48:おーふーろー
「マキトさん……あっちから水の音がします」
確かにその方向から水の匂いがする。
とはいえ、森の中では水の匂いは薄い。
一応、【探知】をかけてみるが、これはあくまで生命体の反応しかわからない。
「おお、でかい鹿がいる。
じゃなくて、ちょっと行ってみようか」
向かってみるとそこは泉であった。
がしかし、普通の泉とは様子が違う。
やけに塩豆が群生しているのだ。
というより、他の植物が少ないのか。
そして、一面に立ち込める白いモヤ。
「すっごい煙ですね」
「これは煙じゃない! 湯煙だ! 温泉だぁい!!」
「オウセン?」
俺は”温かい風呂”以外には興味がない。
「ユキネさん! 天然のお風呂ですよ! お風呂!」
「はぁ……オフロ……」
と、ドワーフの工房で入ったことを思い出したのか手を打った。
「お風呂!! おーふーろー!!」
ユキネがぴょんぴょんと飛び跳ねる。
「これで子供たちをお風呂に入れられるんですか?」
「冬は水浴びしなくて済みそうだね」
そして、これは役得。
一番風呂に……
俺は、泉の淵によると手を突っ込んだ。
「あっっっっっつっっっっっっ!!!」
「だ! 大丈夫ですか! マキトさん!!」
なんだこれ!
沸騰してないだけで90℃以上はあるだろ!!
フーフーとユキネがしてくれるが、火傷はしてなさそうだ。
熱いのが落ち着てくると手の上が薄らと白い粒が浮いてきた。
なめてみると、どうやら塩である。
なるほど、この森に塩豆が群生してるのはこの温泉のせいだったのか。
「諦めますか? 温泉。
これじゃ、エルフの塩茹でになっちゃいますし」
「いや、あきらめるのは早い!!」
平たい顔族なめるな!!
「どうするんですか?」
「このお湯を引く!!」
「……できますか?」
直線距離にして……何キロあるんだ……
10キロはないと思うけど……
掘るのは簡単だ。
俺は【闇箱】を呼び出す。
「ちょっと離れてて」
これで地面を飲み込むように掘っていけばいい。
「すごい、溝が簡単にほれましたね」
「まぁ掘るだけならね」
問題は距離だ。
さすがに土の上をこの距離でただ流すだけでは干上がるのは目に見えている。
石か木で補強しながら進めないとなぁ。
あぁ、今年の冬はこの作業に没頭するか……
いや、待て。
俺は近場のでかい石を適当に切り出して闇箱に飲み込ませる。
そして、地面を掘りながら箱の側面から石を吐き出させた。
「よし、うまくいった」
水路の側面の狙った部分に見事に石が並んでいる。
次いで掘った際に飲み込んだ石も試してみたが、こっちでもいけそうだ。
「これなら、干上がらなくて済みますね!!」
「うん。じゃぁ、ユキネは先に戻ってて。
そして、レットが風呂を作ろうとしてたら殴ってでも止めてくれ!!」
「いえ、レットさんは別に話せば中止してくれると思いますけど」
ユキネはそういって走っていく。
さてと、まずは泉の入口に穴を開けて取水口を作る。
ここから村まで引くのだが、10キロ近く移動すれば確実に温くなるだろう。
ならば、どうする?
俺は、取水口の最奥部から地面にめり込ませる。
そして、闇箱のサイズをだいたい15センチくらいの球へと変形させる。
初めてだったけど形って変形できたんだな。
何でも試してみるもんだ。
そして、移動させるとトンネルが掘れた。
15センチは勘なので、問題が起きればまたサイズ変更するか。
そのまま、闇箱を俺の足下、20センチほど下に固定してずずいと移動させると、感覚的に穴が空いた事がわかる。
走ったらダメそうだけど、このまま散歩がてら歩けば村までトンネルが作れそうだ。
◆◆◆
「あ、兄ちゃんお帰り。遅かったね」
「フウかちょうどいいところにいたな。
お願いしたいことがあるんだ」
「またぁ? 僕さっきオークの所までお使いに行ったばかりだよ?」
オークへの親善大使として選んだのはフウだ。
あの一件で特にビビることもなかったフウはオークの娘たちから妙に気に入られたらしい。
トーソンも、フウには特に敵意がないようなのでお使いを頼んだのだ。
他の子ならトーソンの顔見た時点でおもらししちゃいそうだし。
「なんか言われたか?」
「特には何も。
イモ餅上げたら、お肉くれた!」
「そうか。もう一個だけ聞いてくれ。
ユキネと小人族を溜池まで呼んできてくれないか?
あと、レットも――」
「ここにいるぞ」
「んじゃ、あとはユキ姉と橙リボン達か。
今度、何かお願い事聞いてよね!」
「うむ、よろしく頼むぜ」
俺は”お願い事を聞く”という部分だけ全力で聞き流す。
「おい、マキト。
そんなことより、ユキネから、設計やめろって言われたけど何かあったのか?
もう設計終わって、お前に言われた通りに模型まで作ったのに」
持っていた木の模型を俺の鼻先に突き付ける。
「何!? 一足遅かったか。
まあ、いいや。一回来てくれ」
溜池に行くとちょうどユキネ達も来ていた。
「なんだ、これ。溜池広げたのか?」
「何です? これ? 煙? 火事デスか?」
「広げたんじゃなくて、もう一個溜池作った」
作ったのは、温泉用の貯水施設だ。
「温泉引っ張ってこれたんですね!!」
「えぇ、触ってみてください」
「え!」
「もう大丈夫ですよ。ここに来るまでにだいぶ冷えてますから」
俺が先に触ってみせる。
42℃くらいだろうか。少し熱めだ。
ユキネも触ってみる。
「ん……少し……熱いですね……」
まぁ、冬でも水浴びするエルフ族だからな。
熱めの風呂はお気に召さない様だ。
「わ~い、あったかいデスね! きーもちー」
「服のまま入るんじゃねぇよ」
俺は橙バカの首根っこをひっつかみ引き上げる。
「ここに風呂を作ってくれ。源泉かけ流しの天然温泉だ」
「なるほどな。水で調整できるようにここに作ったのか。
なら、焚火で沸かそうと思ってた場所で水量を調整できるようにするか」
レットは、持っていた模型をガチャガチャとやり始めた。
それをニンフたちが興味深げに覗き込む。
「明日にはできるな」
「さすがにそれは無理ですよ、マキトさん」
ユキネがくすくすと笑った。
◆◆◆
翌朝。温泉施設がそこにはあった。




