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38:「あんなことまでしたのに!!」

「おい、ガキンチョ達よ。何で俺の後をついてくるんだ?」


 レットはわずらわしそうに振り返る。

 ニマァっとだらしない顔をした子供と何を考えているのかわからないじとっとした目の子供が2人。


 1人はショートヘアに、クリッとした大きな目をしたフウである。

 一目では少年にも間違えそうな風体をしているが、そのわずかに隆起した胸元がぎりぎり少女であると主張していた。


 もう1人は、明るい黄色の長い髪にジトッとした目をしたサンである。

 少女然とした愛らしいスタイルなのだが、いかんせん何を考えているのかわからない、そんな少女だ。


「レットって、盗賊(ローグ)なんでしょ?」


「あぁ、そうだ」


「僕、少しだけローニに罠の作り方を習ったんだ。でもね、マキトに試したら全部ばれちゃった」


「あれは規格外だからな。狼を目の前にして生肉隠すようなもんだ」


 別にレットは例え話で狼を出したわけではない。

 マキトの異常な探知能力の一端に嗅覚があると確信している。

 しかし、その獣じみた嗅覚を人間が手に入れられるのだろうか。

 もしも、スキルだったとしても、どのようなスキルなのか見当がつかない。


「それでローニも次の村に行っちゃうから他の人に習いなさいって」


「マキトも罠を仕掛けられるじゃないか」


 到着時に発見した侵入者を知らせる罠のことを思い出していた。


「兄ちゃんに聞いたら俺は教えられないって。ケチなのかな?」


 なるほどな、とレットは思った。

 マキトの罠は素人手によるものと一目でわかるが、その隠滅だけは恐ろしく巧妙なのである。

 きっとスキルによって、罠隠滅の精度をかさ上げしているのだ。

 となれば、本当に教えようがないのだろう。


 ふむ、とレットはそのボーイッシュな少女に視線を送る。


――――

フウ

ジョブ:

筋力   G

魔力   E

耐久力  G

精神力  D

持久力  D

反応速度 C

――――


 ジョブ欄が空だ。

 別に子供はこのジョブ欄が空いていることが多いので驚くことはない。

 成長につれて、いつの間にかこのジョブ欄が埋まるのだ。

 その際に、ステータスや持っているスキルなどでそのジョブが決まるらしいことがわかっている。


 そして、このステータスは確かに、盗賊(ローグ)弓使い(アーチャー)に向いていると言えるだろう。

 索敵やかく乱を担うこの手のジョブにおいて、罠を仕掛け、見破ることは重要な仕事である。

 そういった意味でこの娘は、知ってか知らずか、自分にあった道を選んでいるようだ。


 そして、そうなればやはりあのマキトという男の異様さが際立ってくる。

 あの男は、最初、実績蒐集家(アーカイブマスター)というジョブだったはずだが、現在は剣士(ソードマン)になっていた。

 ジョブが変わるなんてことはない、ということはないが、そんなこと何十年かに一度確認されるくらいで滅多にあることではない。

 さらには、他人のステータスを認識している節がある。

 もしかすると、【鑑定】を欺くスキルによってジョブを偽装したのではないか。

 いくつのスキルを、そしてどれだけ化け物じみたスキルを持っているんだ。


 レットは目眩がした。

 自分より幾分か年下の男の調査のはずが、迷宮の最奥部に住む怪物を偵察させられているような感覚。


 などと考えながらフウの目をもう一度見てから、眉間を揉み込んだ。

 すると、フウは少しだけ首を傾げた。


「レットはろりこん?」


「な、何の話だ?」


「カーラがね、レットはろりこんだから近づくなら気を付けろって。あれ? ろこりんだっけ?」


「あんのやろう……」


 レットは渋い顔でフウを見つめてから、肩を落としながら大きく息を吐いた。

 この2人に怒っても仕方ないのだ。


「で、そっちは?」


 レットが顎で指すと、サンは腰に差していたナイフを抜き放った。

 ギラリと輝くナイフは、ローニが打ち直したものであり、一目で業物だとわかる。


「ナイフの扱い……習いたい」


「なんでだ? 普通に使う分には、十分使えてるだろ?」


 サンは、ナイフを握りしめてレットの目を見つめた。


 ――何を言ってもだめそうだな、この2人。


 レットは別にマキトのことが嫌いなわけではない。

 が、こいつらを育て上げて鼻を明かすのは面白そうだと思った。


「コツくらいなら教えてやるよ」


「お~やった!!」


◆◆◆


 太陽が最も高い位置に上っていた。

 カーラの寝泊まりしているテントは、そのような外光がまったく当たらない木の茂った場所に立っていたので、真昼でも閉め切ってしまうとかなり暗くなる。

 そんなテントの中に、2人の少女がいた。


「な……なんで、2人っきりなの?」


「あなたが、魔法を習いたいって言ったんじゃない」


 ライウは、目に涙一杯浮かべていた。

 暑さからか、玉のような汗が首筋を流れていく。

 額にはその長い紫紺の髪が汗で張り付いていた。

 その視線の先にいるのはカーラであった。


「なんで、服着てないの?」


「あなたが、魔法を使えるようになりたいって言ったんじゃない」


「なんで、私まで服脱がせたの?」


「あなたが、魔力に目覚めたいって言ったんじゃない」


 カーラもライウも、ほとんど裸に近い状態だ。


「なんで、私縛られてるの?」


「それはね、逃げ出せないようによ!!」


◇◇◇


「うぅ……ひどい目にあった」


「え、その後、何があったの?」


「言えない……言いたくない……」


 ライウは遠い目をして両手で自分を抱きしめた。

 サンが、妙に期待した目をカーラに向ける。


「ライウの中の魔力を力づくで起こしただけよ」


「それだけで、どうしてそんなに艶やかに……」


 フウは、顔を引きつらせる。

 サンは、視線をライウに向けた。


「……で、魔法は?」


「うん、ちょっと待ってね」


 そういって、地面に文様を描いた。

 そして、カーラから受け取った符をその上に置いて、その符に書かれた呪文を読み上げる。


「食らい、繋ぎ、求めよ。歩く陽炎、燕麦の香り。焔を持って穿つ。ゆきゆきてみちみちる。指、指、指。打ち立て。炎」


 地面の符が燃え上がり蝋燭ぐらいの炎が立ち上がった。


「長いね……」

「しょぼいね……」


「うわーん! あんなことまでしたのに! カーラのバカぁぁぁぁぁ!!」


「落ち着いて! これは初歩よ! こっからいろいろと、すっごいことできるようになるわ! あなた才能あるもの!」


「本当?」


「本当よ、小さき魔人(リトルメア)のカーラさんを信じなさい」


「うん! 私信じる!!」


 ひっしと抱きしめあった2人は、どこかへと消えていった。


「大丈夫かな……ライウ」


「僕はそう信じてるよ……それにしても……」


「首の後ろにあった噛み後なんだろ……」

「……なんで首が赤くなってたの?」

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