54:コロちゃん
久々の商国に出向いた俺達は、ゆっくりする間もなくレットが話を付けたスカーレット商会に赴いていた。
闇市に渡りが付けられるということだったので、俺はてっきり辛気臭い通りにある叫び声とかが響き渡るような素敵な場所に向かうのかと思っていた。
しかしそこは、町の中にある言ってみれば普通のレストランである。
スカーレット商会が営んでいるそうだ。
通されたのは赤い毛長の絨毯を敷き詰められ豪華な装飾が施された、さながら高級ホテルのような一室であった。
「闇市って言ってたから怖い場所に連れていかれるのかと思ったけど、
全然そんなことないのな」
「当たり前だろ。
闇に通じてるってことは、陽の真下の貴族にも尻尾振ってるんだ。
表向きだけでもばれないようにするもんだよ」
表向きは……ね。
俺はスンスンと匂いを嗅いだ。
10……20……?
いや、もっといるな。
「なるほどね。嫌な社会だな」
と、そこで扉が押し開けられた。
「それでも、裏社会がないと貧乏人は人じゃなくなる。
それこそ、食うためになんでもやるようになってしまう。
人は正義だけでは食べていけないから」
開いた扉から3人の男たちが入ってくる。
その後を追うように車椅子に乗った女性が侍女に押されて入ってきた。
鮮やかな金髪を縦に巻いている。
これがかの有名なロココ調という奴だろうか。
穏やかそうな表情と、赤いゴシック調の服を着ているせいか、本物の人形かと見間違うような可愛らしさがある。
しかし、その雰囲気に不釣り合いなほどの胸部が膨らんでいた。
谷間がまぶしい。
などと考えている俺の椅子が蹴飛ばされた。
何をしやがると、蹴った張本人を見ると立ち上がって頭を下げている。
そういうことかと、慌てて俺も席を立った。
「お久しぶりです。フェイ様。
この男が以前話していたマキトです」
俺は、促されるまま頭を下げる。
「そして、マキト。
この方がスカーレット商会の女主人、フェイ・コロマルマドア様だ。
この国で1位、2位を争う大商店、ログルート商店のログルート・コロマルマドア様の三女でもある」
コロちゃんと呼んだら怒るだろうか。
「お初お目にかかります。
ここより南の方にあります小さな村より参りましたマキトと申します。
この度は――」
「知っていますわ。マキト様は、有名ですから。……屠龍」
そういって、柔らかい笑みを浮かべて笑う。
しかし、そこには奇妙な迫力があった。
俺は小さな声でレットに耳打ちする。
「屠龍は知らないんじゃないのかよ」
「安心なさって。レット様が言ったのではないわ。
でも、商人の耳には大事なことが勝手に入ってくるの」
「そうですか。うらやましい限りです」
俺は、あいまいにうなずいておく。
この部屋で悪口は言えないな、こりゃ。
「今日は、あのお姫様はいらっしゃらないの?
名前はえっと、ユキネさんだったかしら。
この前露店市場でちらっとお見かけした時からファンでしたのに。
あと、魔物相手に大立ち回りもすごかったとか。
どうして、この国にまでは一緒に来たのにここには連れてきていただけなかったのかしら」
そういってフェイはくすくすと笑う。
こちらのことは調べがついている、ということだろう。
今回、ユキネは途中までついてきたが、ガザンに預けてある。
姫に会って親交を深めてこいと、言い含めたが実際の所は安全の確保だ。
と、フェイの横に侍っていた護衛の男の1人が俺とレットではない、もう1人の客人をにらみつけていた。
「そいつは誰だ?」
そこにいたのは、顔に面を付け、ハットをかぶった巨体の男である。
男は自分のことだと気が付いたのか、わずかに身体を逸らすと、その巨体に椅子が悲鳴を上げた。
「おい、顔の奴を取っていいのか?」
「あ~えっと……」
どうしようか、と考えていたが護衛はしびれを切らした。
「取れ。無礼であろうが」
「何で俺が菓子ごときのためにヒトにエラそうにされなきゃならないんだよ」
ぶつぶつと言いながら面を取る。
現れたのは緑銅色をした、顔色の悪い鬼。
もとい、トーソンであった。
「砂糖があればもっとおいしいお菓子が食べられる」という情報をトーソンの娘に流したおかげで娘たちが俺達の手伝いをするように説得してくれたのだ。
こいつは、娘に甘すぎる。
「な! オークだと!!」
護衛が反射的に剣を抜いた。
フェイもまたその顔を引きつらせる。
しかし、その剣を向けられているトーソンに気にした様子はない。
「お前たちが襲ってこない限り、こっちからはいかねぇよ。
ったく、ヒトもエルフもビビりにすぎる。
ヤってやる、ってなら、付き合ってもいいがな」
そういって、恐ろしいほど好戦的な表情を誰もいないはずの天井や壁に振りまいた。
それは、お前の顔のせいではないだろうか。
「これは脅しですか?」
わずかに震えた、しかし気丈な声でフェイはレットをにらみつける。
先にやってきたのはそっちじゃないか。
ここにユキネが来ていたら人質に取るつもりだったのだろう。
「待ってください。脅しなんてことはありません」
焦ったようにレットがこちらを見てきた。
俺は満面の笑みを浮かべてみせる。
「その通りです。俺達は商売の話をしに来ました。
私達はただの商社です。
この強面オークが主人、そして、その他のオークやエルフたちが従業員。
私はただの小間使い」
フェイが身体をこわばらせながらも、何とか車いすに深く腰を掛けた。
そして、護衛の男たちに視線で合図を送ると、護衛達は剣を戻す。
しかし、その手は剣にかかったままだ。
ま、この辺の誤解は順次解けていくだろう。
「何を売る気ですか?」
「最初はイモを、加工した食品として売ろうと思っています」
「イモなど闇市でも買い手はそういませんが……」
「まぁ、パンの代替品として売らせていただきますよ」
「パンの代替品?」
「えぇ、粉挽権のせいで不当に高くなっているパンの代わりですよ。
ちなみに闇市で小麦を売ったらどうなりますか?」
「闇市では”売る物”に制限はかかっていません。
しょせん闇市、法の外の市場ですからね。
ただし、法を守らなくていいということは、法もまた守ってくれません」
「そうですか。怖い怖い」
つまりは、闇市でも小麦の売買はご法度ということだ。
「まぁ、俺達は砂糖を買える金さえ手に入れば問題ないんですけどね。
……今のところは」
と、俺の鼻が何かを嗅ぎつけた。
「アンモニア臭?」
俺がつぶやくとフェイが慌てたように服の裾を押さえた。
どうしたんだろうか。
「はな、話を……続けましょう」
◆◆◆
スカーレット商会のレストランを出てから少し歩いた所で、トーソンははたと足を止めた。
そして、人目につかないように、またつけさせられた面を鬱陶しそうに触る。
「何人だ?」
トーソンはどこか楽しそうに俺達に声をかけた。
いつの間にか、仲良くなってたらしいレットもどこか楽しそうにそれに答える。
「37」
トーソンは、首を降った。
次に俺が口を開く。
「34。フェイの護衛はただの数会わせだ。
あれはすぐに逃げる」
「正解だ」
何のことはない。
あの部屋を囲っていた、俺達の命を狙っていた人数である。
俺の解答にレットは不満そうに「それはねぇよ」と口にした。
「なら、お前ら何人取れた?」
「襲いかかってきた前提なら10だな」
「マキトの糸は少人数相手に向いてないからな。
おれのナイフの方が小回りが利く。
俺なら15はいけた」
その通りだ。
この二人であれば、俺の糸を見切りつつ戦えるだろうが、俺も二人を気にしつつ動く必要がある。
と、トーソンが、笑った。
「お前らはゼロだ」
なぜ? 不思議そうに俺達が首を傾げる。
「襲いかかってきたなら、全部俺の獲物だ」
俺とレットは両手をあげて降参を表した。




