43:くっころ
「この辺だよ」
「よし、わかった。フウはもう帰れ」
「え~僕もオーク見たい!!」
不服そうに口をとがらせるフウにカーラは微笑みかける。
「そうよ、勉強になるわ。女なら種族なんかお構いなしに捕まえては犯して子供をはらませる魔物なんて滅多に見れるもんじゃないんだから。特に力試しにやってきた女騎士が『くっころ――」
「……僕、一回帰るね」
フウはびしっと立ち上がるとバタバタと帰っていく。
俺はそれを見送るカーラを見て話しかけた。
「うまいことやったな……で、ホントにそんな奴らなのか?」
「悪来族は……そうね。野蛮で粗野。一般的にはこんなイメージよね」
「一般的には?」
「いいから。それより、これを叩いて大きな音を立ててもらえるかしら」
「なんでだよ」
「ノック替わり。これをしておけば、オークは私たちに気が付くわ。縄張りに入ってもいきなり襲われるってことがなくなるのよ」
クマよけのスズみたいなもんか?
俺は、糸を右手に巻き付け――こうしないと痛いと踏んだからだ。防御力は痛みを軽減してくれるわけではないのである――ると、思いっきり右手を引き絞る。
そして、大きな音を立てるべく、右拳を岩に叩き付けた。
パッカーン
「あんたね、加減ってものを知らないの?」
「ま、まぁ……これでご挨拶は完了しただろ。で、どこに行くんだ?」
「とりあえず、川を探してその川沿いに沿って下りましょう」
「川だな。わかった。カーラの言うとおりにするよ」
俺は、水のにおいを嗅ぎつけるとそちらに向かって歩き出した。
「さっきの話の続きだ。悪来族ってのはどんな種族なんだ?」
「基本的にエルフと一緒よ。森の中で狩りをしながら暮らしてるわ。主食は主に肉。だけど、別に肉食ってわけじゃなくてエルフと同じく採取もわずかながらにしたりするみたい」
カーラは足を止めると、木の下を足で払う。
どうやら、木の実が拾われた形跡を見つけたようだ。
「ただ、エルフと違って強力に縄張りを意識するの。そして、その縄張りを侵したものを許しはしない。持ち前の武力を持って排除しようとする。だから、悪来なんて名前がつけられたのよ」
「なるほど。だから俺は岩を砕かされたわけだな?」
「砕けとは言ってないかしら」
俺は、その言葉を無視する。
「やけに詳しいが、それは研究の成果、なのか?」
「昔のなじみにいるのよ。空気が読めない代わりにオークだろうとエルフだろうとヒトだろうと、種族やら国土やらを気にしない天才的な馬鹿がね」
「昔なじみ……カーラってさ……いくつ? 俺より年上だよな」
見た目的には俺やユキネよりも年下だろう。
しかし、その言動の端々から年齢に違和を感じる。
そういえば、レットが「ババア」と言っているのを何度か聞いたな。
「レディに年齢聞くなんて100万年早いわよ」
そうですか、と俺は両手でパタパタとやったところでハタと気が付いた。
俺が足を止めると、カーラもやっと気が付いたらしい。
「囲まれてる?」
「あぁ」
俺は一度たりとも嗅覚のセンサーを切ったわけではなかった。
しかし、そのセンサーを上回る隠密能力があったようである。
俺は即座に探索手段を【探知】に切り替えた。
「後方に2人。前方に3人……」
俺が足に力を籠めると、それを見透かしたようにカーラが俺の服の袖口を握った。
「殺しはダメよ。めんどくさいことになるわ」
俺がうなずくのと同時に、前後からその生物が飛び出してきた。
緑青色をした肌に明るい茶色をした髪を付けた人型の生物である。
ドワーフ達よりも身長は低いようだが、均整の取れた肉体は目鼻立ちのすっきりとした顔貌のせいで彫刻のような美しさがあった。
胸元を見る限り、このドワーフ達は全員女の様である。
「オークよ!」
カーラが叫ぶ。
俺は、囲まれるのを防ぐべく前進した。
カーラは俺の意図を察したのか、後ろを相手にしてくれるようである。
眼前にいるのは、3人。
斧を抱えた女と、槍を構えた女だ。
俺の前進を予測していたのか、槍の女が間合いギリギリで上より穂先を叩き付けてくる。
俺は躱すべく半身になると、わずかに速度の遅くなった。
そのタイミングで今度は、両サイドから斧を持った2人が横なぎに斧を振るってきた。
「こなくそ」
俺は、防刃性のある糸を両手に巻き付かせると、槍を躱しつつ右から振るわれた斧をつかみ止める。
「なっ」と女の顔が驚愕にひずんだ。
俺はその女の頭を鷲掴みにすると【催眠】をかけた。
ハフゥ、と足元から崩れ落ちて、地面でぴくぴくとわずかに震えてるし。
「貴様!!」
突き込まれる槍を、今度こそ掴み止める。
その隙をついてふるわれる斧を槍で受け流した。
それと同時に槍を力強く引っ張る。
槍を持っていた女が体勢を崩した。
槍を力づくで引きはがすつつ、斧を持った女の足元を蹴り払う。
ぐうっと地面に転がった女に向かって粘着性のある糸を射出し地面に貼り付けにした。
「何これ! ベトベトする! やだぁ! 気持ち悪い!!」
騒ぐ女を無視すると、俺は槍を、元持ち主の女の喉元に突き付けた。
カーラに視線を移すと、木の根で2人のオークが絡めとられて動けなくなっている。
「くっ! 殺せ!!」
「いや、それあんた達のセリフじゃないだろ」
「そうよ、だいたい私たちはきちんと挨拶したはずよ」
「挨拶? 岩を砕くような挨拶をする奴がいるか!!」
カーラが眉間を強く揉み込む。
「あんたのせいよ……」
「あは、あははは……」
俺が後頭部をかいていると、【探知】に何かが引っかかった。
それは隠れるような気配などみじんもなくこちらに向かってくる。
「おい、手前ら、何者だ?」
今度こそ現れたのはオークの男であった。
身長はドワーフ達よりも低いが、その身体は皮膚の下に岩でも押し込んでいるかのように筋肉で押し上げられている。
そして、その頭には角が二本生えていた。
「つのつの二本、青鬼どん……?」
――――
トーソン
ジョブ:大ふへん者
筋力 S
魔力 D
耐久力 A
精神力 C
持久力 A
反応速度 SS
――――
「誰が青鬼だ。それより、俺の娘に何してるんだ? 手前ら」
トーソンは、ぐるりと俺達を見渡した。
「えっと、これにはおっそろしく深い理由がございまして……」




