58:「C」
フェイはギャロンのことをよく知っていた。
そして、ギャロンは商人ではない。
ゆえに、商人の意地など持っていないギャロンから商談の情報を聞き出すのは容易であった。
「そのようなことが。
私達に早くご相談いただければよかったのに」
そう言ってフェイはクスクスと笑う。
屈託無い笑顔の中にどこか淫靡な物が混じっていた。
「まぁ、殊勝なものだな。
その詫びとして、私から麦を買い取ろうというのだから。
一度私の誘いを袖にしたあのエルフの娘も頭を下げよった。
緊張しておったがな、なかなかに愛い奴よ。
くっくっく、あのエルフを私の物にすれば、この国は……」
そういって笑うギャロンを見ながらフェイは、目を細める。
この男は馬鹿ではない。
知識を総動員して、100点満点のテストで要領よく60点をたたき出す。
そして、教師がBの成績をつけてくれればそれで満足するタイプの人間。
ゆえに扱いやすい。
だからこそ、あの帝国貴族のドランザは、自身の手先として扱っているのだろう。
「それにしても、それだけ麦を手に入れて何をする気なのでしょうね」
「知らん。興味もないわ」
フェイは、笑って見せたが、その内心は恐ろしく冷めきっていた。
ポンコツめ。
あの頭には大量の本は詰まっていても、その本を印刷するための材料は一つもないのだ。
そして、自意識が過剰なまでに発達しすぎている。
その上、そういった新しく作る作業というものをバカにしているきらいさえある。
恐らく、その人生はうまく行きすぎたのだろう。
身分に相応な失敗がなかったのだ。
「もしよろしければ、私の店にもギャロン様から売っていただけないでしょうか?」
「何?」
「どうぞ、こちらの金額でいかがでしょうか」
フェイは、書類を見せた。
その額に目を剥く。
「くっそ、あのガキに売らなければ……
いや待て、今からでも取り返せば……」
どうやら、この男はフェイの思っていた額より低い額でサインをしてしまったのである。
もったいない、とギャロンの成績にBマイナスを付け直して話を続ける。
「いえいえ、それではギャロン様のお名前に傷がついてしまいますわ」
「ぬ、しかし」
「むしろ、好機かと。ないならば手に入れましょう。
おもちゃと一緒に」
「どこから?」
「帝国の大貴族様がどうやら、金銭でお困りの様ですよ……」
フェイは口に手を当て、窺うようにギャロンを見つめる。
そして、ギャロンもその件について知っていた。
すでにドランザから買えと脅されていたのである。
しかし、それは渋っていた。
「ドランザ様から小麦を買い取ったとしても、
それでわずかな額を手に入れてもなぁ」
勘の悪い男だ。
フェイは心の中でCの評価をつけた。
「差額だけであればそうかもしれませんが、
今回の件で商国の小麦の件から手を引きたがっています。
どうでしょう、あなたがその粉挽権も買い取るというのは」
「粉挽権をだと?
しかし、このままでは商国で麦は売れなくなるぞ」
「いえ、逆です。今突然麦の消費が減ったせいで滞っているだけです。
今後消費と需要が正常に戻ったときには、まず相場が上がります」
「しかし、例え相場が戻ったとしても、今後どう考えても消費が増えるとは思えないが……」
「そうです。しかし、私達商人には別の考えからもあります」
「別の使い方……?」
「えぇ、小麦は商国が必ず買い取ります。
知っていますでしょ? この国の食料自給率の低さ、そして、その懸念」
「あぁ、あの女王になってから……
いや、帝国に組み込まれてからあの女王は良くそれを議題に出すな」
「えぇ、商国は今後も必ず買い取ります。
いや、買い取らなければならない。
そうしないと、流入量が減ってしまうからです。
つまり、最低価格が決まっているということです。
ならばそれは、金と同じです。
今後、小麦は商人の間で通貨として扱われていきます」
「小麦の通貨化か……そんなからくりが」
ギャロンが、ほおっと唸った。
――かかった。
フェイはこの話にいくつかダミーを混ぜていた。耳に心地の良い嘘を。
なぜならこの話はうまく行かないからである。
まず、その制度についていける基板がこの社会にない。
そして、それを築くには人間の寿命では短すぎる。
もっと長期間、例えばエルフが人生をかけるくらいの超長期で考えなければ、この話は成功しない。
しかし、この男は食いついた。
「わかった。ドランザ様には私から話をつけよう。
必ず、このチャンスをうまく生かそうではないか」
そういって、下卑た笑みを浮かべながらギャロンはフェイの近くに寄ってきた。
「私と、お前とでな」
そして、肩を回そうとしたところでフェイは、ギャロンの袖口をつかむ。
「あら、お美しい布ですわね。さすがはギャロン様。
しかし、お見立てが甘いようですわ」
グイッと引っ張ると袖のボタンがポロリと落ちる。
そのタイミングを計っていたかのように女が二人入ってきた。
1人は柔和な笑顔を浮かべている、小さい女の子。
もう一方の女は、油断なくギャロンを見つめている長身の女。
「そろそろ帰りますわ。
あまり長居してお邪魔になってはいけないわ。
では、ごきげんよう、ギャロン様。
サヤ、シノギ、行きましょう」
長身の女、シノギは目を伏せるように礼をするとフェイの車椅子を押していく。
その後を追うようにサヤが続き、扉の前でぺこりと一礼すると扉を閉めた。




