56:顔が近い
「なぜ、私に直接言っていただけないのですか?
妹の頼みであれば、商権の1枚や2枚、すぐに準備いたしますのに」
俺とトーソンはユキネと共に女王の晩の食事に招かれていた。
「陛下、少し……いやとても顔が近いんですが……」
「いいじゃないですか。
それに、ユキネさん。
私のことはお姉さんと呼んでと言ったはずですよ」
美女と美女が顔を近づけている。
素晴らしい世界だな。
ユキネがこちらをチラチラ見てSOSを発信しているようだが、無視を決め込む。
「マキト、顔が気持ち悪いぞ」
無骨な指でスプーンを扱っていたトーソンがどこか呆れたように声をかけてきた。
顔色が悪い化け物に言われたくない。
「商権についてはきちんとお金を払って手に入れますから、
女王陛下に置かれましてはお気遣い無用です」
恐らくはリップサービスだろうが、一応拒否させていただこう。
変な勘繰りを入れられたくないからな。
「あら、お金なら十分にありそうですが?」
「他に使うことがありまして……
何せ、ウチは子供が多いので」
そういって、俺は後頭部をかきながら、タハハと笑って見せた。
確かに、商権を買うだけなら以前ローニの武器を売った金だけでも足りる。
しかし、必要なことは他にもあるのだ。
商権が欲しいとは言え、それを切り崩すのは気が引ける。
「あ~ところでヒトの王よ。
オークを見てビビらないのか?」
「それほどびっくりはしてませんよ。
この城にはあなたより怖い人がたくさんいますから」
びっくりしてないは間違いなくリップサービスだ。
しかし、怖い人がたくさんいるのも事実だろう。
怖いというよりも悪いという方が正しいだろうけどな。
「例えばギャロンとか?」
俺の言葉にユフィンは、視線だけで辺りを見回した。
周囲の護衛や執事たちの中にもギャロンの手の者が入り込んでいるのだろうか。
しかし、そんな事などおくびにも出さず、相変わらずの笑みで答える。
「ギャロンは良い仕事をしてくれていますよ。
この国で仕入れている麦の管理を一任しています」
どうせ、金でその権利を手に入れたのだろうよ。
それにしても気になる話題だ。
「この国は商業国家、自由に商売をしているようですが……
麦は別なのですか?」
「えぇ、値段を一定に抑えることで景気の上下を押さえているのです」
粉挽権を持った貴族――ドランザとか言ってた気がする――がいたが、それが原因だろう。
それにしても、その話は失言だったのか、少し動揺したように見える……
その証拠のようにユフィンは話題を変えた。
「そういえば、マキトさん。
まだ、うちの国からの人間を受け入れてはいただけませんか?」
「えぇ。商国のおかげでよい人材が2人も来ていただけましたからね。
それに、国の倉庫を貸していただけるだけでも十分です」
お世辞でもなんでもなくレットとカーラは良い人材だ。
カーラのおかげで村の栄養状態は大きく向上したし、教育の分野にも期待が持てる。
それにレットも個人で考えていろいろと動いてくれる。
今回だって、カーラは1人で村を守るお留守番をしてくれている。
ローニの善意に全力で乗っかっていた時に比べれば大した進歩だ。
さらに人を、となると俺の手に余る。
だから、今回俺は、国の使っていない倉庫を貸りた。
今後の商売で使うつもりである。
「それにこれ以上痛くない腹はさすられたくないんですよ」
「バレてました?」
俺は単騎でドラゴンを倒してしまった。
個人で一国を相手にできることを証明してしまったようなものである。
情報がガザン経由ユフィン行きとなっているのは予想していた。
そんな奴を野放しにするような国なら、それはそれで俺は他の国を探していたかもしれない。
「で、あなた達は、何が目的なんですか?」
そう言いながらユフィンはユキネに抱き着いて頬をすりすりとしている。
涙目で「マキトさーん」と訴えられても……
「オークと我が村は同盟を組もうかと」
「組まねぇよ」
そういってトーソンは名残惜しそうに空になったスープ皿を見つめている。
「まぁ、一方的な片思いですが、仲良くやっていくつもりなんで。
そのご挨拶にと」
「あら、それは脅しですか?」
「脅しならもうちょっと色気出しますよ」
その後は特に大きな話題もなく、会食は終わった。
ユフィンは、オークの生態に興味が深々なようだった。
わかったことと言えば「襲ってきたやつは殺す。飯のためにも殺す。その為に鍛える」ということくらいだ。
一応は、専守防衛を是としているようだ。
それにしちゃ好戦的すぎるのはトーソンだからだろうか。
◆◆◆
翌日は、ドワーフの工房に出かけた。
「久しぶり。村の方はどうかしら?」
オレーシャが、ユキネと俺に紅茶を差し出してくれた。
「うまく行ってますよ。ドワーフの皆さんのおかげです」
「何言ってるのよ。あなた達ががんばってるからじゃない」
ドワーフは裏表がない。
だから、褒められても全く悪い気分はしない。
奥でトーソンとドワーフの男たちが男雄漢比較べをしているのは気分が悪くなるが。
「それにしても、わざわざ闇市だなんて。
村長マキトは少し無鉄砲すぎないかしら」
オレーシャは、笑いながら瓶の液体をドボドボとお茶に混ぜていく。
中身は強アルコール飲料だ。
「私達の商権で商売してもよかったのよ?
いくらあなた達が大人顔負けだとしてもね。
私達大人は心配なのよ」
これにも嘘はない。
オレーシャは本気で俺達の事を心配してくれている。
少しずつだが、汗の匂いで嘘を吐いているかわかるようになってきた。
それがなくとも、この人達を疑う気はないが。
「で、今日は何かあったのかしら?」
「ええ、食材についてですが、麦の蓄えありますか?」
俺の問いに、疑問を浮かべながらオレーシャは振り向く。
そこにいた、ドワーフの女性が軽く頷いた。
「あるみたいだけど……それが?」
「値段が下がります。だから少しの間買わないでください」
「下がる? 買うな? どういう?」
オレーシャが不思議そうに首を傾げたところで扉が叩き開けられた。
そして、入ってきたのはフウである。
「兄ちゃん、ただいま!!
全部売れたよ!」
全部とは、闇市でイモ餅のことである。
遅れてそれの付き添いに出ていたレットが現れた。
「おう、買った小麦はホントに国の倉庫に運び込んでいいのか?」
「頼む」
「ねえ、兄ちゃん。麦なら村にあるのになんで、買ったの?」
「そうね、あなたの見立てなら、小麦の値段が下がるんじゃないの?
それに私には買うなっていっておいて、あなたは買うってどういうこと?」
「簡単ですよ。俺達の村で値段をコントロールするからです」




