する。


「け……ケン!! ケン!!

 リュート様!! どうして!!!」


 気を取り戻したナツキがケンの元へ寄ろうとしてよろめいた。

 俺の打撃によるダメージが抜けきっていないのだろう。

 それでも、最後の力を振り絞り倒れ込みながらナツキは口を動かした。


「春が澄み、雪の流れ、霧舞う。緩りと舞い戻れ」


 温かい魔力がケンの元へ流れ込む。

 回復魔法だ。

 しかし、その間にリュートが立つ。


「青き闇、赤き水。骨を咥える黒き犬。魔の否定」


 収束していた魔力が一瞬で霧散した。

 なぜ、ナツキの口がそう動く。

 しかし、そんなことには興味がないように男は俺の方を向いた。


「いやぁ、ご立派でしたね。

 マキト様。ホントにもう魔王の貫禄出てきてますよ」


 リュートはパチパチと手を叩いて俺を称賛した。

 反吐が出るような美しい姿に思わず上がってきたムカつきを唾と一緒に吐き捨てる。


「何しにきやがった」


「何って、これの始末をしに」


「始末? まだ使い道ならあるだろ」


「いえいえ、私は勇者()魔王(あなた)を戦わせてみたかっただけなんです。

 結果は、魔王の勝利、というところでしょうか。

 あ、ちなみに勇者と魔王の違いって知ってますか?」


 俺はリュートをにらみつけたまま両手を握って開いた。

 そして、リュートもまた俺の返事など期待をしていなかったらしく、話を続ける。


「立ち上がったものを勇者。立ちはだかったものを魔王というんです。

 この2つに違いがあるでしょうか? どちらも一緒です」


 そういってユキネ達の方を指差した。


「そこに立っているエルフの娘からすれば、あなたが勇者でこれが魔王に見えたはず。

 違いと言えば立場だけです。あなた達は一緒の物なんですよ」


 ――この男を斬るか?

 いや、一瞬で身体を修復した方法をあかさなければまた同じことだ。

 俺の思考など気にもしないようにリュートは演説を続ける。


「では誰が立ち上がれるのか、立ちはだかれるのか。

 それは狂った者、もしくは狂える者です。

 あなたは狂える者です。彼は狂った者です。

 そしてたった今あなたのせいで狂いきっちゃいました」


 さも嬉しそうに笑顔を浮かべるリュート。

 よっぽど俺達の戦いに興奮したのだろうか。

 舌がよく回る男だ。


 フユミがそのリュートに向かって魔法を撃ち込んだ。

 が、それはやはりかき消される。


「あ、そうですね。勇者(これ)の新たな使い道を思いつきました。

 立ち上がる杖を授けましょう。

 最近新しい呪文を思いついたんですよね」


 クツクツと笑いながらリュートはケンの髪を鷲掴みにした。

 そして、口の中だけで何かを呟く。

 すると、ケンの身体の傷が何事もないかのように癒えた。


「あれ? こ……ここは? え? リュートさん?」


「あ、勇者様気が付きましたか?

 あなたと一緒にこの世界に来たマキトさんなのですが……

 やはり魔王に乗っ取られていました……」


「な……やっぱり……」


 ケンが頭を抱えてこちらを見ている。

 何がやっぱりだ。頭突きが足んなかったか?


「フユミ、ナツキ。二人も大丈夫?」


 2人は声をかけられて、困惑したように目を見合わせた。


「あの2人も、魔王の瘴気に当てられているようですね。

 さぁ、持っている剣を……」


 ケンが持っていた剣にリュートは手をかざした。

 その剣が青い炎を纏う。


「これは?」


「魔王の瘴気を切り裂く魔力を纏わせました」


 ケンは剣を構え直した。その目には赤い光が灯っている。

 と、ケンの視線がフユミへ送られた。

 そして、その顔に暗い影が映る。


「まずは、フユミ、君から助けるよ」


 ゆらっと身体が動いた。

 次の瞬間フユミの眼前にケンが立っている。

 そして、その身体には剣が突き立っていた。


「え……?」

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