62:任せてください
ドワーフ工房に似つかわしくないヒラヒラドレスの女、フェイは妹と二人で俺に頭を下げた。
「なんと感謝してよいものでしょうか」
「いや、そんなに畏まられてもね……ねぇ?」
俺は隣に座っていたユキネに視線を送る。
ユキネもどうやら感じたところがあったらしく、俺の方を見ていた。
なにやら妙に真剣な表情になぜか視線をそらしてしまう。
「おうおう。マキトさんが美女に見つめられて困ってやがる」
「うるせえぞ」
ユキネも気がついたのか顔を赤くして視線を戻す。
フェイはそんなことを気にする様子もなく、口を開いた。
「それにしても、一体どこであのようなことを考え付いたのですか?」
「どこでっていわれても……」
異世界じゃ普通の話、といっても分かってもらえないか。
「まぁ、いろいろとね。むしろ逆にどこで気が付いたんで?」
「いえ、どこでというか……
あなたの言ってたことや、やってることの流れを追っていけば、だいたい……」
天才型だな、この人。
知らないことを自力で見つけやがったのか。
「それにしても、粉挽権は本当に国に渡すんですか?
しかもただで?」
「まぁ、わかってるでしょ?」
基本的には俺の目的は、帝国から粉挽権さえ戻ってくれば達成だ。
それに、この利権で儲けるのは敵を作りすぎるだろうから我慢するしかない。
フェイもそれはわかっているのか、「そうですね」と苦笑いをしながらお茶を一口飲む。
そして、申し訳なさそうに口を開いた。
「あの、ご迷惑をおかけして置いてさらに、一つお願いがあるのですが……」
「と言いますと?」
「妹をあなた方の村においてくれないでしょうか。
私はこの国にはいられません。
ギャロンやドランザにケンカを売ってしまいましたから。
それにあのログルートもまだ生きています。
ですが、妹のリュカだけなら……」
「ダメです」
ユキネはお茶をテーブルの上に置いて言い放つ。
「だいたい、フェイさんはどうする気なんですか!」
「私は……大丈夫です。私一人なら何とでも――」
「――死ぬ気ですか?」
フェイの顔がわずかに引く付いた。
リュカが驚いたようにフェイを見つめる。
それと同時にユキネはフェイの手を握った。
「あなたは最悪です」
「きゅ、急に何を……」
「そうですよ。
昨日だって、自分はどうなってもいいから妹だけでもって。
リュカさんの気持ちを考えてみてください!
そんなことされて助かってうれしいと思いますか?」
「でも……」
「でもも、へちゃむくれもありません!
フェイさんも一緒じゃないとだめです!」
「そんな! それでは意味が――」
「私達が何とかします!
マキトさんもいるし、カーラもレットさんも、トーソンさんだっています!
それともなんですか?
リュカさんといっしょにいたくないんですか!?」
フェイは下を向いてしまう。
「私は……ダメです」
何とも根深いものがあるようだ。
ユキネの自己犠牲には美学などない。
そうするべきだという確固たる精神性だ。
だから、俺の言葉を受け入れられる。
しかし、彼女のそれは、商人という美学の上に成り立っている。
だからこそ、ユキネの言葉に全部を乗せられない。
しかし、ユキネの発言は確かにそれを突き崩しかけている。
そして、崩れかけていることが恐ろしいのだ。
歯の根が鳴るほどに噛み締め、その足場を守っている。
まあ、この調子ならあと一押しだろう。
「わかった。リュカは俺たちの村で預かる」
「マキトさん……そんな……」
ユキネの気持ちは痛いほどにわかった。
フェイに過去の自分を重ねているのだろう。
俺は、ユキネの頭に手を置いた。
俺の気持ちが伝わったのか、ユキネはコクリとうなずいて口を閉じる。
「しかし、こちとら偽善であんたの妹を請け負うわけにはいかん。
飯だって服だって金がかかるからな。
ところで、社長。
EO商会には店員が必要だとは思わないか?
金勘定が得意で笑顔が素敵な」
「そいつはいいや。
また、今度カーラに金についてやらせてみろ。
あいつそろそろ切れるぞ」
レットがけらけらと笑う。
ユキネは少しだけ首を傾げた後で、フェイの顔を見てパチンと手を叩いた。
「そうか。フェイさん。うちのお店手伝ってください!
これは商談です!
その代りお二人の衣食住と安全を提供しますから!」
「本当に……いいんですか?」
「任せてください」
ユキネが胸を叩いた。
「まぁ、オークとエルフが手を組んでそこに屠竜がいるんだから、
いつ、因縁つけられてもおかしくない場所だけどな」
レットはからからと笑うと部屋を出て行った。
フェイもまた、「ありがとう」と深く頭を下げる。
その2人が出て行って、2人っきりになった。
「あの、マキトさん。さっきからなんでそんな顔で見てるんですか」
「いやぁ、さっきよくあんな啖呵切れたもんだなって」
「さっき?」
「フェイに最悪だって。昔同じこと言われた人がいたなって思って」
思い出したのか、耳の先まで赤くする。
「だって……私が言われて一番うれしかった言葉ですから……」
ユキネがテレテレと頭をかいた。
◇◇◇
ユキネは1人で街を歩いていた。
両手には大量のリンゴを抱えている。
サンがリンゴを使ったデザートを作るのだというので買ってあげたのだ。
ドワーフ工房への道には、一か所人気のない路地がある。
そこに入った瞬間に背後に奇妙な気配を感じた。
反射的に振り返るとやけに速度を出している馬車が一台。
避けようと端へ寄った瞬間、身体に影が巻き付いた。
――魔法だ。
身体をくねらせ逃げようとするバランスを崩してその場に倒れ込む。
その上、口にまで影が巻き付いて声も出せない。
「おい、このエルフで間違いないか?」
馬車からフードを深くかぶった男が2人降りてきた。
「あぁ、城の中から出てくるのを見た」
「よし、乗せるぞ。急げ」
――いやだ、やめて! 家に帰して!!
声にならない叫び。
「うるせえぞ!!」
腹に叩き込まれた拳が胃を無理矢理蠕動させる。
喉に熱いものがこみ上げてきたが、ふさがれた口のせいでそれはまた戻っていく。
――痛い、熱い。助けて!




