4:ご褒美
初めて俺がこの世界に来て最初の夜は、穏やかなものだった。
エルフの子供たちを頑丈で崩れていない納屋に押し込み、俺とユキネがその前で番をする。
俺とユキネは、順繰りに休憩をとることにして一夜を過ごすことにしていた。
のだが、ユキネはいつの間にかぐっすりと寝てしまっている。
奴隷狩りにあったのが2、3週間前だといってたので、おそらくその間一人で子供たちをまとめ守ってきたのだろう。
俺はといえば、疲労感はない。
むしろ、こういった仕事があったほうが、異世界に来たという絶望感と向き合わなくていいだけましだ。
問題は、俺に寄っかかってユキネが寝ている、ということであった。
疲れているのだから起こしてはいけない、そんな言い訳を自分にしながら、動けない、そして情けない一夜が過ぎる。
「あ、ごめんなさい。私……」
太陽に目を細めながら目を覚ましたユキネは、状況を理解したのかぴょんと飛び跳ねて俺に頭を下げた。
そして、慌てたように自分の体の匂いを嗅ぐ。
「お風呂にも入ってないのに、私」
「それはむしろご褒美なのでは?」
俺のまっとうな返答に、なぜかユキネは心底不思議そうに首をかしげた。
「よくわかりませんが……それより、昨日のお話なんですが……」
「きのうの?」
今度は俺が首をかしげる番だ。
ユキネは悲しそうに笑う。
「一緒にいてくれるって……やっぱりご迷惑――」
「います! 一生一緒にいます!!」
しまった!!
言ったことは覚えていたが、ここで確認取られると思っていなかったので油断していた。
俺はユキネの手を強く握ると、もう一度宣言する。
「俺は一生ユキネさんと一緒にいます!!」
「いいいい、一生ですか!?」
ユキネが顔を真っ赤にして目を見開いた。
「よ、よろしく、おねがいします……」
そして、消え入りそうな声でそうつぶやいた。
ふう、何とか信じてくれたようだ。
俺の一生でこんな美人の手を握るチャンスなんかないだろうからな、異世界に来ていいこともあるもんだ。
と、そこで扉が開いた。
エルフの子たちも目を覚ましたようだ。
「お姉ちゃん、おなかす――二人とも何してるの?」
俺とユキネは目をあわせて、笑いあった。
「ご飯にしましょうか」
「お願いします」
◆◆◆
エルフの子供たちは朝ご飯を食べるとまた眠ってしまっていた。
恐らく疲れがまだ残っているのだろう。
膝に寝っ転がるショートカットの子の髪をなでながらユキネは口を開いた。
「これからどうしましょうか」
俺は寝ているエルフたちをひとしきり眺める。
どれもこれもが可愛らしい盛りだ。
というか、エルフって美形しかいないのな。
奴隷狩りなんてのがはやるのもわからなくはない。
しかし、完全にわかってしまったら、もうここにはいられない。
「限界でしょうね、正直これ以上の旅は」
「やっぱりマキトさんもそう思いますか?」
ユキネは肩を落とす。
子供たちもだがユキネ自体も限界のはずだ。
「幸い、ここにはまだ使える家もあります。そして、人がいなくなってずいぶん経つようです。ここに腰を下ろしたほうがいいですよ」
「そうすると……」
ユキネは子供たちを眺めた。
水と食事。そして、安全。
この3つをそろえなくてはいけない。
「とりあえず、この辺をもう少し調べましょうか」
子供たちの中で、ユキネの次に年齢の高いフウを起こした。
フウは、目をこすりながら俺達が今から出ていくことと何かあったら指笛をふくことを復唱してまたバタンと倒れ込んだ。
早く布団みたいのを探してやらないとこの子達青あざだらけになるな。
「ちょっと準備してきますね」
「なら俺も罠を仕掛けてきます」
ユキネが弓と矢の準備をしている間に俺もまた村をぐるりと一回りしていた。
罠と言ってもそんなに難しいものは作れない。
侵入者が来たら音を鳴らすブービートラップぐらいが精一杯だ。
と、罠を作ったところで実績が解除される。
====
【実績が解除されました】
● 初心者向けトラップ
――くんくんくん。何か匂いがするね。
【実績解除ボーナス】
工作:罠の質が向上する。
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「ちょっと侵入者がわかるように仕掛けをしてきました」
と言っても、細い糸を出しながら村を一周してきただけだ。
その糸の最後を子供たちが寝ている家の天井にぶら下げた樹の板に括り付ける。
これで、何かが引っかかれば板が落ちるはずだ。
どれだけぐっすり寝ててもさすがに起きるだろう。
「んでは、いきますかね」
最初の問題は、食料だった。
確かに木の実があったり動物がいたりするのだが、それだけでは絶望的に足りないだろう。
昨日、イノシシを狩ったように、狩猟でもすればいいのだがその間に村で何かあったときに間に合うとも限らない。
さらに、近くに動物が常にいるわけではないのだ。
得物を追って遠くまで狩りをするわけにはいかない。
と、ユキネが地面から地面から何かを掘り出し始めた。
それは、ニンジンに似た植物である。
「これはヤマキャロです。もう少ししっかり育ってくれればおいしいんですけどねぇ」
「そうか~残念ですねぇ。もう少し育ってれば……育ってれば……育てる?」
俺はポンと手を叩いた。
「畑作りましょう! とりあえず、それ育ててみましょう!」
「育てる? あぁ、人がやってるようにですか」
「え? エルフは畑とかやらないんですか?」
「はい、エルフ族はそういったのはしないんですよ。山菜とか狩猟だけで充分食べていけてましたから」
なるほど。
となると、かなり手さぐりになるだろう。
まぁ、味さえ気にしなければ、何とかなるか。
鉄腕D〇SH見てたし。
闇箱から村にあった木箱を取り出すと、周囲の土ごとそれに突っ込んでまた闇箱に放り込んだ。
「さて、とりあえず、食料はこんなものですね。川の方に行ってみますか」
川については、前日小川があるのを見つけていたので問題なかった。
俺は鼻を、ユキネは耳を頼りに小川へと向かう。
そこはとてもきれいな小川だった。
水もきれいだ。魚が泳いでいるので、捕まえられるようになれば食料にもなるだろう。
と、話しているが、どうにもユキネが上の空である。
「えっと……どうかしました?」
「あ、あの、その……水浴び……」
「水浴び?」
脳内のシナプスを強力な電流が走っていく。
「安心してください。私が周囲を見張っておきましょう!!!!」
俺の声に鳥が飛び立った羽音がした。
「どうしてそんなにやる気に!?」
「HAHAHA、どうぞどうぞ。私、あっち向いてますので」
「え? あ、はい」
俺の勢いが勝ったのか、ユキネは木の裏に隠れてしまった。
少ししてから衣擦れの音に耳を傾ける。
鼻の奥で血の香りがし始めた。
ちゃぽんという水の跳ねる音がした。
ちらっとだけなら……
とそこで昨晩のことが脳裏をよぎった。
そして、あの笑顔を思い出す。
「何考えてんだか……」
急に恥ずかしくなった俺は、木を背にしたまま座り込んだ。
「あの、マキトさん……いますか?」
「いますよ。ここにちゃんと」
「よかった……」
そうだ、この子は俺を頼りにしてくれてるじゃないか。
何考えてんだ、俺は。
「あ、もしよかったら後で浴びますか?」
「そうですねぇ、俺もさっぱりとしたいですね」
「あの子たちも洗ってあげないと。だいぶ臭かったし。明日もここに来ていいですか?」
そういって、ユキネはクスクスと笑う。
お姉ちゃんでお母さんで族長で、この子はいくつ役割を果たす気なんだろう。
「任せてください。俺にできることなら――」
俺が言い終わるより早くユキネがきゃあっと叫んだ。
俺は慌ててユキネの方に走り寄ろうと視線を移動させる。
「どうしま――」
一瞬のことで俺はすっかり忘れていた。
ユキネの白い柔肌は俺の理性を吹っ飛ばすには十分すぎるほどの威力があった。
「ま、待ってください!! 大丈夫ですから」
ユキネは慌てたように身体を隠すがそれのせいでなおさら艶めかしい。
俺は、目を閉じると服をユキネによこした。
「どどど、どうしたんですか?」
「今、指笛が聞こえたんですけど、なんでもないってあとから……」
そういいながらもユキネは走り始めた。
慌ててきた服は、体がほとんど濡れたままだったのでわずかに透けている。
走りながら俺は、着ていた制服のジャケットを手渡した。
「臭いかもしれませんが、これ着てください」
「いえ、大丈夫ですよ」
「俺が大丈夫じゃないので」
「はぁ」
村についた俺達は慌てて家に飛び込んだ。
と、子供たちは俺達に驚いたように目を見開いてから、きょとんとした。
「二人ともどうしたの?」
「指……笛……」
息が上がったユキネは、喉から絞るように言葉を発した。
それをポンと手を叩いたフウが天上を指さす。
「寝ぼけちゃって、天井にある変な板を、誰かが張り付いてるのかと思っちゃってさ。あれなんだろうね。ヒトってホント変なことするよねぇ」
そういってあははははと笑うフウ。
俺とユキネはがっくりと肩を落とした。
「次作るトラップはもう少し吟味してやります」
俺の態度にユキネはプッと噴き出した。
「マキトさん、そんな落ち込まなくても」
「なんだ? 急に笑い出して。変な姉ちゃん」
そういうとフウは、俺の方に寄ってきた。
「ところで兄ちゃん。ご飯は?」
「うん、もう一回とってくるよ」
●第一村人 ――村は作るんじゃなくてできるもの
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