47:言わなきゃバレねぇ
森の木々がだいぶ色づいてきたころ、レットが帰ってきた。
俺は畑の一角に建てられた柱と屋根しかない休憩専門の小屋、東屋にいた。
「おいおい、俺がいない間に何で、家やら水車やらができてるんだ?」
目を丸くするレットに俺は、エルフ特性の渋めのお茶を出してやる。
「小人族だ。
あそこにいるでっかいリボンを付けた女の子たちが作ってくれた。
この建物もニンフたちが暇つぶしに作ったもんだ」
牛小屋で牛を眺めているニンフを顎で指し示す。
「ニンフねぇ。初めて見た。
まぁ、人出が増えることはいいことだな。
作業効率も上がる」
ニンフは農業も漁業も料理もなんもできない。
どうやら、生えた果物何かを適当に食って生活できる場所にいたらしい。
しかし、建築については恐ろしい才能がある。
何せ全員が【建築Ex】という見たことのないスキル持ちだ。
俺とレットの2人で作っていたら、まだ水車ができていなかったわけだから、作業効率が上がったどころではない。
それ以外は、ホントにダメダメだが。
設計書読めないせいで、彼女たちに建築指示を出すには設計書から俺が小さな模型を作る必要がある。
「そっちの方はどうだったんだよ」
「いい話と悪い話、どっちから行く?」
洋画みたいなことを言いやがって。
「悪い話から」
「帝国はお前のことを知っている。
ドラゴンを殺したこともだ」
それは予想通りだ。
あの変な男が帝国へ報告しないはずはないからな。
「いい話は?」
「ドラゴン殺し、表向きには帝国の『勇者』とかいうのがやったということになってる。
なんでも、似たような時期に帝国でもドラゴンを倒していたらしくてな。
ドラゴンを殺した奴、と言われればほとんどの人間はそちらを予想する。
だから、お前のことを知っているもの以外は、聞いたところでお前のことなんて想像もしないさ。
そして、そうなれば、どんどんと記憶は塗り替えられていく。
本当のことを知っている人間すらな」
記憶というものはあいまいだ。
きっと商国のドラゴン殺しもいつかは帝国の勇者が殺した。
ということになるだろう。
俺もそう思う。
希望的な観測を含めてだが。
「でも、それはそこまでいい話か?」
「帝国が表立って動くことはないってことだ。
どうやら、帝国はその『勇者』に入れ込んでるようだからな。
その勇者のメンツがつぶれるような情報は握りつぶすだろ。
ただ、その『勇者』が組織なのか、個人なのかまではわからなかった。
必要なら――」
「――知ってる。『勇者』は個人だよ」
転移初日のことを思い出す。
あいつらは元気にやってる、ということなのだろうか。
会いたいとは思わないが。
「ところでよ、イモを商国で売るって本気か?」
「おう、そうだ」
現在、子供たちはフウの指揮の下、絶賛芋掘り中である。
この後で、干したり色々するらしいがその辺は全部カーラに丸投げだ。
件のカーラはどこから手に入れたのかデカいパラソルの下でへばっている。
体力なさすぎ。
「悪いけど、商国でイモ打ったところで二束三文にしかならんぞ。
あれは一番安い食材の一角だからな」
「あのまんま売れば……な」
「加工するのか?
あのイモ餅だったか。
でも、あれ中麦粉使ってる――」
「――言わなきゃバレねぇよ」
「……そうだな」
男二人がうっしっしと笑う。
「できれば、俺たちだって知られたくない。
闇市みたいな闇取引やってるやつに渡りはつけられるか?
いや、商国の奴に聞いていいのかわからないけど」
「特段、国への忠誠が篤い方じゃ無くてな。
流石にガザンに弓引くわけにはいかんが、その辺は気にするな。
闇市の方にも伝手がないわけじゃない。
なんとかしてみよう。しかし、こっちはどうする?
お前が顔出すのか?」
「そっちは、こっちで何とかするよ」
闇市のパイプ役にせよ、顔役にせよ、俺みたいな小僧とはなかなか会ってくれない。
会ってくれたとしても、なめられるのは目に見えている。
しかし、それに関しては、『なめられない』という一点において一家言ある人材がいるので問題ない。
「というわけで、レットさんにはそろそろ、俺とユキネさんの部屋を――」
「――よし、そろそろ風呂を造るか。
野菜やら洗えるように水場を集めて……
ふっふっふ。腕が鳴るぜ!!」
レットがそう言って走り去っていく。
「待って!! お部屋!! 僕達のお部屋!!」
◆◆◆
俺とユキネは狩りのついでに以前奴隷狩りを埋めた辺りを見回りに来ていた。
カーラから魔物や獣が掘り起こしていないか確認するように言われたからである。
確かにその匂いに寄せられて猛獣がやってきたり、変な病気が流行ったらたまったものではない。
「異常はないな」
「この人達は、ホントにこうしなきゃ生きていけなかったんですかね……」
ユキネは、俺が埋めたあたりに膝をついて手を組んだ。
死者を弔う姿勢って言うのは、大体似たような姿勢になるんだな。
「どうだろう。
ただ、そうしたからこそ、ここにいるわけだけどな」
こうなったのはそうしたからだ。
そんなIf物語はこいつらが自身で閉じた幻想の中にしかない。
「ユキネ、行こう」
促すと、ユキネはつぶっていた目を開けて立ち上がった。
「さて、普通に戻ってもいいけど少し遠回りしてもいい?
まだ、あっちの方は行ってないから」
この埋めた周辺は、子供達には行くな、と念押ししてある。
「そうですね。木の実でもあれば持って帰りましょう。
木の実も栽培できるんですかね?」
「木の実からやったらえらい時間かかるだろうな。
それなら木を引っこ抜いてそのまま植え替えた方が早いよ」
「えぇ! 木を移動させるんですか!?
なんかかわいそうですね」
ユキネがクスクスと笑う。
その耳がピクピクと細かく動いた。
「あら? 何か音が……水の音……?」




