59:笑ってやるな
「おい、マキト。調べてきたぞ」
ドワーフの工房でライウとお茶をしていた俺の元へレットがやってきた。
「ったくよお、俺には仕事させてお前は『工房見学』か?
うらやましいご身分で。
俺への特別報酬でもいただけませんかね」
「失礼な、今後のアレがドウなるか占う重大な見学だ」
「何のアレがドウなんだよ」
ライウの手元の白い塊を指差す。
ライウはそれをレットに手渡した。
「いい匂いだろ?」
「まあな。なんだよ、これ」
「オレーシャさんが贔屓にしてる酒蔵から香料を譲って貰って作った石鹸」
「石鹸なら村にあるだろ。あの臭い奴」
確かにエルフの昔ながらの方法で石鹸は作っている。
獣脂を使っているので、匂いが強烈な奴だ。
そこで、カーラに弟子入りして薬作りにはまっているライウに石鹸を作らせてみたところなかなか良いものができたのである。
「色気づいたのか?」
「いや、臭いよりいい匂いの方がいいじゃん」
「そうだ、そうだ! レットはその辺がわかってない。
だからもてないんだよ」
「うるさいなー
あっちで、オレーシャさんが呼んでたぞ。
お菓子くれるって」
「ホントに? わーい!」
飛び出していったライウを俺とレットは見送る。
そして、お茶を一口。
「白か? 黒か?」
「真っ黒もいいところだ。
フェイの父親の店の収入の半分は闇の仕事だ。
あとは不動産と脱税」
「いや、脱税は収入にはならん。それは別人のだろ」
鼻で笑うとレットは、紙を取り出す。
「金の流れを追えたのは8割。
残りの2割は不明だったよ。
カーラが書類から調べてくれた分ではそんなんだそうだ。
国の上か、もしくはもっと上と内緒の取引をしてるのは確定だな」
カーラの苦い顔が思い浮かぶ。
専門外のことを文句言いながらやってくれたのだろう。
今度何かしてやるか。
「あと、もう一つ。
国でまとめてた小麦、先に手を出されたぞ」
「まじ?」
「まじだ。ギャロンが勝手に国の倉庫から大量に麦が移動させた。
相手はわからんが、大方ログルート商店だろう。
あっちに目論見ばれてんじゃねぇか?」
可能性は高い。
俺の次の手こそが、ギャロンから国の小麦を買い付けることだったからだ。
確実に買い戻す必要がある分、でかい需要になるはずだった。
出遅れの理由は、金の面が1割。
残りはタイミングを図っていた。
「それについてはまぁ……得する量が減っただけだ」
とはいえ、厄介なことになったのは間違いない。
俺の目論見は数年、いや数十年かけるはずだったのだが、計画が数年分一気に進んでしまった。
今回の目的は、小麦相場の変動を商人達に印象づけることだ。
そこまでやってしまえば、金儲けが好きな連中が短時間の取引でその差額が設けられるように仕組みを作るだろう。
ただし、それには粉挽権が国内になくてはならない。
そのためにギャロンを使うつもりだったのだが……
「本当に上手くいくのか?」
「大丈夫だ。問題ない……と思う」
俺の言葉にレットは目を細めた。
そして、諦めたように息を吐く。
「あと、一応ログルートの家庭のことは調べたぞ」
バサッと投げられた書類に目を通す。
「ログルートとフェイは、血が繋がってないんだな」
「ああ、フェイの父親は貴族だったらしいが、その父親が作った借金の形といえばいいのか?
それで、母親が仕方なくログルートに嫁いだらしい。
父親はその後事故死。
母親の方も元々体が弱かった上に心労がたたってな……
ただその母親が生んだ妹がいる」
「ふーん、種違いか……仲は?」
「妹の方は慕っているようだが、姉の方はどうだろうな。
表向きには仲が良さそうに見えるらしいが、ログルートのことを憎く思ってのは間違いないだろう。
それに、あの女は特に隠し事が得意な類だ」
その対極にいるのはユキネだろうな。
同じ事を思ったのか、レットが「笑ってやるな」と苦笑する。
そして、妹の話をした時のフェイの顔色が、少しだけ気になった。
あの時、感じた奇妙な違和はてっきり俺に対する感情かと思ったのだが……
妹に対するものだったのか?
「次、どうする?」
「もうちょっとログルートについて調べてくれ。
特に妹のことだ」
と、そこへサンが入ってきた。
手には大量のクッキーが。
「……ドワーフのお菓子を教えてもらった
……食べて」
フンスっと自慢げに胸を逸らしている。
「レット、報酬が届いたぞ。
特別な奴だ」




