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61:一か八か

 俺は外へ視線を移す。間に合うか、間に合わないのか。

 そればかりが気になって仕方ない。

 と、目の前で急にフェイが極悪人のように顔を歪ませた。


「お父様、現在あなたが自由にできる麦はどこにもありませんわ。

 明日までに手に入れるとなると……どういたしましょうね?」


「フェイ、何を考えているんだ?」


「お父様から教えていただいたこと。覚えてますか?」


 ――目標を持て。達成したら必ず引け。勝てない勝負をするな。慌てず急げ。賭けるな。そして、他人を信じるな


 暗唱のようにフェイは目をつぶって口から流す。


「私の目的はあなたを殺すことです。

 あなたを殺すためにどうすればいいか、ずっと考えていましたわ。

 そうしている間にも私は、あなたの教えを学び、感化され……いつの間にかあなたになっていました。

 私にはあなたが考えていることがよくわかる。

 そして、それはあなたも同じはずですわ」


 ログルートは信じられないといった顔をしている。


「特に勝てない勝負をするな。これが強烈でしたわ。

 そして、それを仕込んだからこそ、あなたは私を自分の一部だと勘違いなさった」


 フェイはにこりと笑った。

 しかし、そこにある感情はその笑顔には不釣り合いに邪悪なものだ。


「だから、全部破ろうと思いますの」


「脅しか? 確かにあのバカな弟であればお前の案に乗るかもしれんな。

 そして、小麦の供給に失敗させてドランザから殺されろと?」


 ログルートは一瞬怒りにも恐怖にも似た感情を露わにした。

 しかし、それは本当に一瞬。

 すぐに、平常心を取り戻した。


「お前を信じただと? バカな。

 お前が私になっただと? ぬかせ。

 私はお前を信じたことなど一度もない。

 ずっとお前のそばには私の手の者がいてお前をずっと見張ってきたのだ。

 お前はてっきりこのマキト(若者)と組むと思っていたのだがな。

 そして、妹を助け出すのかと思っていたのだが……」


 妹、そう言われてフェイの頬がピクリと動いた。


「お前はリュカ()を見捨てようとしている。

 しかし、お前には無理だ。

 あの娘は特に母親に似ている。

 そして、お前にもな。

 お前が理解できているというならば、あの娘が何のために存在しているかわかるだろ?

 あれはお前の鎖だ。

 飼い犬が引きちぎれるような鎖を私が付けると思うか?」


 フェイが俺をにらみつけた。

 俺は大きくため息を吐く。


「全くだ。あんたらの関係について調べてみたが、流石に細かいところはよくわからないからな。

 だけど、いつかそんな話が来るものだと思って準備してたんだ。

 妹を助けてくれって。

 ところが、今日だ。

 こんな会談もいつかあるとは思っていたけど、まさか今日になるなんてな」


「そうか、助けを求めたかったのか。

 しかし、私の手の者がいたから助けを求められなかった……

 お前の父親と似ているな。

 お前の父もお前たち二人を何とか助けようと動いていたようだ。

 まぁ、無理だったがな。

 さ、この話は終わりだ。

 麦を私に返し(売り)なさい。

 お前は(リュカ)を裏切れないのだから」


 と、俺の鼻がやっと目的の匂いを嗅ぎつけた。


「待ってくれ。俺からも話しがある」


 と、レストランの扉が押し開けられた。

 開いたのは、レット。そして、その横にはユキネと少女。

 フェイがそれを見て呟いた。


「リュカ……」


「なぜだ! お前たちは一度も会話をしていないではないか!」


「ホントだよ。これも一か八かだったんだぜ?」


 俺がほとほと呆れたように言うとフェイは机の上に突っ伏した。

 緊張の糸が切れたようである。


「あなた達を信じて賭けたんですのよ。

 あなた達が商人ではないから」


 と、レットがリュカの頭に手を置いた。


「で、この嬢ちゃんはどうするんだ?」


 ログルートが慌てたように立ち上がった。


「私が買い取る。君の言い値でいい」


「俺達はEO商会だ。(エルフ)(オーク)の会社。

 オークの男とエルフの女が仕切ってんだ。

 商談ならそっちにしな」


 俺はユキネを指さした。


「何が欲しい。何が必要なんだ? 言ってみろ」


 慌てたように立ち上がるログルートにレットがナイフを突き付けた。

 周りの護衛が剣に手をかけるが、レットは涼しい顔をしたまま動かない。

 と、突っ伏していたフェイが頭を上げた。


「ユキネさん。これは私の最後の勝負なんです。

 勝つためにその子が必要なんです。

 その子を私に……かえしてください。

 この勝負は勝っても負けても私には何も残りません。

 素寒貧です。

 だから、終わったら私の身体でも何でも好きに使ってください。

 身体がこんなのですから、高くは売れないかもしれませんが……

 何でもします」


 この2人はどこか似ているのかもしれない。


「別に私はこの子を取引材料に使いたくて連れてきたわけじゃありません。

 この子がそう望んだからです」


 リュカがずいと歩み出た。


「お姉ちゃん、ペンダントまだ持ってますか?」


「え……えぇ」


「中……見ましたか?」


「中?」


 フェイは震える指でそのペンダントを開いた。

 中から一枚の紙が零れ落ちる。

 俺の方へ飛んできたその紙を拾い上げて渡した。

 フェイはそれを読んで、身体を震わせる。

 そして、その紙をテーブルに叩き付けた。

 びっしりと書かれた細かい文字。

 そこには、愛してる。や、ごめんね。といった言葉がたくさん書き記されていた。

 特に最後の一文は他の文字よりも大きく、力強く、震えた文字で書かれている。


『リュカはパパとママの子、あなたの妹よ』


「読んでるのかと思ってました。

 そして、私がママを殺したから嫌われてるのかと思ってた……

 でも、ホントはずっと私のことを助けようと思ってくれていたんですね……」


 その夜ログルート商店は商国から撤退することになる。

 そして、次の日の朝、スカーレット商会は廃業した。

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