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53:ドラスティックバイオフライマナース商店

 悪来族(オーク)とは、ヒトやエルフたちから恐怖される種族の一つだ。

 緑銅色をした皮膚の下に石でも詰め込んでいるのではないか、と見まがう肉体。

 捻じれた二本の鈍色の角を生やした頑強そうな頭部。

 口には鋭い牙を生やしており、目は魔を払うかのように釣りあがっている。

 文字通り『鬼』と形容するにふさわしい。


 実際、初めて会うというレットは出来るだけオークから距離を取った場所に座っている。

 そんなオークのトーソンが俺の眼前まで顔を近づけてにらみつけてきた。


「おい、小僧。手前、なに娘たちを手懐けてんだよ」


「いや、手懐けたつもりはないんだけど」


「手籠めにしたのか!?」


「パパ、何を勘違いしてるのかわからないけど、

 私達、ここに遊びに来てるだけよ」


 そういって俺をフォローしてくれたイチカやその他のオークの女はトーソンの娘である。

 親子ではないのか、もしくはそういう種族なのか父と娘は似ても似つかない。

 トーソンを強大な筋肉に覆われた闘牛だとすれば、イチカやその他の娘たちはしなやかな筋肉を纏った豹のようだ。


「遊びに? お前遊びにって!!

 てめぇ! どんな遊びだこの野郎!!」


 胸倉を掴まれた俺はがくがくとゆすられる。

 俺をにらみつけるその目にはうっすらと涙が……

 鬼の目にも涙……なんて考えているうちに俺はむち打ちになること請け合いだ。

 トーソンの肩を持って俺は落ち着くように説得する。


「おトーソン。落ち着いてください。

 私とイチカさんは遊びなどではありません!」


「お父さんだと!

 手前にそんな呼ばれ方される筋合いはねぇぞ!!」


「お前、楽しんでねぇか?」


 レットが訝しんだ表情で呟いた。

 楽しんでいることは否定しないが、助けて。

 むち打ちどころか、脳震盪起こしそう。


「マキト、それ以上パパをからかうのはやめてくれる?」


 イチカは苦笑しながら俺からトーソンを引き離した。

 それを見計らってサンがお茶を運んでくる。


「お茶……飲んで。お菓子も作った」


 そういって、俺とトーソンの間に湯飲みを二つ置き、お菓子をいくつか乗せた皿も一つ置く。

 「サン、今は……」ユキネが慌ててサンを引き寄せるが、このタイミングはむしろ完璧だった。

 気炎を吐いていたトーソンの意気がわずかに揺らいでいる。

 どうやら、このくらいの女の子を見ると娘と重なるらしく、トーソンはしおらしくなった。

 困ったように茶菓子を見ている。


「何なんだ、これは……」


「……イモを使ったお菓子。マキトはスイートポテトって言ってた」


 上出来の助け船。

 よくできたタイミングを誉めてやろうとサンを見ると鼻の鼻をプクリと膨らませてトーソンを見ていた。

 助けにきたのではなく、上手にできたから誉めてほしいだけのようである。

 と、横から二本、手が伸びてきた。


「おお! これうまいな!!」


「サン、また腕を上げたな!」


 フウとミツミだ。

 口々にお褒めの言葉とお菓子のカスをこぼしながらグワシグワシとサンの頭をこねくり回している。

 しかし、そんな妨害にも屈しないサンは、トーソンを見つめていた。

 そして、その視線に負けたトーソンは、スイートポテトを一口。


「確かに、うまいな。少し甘すぎるが。

 いや、代わりに茶の渋みが引き立って、これはこれでいいな」


 お茶との相性を言われて、サンの鼻がスピっと鳴る。

 それは狙い通りのようだ。


「あんたの子供たちも喜んでるようだな」


 俺の言葉に、娘たちがスイートポテトをおいしそうに食べているのを見てフンっとトーソンが鼻を鳴らした。


「人質のつもりか?」


「何でそんな考え方が物騒なんだよ」


「目的が見えない相手ほど怖いものはないからな」


「目的は、あんた達との友好だ」


「俺たちと友好関係があって何の得があるんだよ」


 虎の威を借りる狐、もしくは僕のパパはパイロット程度には得がある。

 が、しかし、他に理由がなくもない。


「あんたに手伝ってもらいたいことがある」


「俺たちに傭兵になれとでも?

 ふん、お前みたいな奴を俺たちがどうするか知ってるか?」


 トーソンは凶悪そうに顔を歪めた。

 どのような王にも使えることがなかった悪来を従えるのは難しいだろう。


「別に、あんたを仕えさせようとも、従えようとも思ってない。

 商売をしたいんだよ、俺は。

 その顔役になってくれ」


「はぁ? 顔役!?」


 それを聞いていたレットがお茶を吹き出した。

 が、俺は気にせずに説明を続ける。


「俺みたいなガキがやってもまともに相手にしてくれないからな。

 それに、最初は闇市をターゲットにするつもりだから、相応の対応(暴力)ができる奴じゃないと任せられない。

 それに比べて、あんたの顔は迫力満点だし、能力は俺がよく知ってる」


「マキト、パパの思考が追い付かなくなって固まっちゃったみたいなんだけど……

 私達にどうなって欲しいの?」


 トーソンだけではなくて、レットも白目をむいて泡を吹いているぞ。


「商店の主人と労働力。金と商品は俺達が提供する」


◆◆◆


 「少し考えさせてくれ」と、オークの一団は夜に帰っていった。

 風呂上がりに食堂で夕涼みをしていた俺の元へレットがやってきた。


「マキトぉぉ! どういうことだ! オークに店任せるって!!」


「お前だって、俺が店の顔役だと心配だったろうが」


「だけど、ありゃ、顔役ってよりボスだ!

 商店ってよりマフィアになっちまうぞ!

 今回の件で俺がいくら頭下げたと思ってんだ」


 おお、意外とこいつ、いい奴だな。


「大丈夫だ。なんだったらイチカさんを一番上に据えてもいい」


 すらりとした肢体を持ったオークだ。

 きちんとした恰好をすれば、恐らく美人女主人としてやっていける。

 オークが恐ろしい種族だと思われているのはわかっているが、それは対応を間違えた場合だけだ。

 うまくやれば、すぐに落ち着くだろう。

 妄想がはかどるな。


「お茶持ってきましたよ」


 そういって、お茶を持ったユキネとカーラがやってきた。

 ユキネ達も風呂上がりの様でホカホカと湯気を上げている。


「まさか、オークをリクルートするとは思わなかったわね」


「大丈夫ですよ。イチカさんは優しい方ですし、

 トーソンさんだって顔に似合わず子供好きみたいでしたよ」


「何二人とも褒めてんだよ。

 オークだぞ! オーク! ヤバすぎるだろ!」


「何ケツの穴の小さいこと言ってんのよ」


 レットはぐうと唸ってから肩を落とした。


「本気なんだな?」


「おう」


「たまに、お前がただのバカなのか器のでかいバカなのかわからなくなるよ」


 褒められてるのか?


「失敗しても損するのはレットだけなんだから気にしなくていいじゃない」


 カーラがほほほと笑う。


「何にせよ、店の名前を考えないとね」


「何言ってるんだ? もう考えてるぞ」


「……一応聞いておいてあげるわ」


「ドラスティ――」


「却下」

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