46:悪鬼業魔悪来障壁
「脱穀、乾燥、そして、精米。
基本的に麦と同じ方法でここまでやれば食べられる所まで持っていけるわ。
それにしても、意外と早く方が付いたわね……」
カーラは、そう言いながら俺が適当に作った千歯こきを見て唸っている。
麦の脱穀には稲を叩いて落とす方法が一般的らしい。
いや、そっちの方が知らんし。
精米の方は、以前麦を粉にした石臼をカーラと小人たちが調整してくれた。
脱穀には樽をぐるぐると回す機械が記憶の片隅にある。
来年までにはそれを作って、水車で脱穀と精米ができるようにしよう。
精米の結果、痛いだの辛いだの言っていいながら腕を押さえる子供たちを見て、そう硬く決心した。
ま、脱穀の時は俺が全部やったんだから、これくらいはさせていいだろ。
「で、粉にすると硬くなるのはどうするの?」
「粉にはしない」
「うえ、じゃぁオートミールにするの?
私あれ、嫌いなのよ……」
「粒煮?」
「乾燥させた麦を煮たやつよ」
「あ~ちょっと違う。煮るんじゃなくて、炊く」
「タク?」
そこへ、鍋を持ってユキネとサンがやってきた。
「えっと、マキトさん。鍋はこれでいいんですか?」
俺は、サンが頭に乗せた鍋を受け取ると、その中に米をザっと入れる。
何合かは不明だが、10合とか20合くらいはありそうだ。
確か1合で2人前だった記憶があるから、2、30人前くらいか。
米作り用に残しても全員食うのには問題なさそうだな。
俺は、サンに米の洗い方を教えて水につける。
30分くらいだったか?
その間に、火を熾す。
「そうだ、サン。一個呪文を覚えてくれ」
「……呪文?」
「そうだ、今から作る奴がうまくなる呪文。
『はじめチョロチョロ中パッパ赤子泣いても蓋取るな』
はい、どうぞ」
「はじめジョージョ、ナサンがパパ?」
「ちょっと違うな。いや、だいぶ」
初めのパパはジョージ……そんなことはどうでもいい。
「とりあえず、中の水が沸騰したり、蓋がコトコト言ったり
いろいろあるけど、絶対蓋取るなってこと」
「……わかった」
サンがグッと、手を握る。
「とりあえず、火が着いたら呼んでくれ」
サンから少し離れたところで、カーラが俺の袖口を引っ張った。
「で、どうするのよ」
「どうするって、何が?」
「オークのことよ」
「オーク……危険なんですか?」
オークの件は、ユキネにだけ伝えてある。
「もし、戦うなら……」
「何もしないよ、別に」
俺は、伸びをしながら答えた。
「あんた、殺されかけたのよ。フウも!」
「殺さなかった。
あれの行動原理は、至極単純だ。
邪魔なら殺す。危険なら殺す。
ただ、圧倒的な力量差があるなら捕獲する」
殺す気ならフウはあの場所で首だけで現れてたはずだ。
殺す必要がないと踏んだのだろう。
フウに弓を持たせなくてよかったものだ。
「でも……」
「あ、何もしないと言っても手を出さないって意味だよ。
今度、飯を持っていく」
「どうしてよ?」
「近所付き合いは大切だろう?」
俺は、そう言ってにぃっと笑って見せた。
「マキトさんのその顔は悪いことを考えている時です」
ユキネがはぁっと大きくため息を吐いた。
悪いこととは失礼な。
「話が通じる相手なら、利の話しができるからな」
思考回路は単純だが、知能はヒト並みにあるのはこの前のやり取りでわかった。
あれは、獣やゴブリンとは違う。
ああいった文化を持った知性のある種族なのだ。
「で話をしてどうするのよ」
「仲良くするのさ」
「同盟を組む気!? 無理よ!
その武力を欲しがってヒトも何度か接触してるけど、
全くなびいたことはないのよ」
「そりゃ、同盟やら召し抱えるやらしようとするからだ。
俺は『いい関係』でいることを提案するだけだよ」
「いい関係って、ご飯を上げることですか?」
「そうさ。こちらに意識を向けさせるんだ。
そして、俺達は、この森にオークがいると宣伝する。
そうすりゃ、この森に来る馬鹿どもはいなくなるだろ。
使えるものは悪魔でも使う!!
これぞ、悪鬼業魔悪来障壁!!」
……沈黙。
カーラがユキネに耳打ちをする。
「……マキトってネーミングセンス最低よね」
「待ってください。
マキトさんは一所懸命に考えたんですよ」
「聞こえてるぞ、2人とも。
だいたい、これはいま5秒で考えただけだから!
本気出してないから!!」
「……今までは本気出してたんですか……」
ユキネ、そんな目で見ないで!
傷ついちゃう!!
◆◆◆
「これが……コメですか?」
ユキネは、鍋の中を覗き込んで首をかしげる。
光り輝く白銀の粒たちが粟立って美しい。
「そうだよ、一口食べてみて?」
ユキネが熱いのを軽くつまんで一口。
それにサンが続く。
「そんなに、味しませんね」
「……味しなくておいしくない……」
サンも不思議そうに首をかしげる。
と、サンが2口目を口に運ぶ。
「おいしくない、こともない……」
と、3口目、4口目、5口目……
「サン、待て!! みんなの分が無くなっちゃうから!」
手を掴まれた衝撃で、気が付いたのか、ハッとサンがこちらを向いた。
「最初はおいしくないと思った。
でも食べたらもう一口欲しくなる」
「そうですね、噛めば噛むほど甘くなりますね」
「そうさ! これこそが炊きたてのお米マジック!!」
「味は、まぁまぁね」
カーラは腰に手を当ててアンニュイに言った。
ほっぺたに米粒さえついてなければ様になったのにな。
「よし、では、今からおにぎりを作ります!!
皆の者! 集合!!」
子供たちがぞろぞろと集まってきた。
その子たちに俺はおにぎりの作り方を教える。
ユキネやサンは料理をしているからか、すぐにコツを掴んだらしい。
丸どころか三角までマスターしている。
俺はカーラに憐みの視線を送った。
「熱いから仕方ないのよ!!」
涙目で叫ぶカーラを手のひらで躱すと、全員を見渡した。
おにぎりはみんなに行き渡ったようだ。
「よし、んじゃ手を合わせて、いただきます!!」
子供たちがおにぎりにかぶりつく。
一応塩味は付いているが、食べたことのない味だろう。
子供たちは一口目はきょとんとしていたが、いつの間にかパクパクと夢中になって食べていた。
「マキトさんも、私が作ったので良ければ」
「ありがと」
おにぎりを受け取って一口。
うまい……身体に染み入る。
やっぱ、お米ってうまいわ……
思わず視界がにじむ。
「あの、美味しく、なかったですか?」
「逆です。美味しくて……」
俺は3口くらいでそれを食べ終える。
もう一個くらい食べたいが、残念ながらコメはもうない。
「来年はたくさん食べさせてあげますよ」
ユキネは、にこりと笑う。
「そうだね。子供達にもたくさん食べさせないと。
それに……」
「それに?」
ふっふっふ、おにぎり大作戦は来年の秋まで持ち越しか。
とりあえず、コメに感謝しよう。




