32:闇を従えし炎よ。赤き悪の舌よ。芽吹き、這うて、参れ
宴が終わって一夜明けた。
本当は妹になったお披露目会やらなんやらをやるつもりだったようだが、俺とユキネがとっとと帰らせろと迫ったので、そういうもろもろのことは後日ということに。
そして、やっと帰路につけることになった。
女王は最高級の馬車を貸し出すと言ってくれたが、俺達はそれを断った。
そんなものは盗賊への宣伝でしかない。
それに馬なぞ俺もユキネも、ましてやサンも制御できないので仕方がないというのもある。
【調教】をかけてもいいのだが、エルフと俺なら走ったほうが早い。
そうやって商国まで来たし。
そんな風に思っていた俺達だがなぜか、大量の木箱が詰められた粗末な荷馬車の荷台に押し込まれていた。
ささくれが痛い。
「レット! 乗り心地が最悪ですわ。何とかなりませんの? こちらには女性が3人も乗っているんですの。少しは気を使ってくださいな」
声を上げたのは、とんがり帽子をかぶった少女だ。
ユキネより少しばかり年下だろうか。
体つきはサンよりましといった具合である。
不服そうに淡いさくら色をした唇を尖らせるその少女を、御者台に座るレットと呼ばれた男はチラリとだけ見るとまた進行方向に視線を移した。
「カーラよく聞け。旦那からは、お前の寝言じゃなく、そちらのご仁たちの希望を叶えるように依頼されてんだ。嫌なら飛び降りろ」
レットの方は見た覚えがある。
露店にてナイフを万引きしようとした盗賊だ。
「私達の任務はこの”陛下の妹君”を無事に送り届けて、その上で村の発展に寄与することですわ。あなたのやってることはその”無事”の部分に大×点がつきますわよ」
なぜこの2人と一緒に、馬車で揺られているのか。
女王がユキネを妹にした理由は、身内にすることで”人手を貸し出す”ためだった。
が、俺たちはそのいろいろな手続きを断ったので、結局正式な人材派遣ができなくなってしまった。
しかし、ローランドはそうなることを見越していたようである。
この2人は、商国とは無関係なのだそうだ。
「えっと、出る時に詳しく聞けなかったのですけど、お2人が私たちの護衛ということでいいんですか?」
「屠龍の護衛なんて冗談にしても面白くないわね。ま、あなたと、そこの子供はきっちり守るから安心なさい」
「ちなみに、俺もそこの女も騎士じゃない。ガザンの旦那の飼い犬だ。妹君には悪いが敬語だとかそういうのは諦めてくれ」
「そうよ、そういう方がよかったなら国に戻って、超豪華な女王専用車借りてきてくださいな」
そういって、カーラは意地悪そうな笑顔を作った。
しかし、それは本心からのモノではなく、この場を和まそうとしただけのようである。
サンは、その顔を見て吹き出した。
「正式にいろいろとやるには時間も金もかかるんでね。騎士団の偉い人たちは俺たちみたいな冒険者崩れを囲ってるんだよ」
冒険者崩れねぇ。
――――
レット
ジョブ:盗賊
筋力 B
魔力 C
耐久力 C
精神力 B
持久力 A
反応速度 A
――――
――――
カーラ・マイクロレディ
ジョブ:魔術師
筋力 F
魔力 A
耐久力 K
精神力 A
持久力 B
反応速度 A
――――
この2人、俺が見た中でも相当に強い部類だ。
ガザンやローランドと比べてもそん色がなく、騎士団にいても最上の部類に入るであろう。
レットの話は、半分嘘、くらいに聞く方がいいかもしれない。
「それはそうと、後ろの奴らどうしますか?」
俺は、チラリと乗っていた車体の背後に視線を送った。
”まだ”何も見えていない。
しかし、その発言でユキネも気が付いたようだ。
「何かがついて来てます」
「あら、気が付いてたの。さすがは屠龍ってところかしら」
「あれだけ臭いんだから寝てても気が付きますよ」
「あんた達は俺たちの依頼主だ。というか、ユキネに関しちゃ、陛下のご親族。敬語はやめてくれ」
レットは追われていることなどないかのようにあっけらかんとしている。
「それはいいんだが……後ろ……」
後ろから追ってきている者たちの姿が見えた。
あまり身綺麗な服装ではない男たち10人ほどが、馬に乗って俺たちを追ってきている。
「カーラ、野盗か?」
「それにしちゃ、装備が整いすぎてるわね」
「どうやら、妹君が邪魔な奴らが仕掛けてきたみたいですね」
ユキネは顔をこわばらせながらサンを自分の背に隠した。
「やっぱり私だけでも残ったほうがよかったんでしょうか……」
今回、ユキネとサンを残して俺だけ村に戻るという選択肢もあった。
しかし、それを俺は良しとしなかった。
あの子たちにユキネが必要なように、ユキネにもあの子たちが必要なのだ。
そんな小さな願いくらい俺がどうとでもしてやる。
どんなことをしてでも、だ。
俺が立ち上がろうとしたところで、カーラも杖を片手に立ち上がった。
かなりの高速度を出している馬車なのだが、その足元に不安定さはみじんも見られない。
不安そうに後ろを見ていたユキネに、カーラは一つウインクをした。
『闇を従えし炎よ。赤き悪の舌よ。芽吹き、這うて、参れ』
と、地面に魔方陣が浮き上がった。
そして、その魔方陣の上を男たちが通過する瞬間に、そこから炎の柱が吹き上がる。
男たちは、声もなく飲み込まれると、影も形もなくなった。
「あなたは、ゆったりしてていいわよ。竜が来たらお願いするけど」
「なぁ、お前がいたらもう少し竜との戦いが楽になったんじゃないのか?」
「門の方は私達が守ってたんですのよ。それとも、私達が臆病者だとでも」
「俺は竜が出たら、悪いけど逃げるぞ」
レットはゲラゲラと笑いながら馬に鞭を振るった。
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