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60:『ごめんなさい』

 フェイは、コロマルドア家(ログルートの実家)の現当主であり、ログルートの弟のブタラン・コロマルドアに会いに帝国まで来ていた。


「お久しぶりですわ、おじ様」


 ログルートの弟とは思えない程に肥えたブタランは、フェイの顔を見てすぐにそらした。

 そして、差し出した書類を受け取る。


 ログルートの弟ではあるが、その容姿は全くと言っていいほど似ていない。

 濁り切った瞳、だらしなく開けられた口、そして丸い腹。

 金で最低限の身だしなみを買ってはいるが、溢れ出す品性が伴っていない。

 なぜならログルートの金で大貴族となったが、このブタランは根っからの小市民だからだろう。


 そして、いまだに女に慣れない。

 例えそれが姪であっても。

 だから、その視線を自分に向けさせたくないフェイはあえてブタランの目を見据える。


「兄上からか?」


 そう言って、ブタランは書類に目を通す。

 そして、目を上げるとチラとその胸に視線を移してから、また下げた。


「ええ、お父様はログルート商店の小麦を一度コロマルドアの蔵に入れたいのです」


 ログルートがギャロンから買い上げた小麦について、ログルートは全く関与していないことになっている。

 すべて別の――ダミーの――店を噛ましているのは、小麦の件とはあくまでも距離を置いておくためだ。


「それにしては、その……高くないか?

 いま、商国は小麦の相場が安いと聞いているが……」


 短い指を器用に使って書類をもてあそぶ。

 フェイは心の中だけで、大きくため息をついた


 確かに今の相場よりも高い額だが、送料やその他色々あるだろう。

 むしろ、それを加味すれば喜んで買ってしかるべき値段である。

 単価のみに目が行くのは無能の証拠だ。

 しかし、それをいちいち説明などしない。


「お父様のお考えあってのことでしょう」


「……そうか」


 そう言って押し黙る。

 この男は、嫉妬心と劣等感の塊だ。

 その上、ログルートのいうことに文句ある顔をしながら決して否定しない。

 他家からはコロマルドア家におけるログルートの搾りかすと嘲笑されるだけの存在。

 フェイはこの男の評価をEから変えたことなど一度も無い。


「これから私達は持っている麦を一度大量に放出します。

 また、値段が下がるでしょう」


「な、そうすると大損をするではないか! 兄上は何が目的なのだ?」


「えぇ、今ギャロン様は麦をせっせこ集めてます。

 国の麦に手を付け手に入れた退勤の味が忘れられないそうです。

 今はお父様から大金を借りて集めています。

 せっせこ、せっせこ、せっせこと」


 フェイは口元を手で隠して笑う。


「ギャロンを借金で動けなくする気か」


「えぇ、誰かが麦を使って大金を掴もうとしています。

 お父様はそれを逆手にとって国を牛耳るおつもりですわ」


「昔兄上は言っていた……貴族では国は持てないと……

 まさか、国を乗っ取るつもりか……」


 その目は、恐怖でも羨望でもない、嫉妬に似た光が浮かんでいる。

 それを見ていたフェイは、真一文字に口を引き締めた。

 そして、胸かかっているペンダントに手を持って行く。


 昔、フェイの妹(リュカ)の誕生日に呼ばれたことがあった。

 その時、フェイはいら立ちを隠せなかった。


 ――この娘のせいで母が死んだ。


 そう思い込むしか、フェイが正気でいられる手段がなかったからだ。

 誕生日会の席で初めて会った妹は、母親に似ていると思った。

 何か懐かしいものが胸を突っ返させて、鼻の奥がツンとした。

 そんなフェイのそばにおっかなびっくりと妹は寄ってきて一言呟いた。


『ごめんなさい』


 そして、その時にもらったものを、フェイは肌身離さずにずっと胸にかけていた。

 母親の形見のペンダント。

 年下のリュカは、姉であるフェイに自分の母親のペンダントを明け渡した。


 フェイは商人だ。そう育てられた。

 ログルートの教えを思い出す。


 ――目的を持て。達成したら必ず引け。勝てない勝負をするな。慌てず急げ。賭けるな。そして、他人を信じるな。


 ログルートは恐ろしく狡猾だ。

 だから、商人としてのログルートの教えは信用に値する。


「おじ様、もしよろしければ、少し別のお話でもしませんか」


◇◇◇


 太陽が真上に昇り、冬の寒気が少し薄らいだころ、マキトはフェイからあのレストランに呼び出された。

 いたのは、フェイとその父親であるログルートである。

 そして、マキトはログルートの話を唇を噛んで聞いていた。


「君達が大量に麦を欲したわけはつまりこういうことであってるかね?」


 ログルートは、そういうとテーブルに乗っていたワインをあおる。

 空になったグラスに給仕の男がまたワインを注いだ。


「君もやるかね?」


 マキトは首を横に振る。

 その顔には余裕がなかった。


「まぁ、気が付いたのは私の娘、フェイだがね」


 そういってフェイの頬を撫でる。その顔には表情というものが一切ない。

 そして、マキトもマキトは扉の方へ意識を移す。


「君たちの逆転の一手と言えばオークをこの場で暴れさせることかな?

 しかし、無理だよな。オークが暴れて損をするのは君達だ」


 ログルートは勝ち誇ったように笑った。


「そうだ、オークはしょせん蛮族だ。

 君達はその蛮族を仲間に引き入れた。

 粉挽権が欲しいからだ。村のために。

 そして、それはここにある。

 どうだ? 手を組まないか?

 オークよりも使えると思うぞ?」


 差し出された書類にはギャロンからログルートへ粉挽権が移譲された旨が記されていた。


「先ほど、ドランザから麦をもう一度買い戻すと言われた。

 また相場が上がる可能性を感じたのだろうな。

 あのブタめ。そういう点には鼻が利く」


 それを聞いてフェイが口を開いた。


「その話はお受けになったのですか?」


「あれはブタだが権力はある。拒否などできんよ」


 ドランザは帝国内の序列で五指に入るほどの権力者だ。


「それにまだあのブタには使い道がある」


「そうですか。ところで旦那様」


 笑いを押さえるログルートに対してフェイは表情を崩さずに質問を続けた。


「その麦はどこから手配するのですか?

 今、この国にある麦のほとんどはマキト様が押さえています」


 ギャロンはポカンと口を開けた。


「熱でもあるのか?

 何のためにコロマルドア(実家)の蔵に移したと思っていたんだ?

 すぐにでもよこせと言われているからな、明日の約束を取り付けている」


 言外にわかっていただろう、と伝えている。

 フェイは、初めて頬が自然に引きあがるような感覚を覚えた。


「ありませんよ。私がすべて買い取りましたから。

 お父様(・・・)はどなたから麦を仕入れる気ですか?」

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