31:妹
女王達に対してユキネは人を貸してほしいと頼んだ。
確かに、手勢が増えるのはいいことである。
しかし、人が増えるということは、トラブルが増える可能性が大きくなる。
俺的にはそれを最も恐れていた。
だからこそ、ドワーフ工房の者にさえ、村の細かな場所は伝えていない。
ユキネだってそれくらいわかっているはずだ。
それでも、人が増えることの方が子供達のためになると考えたのだろう。
そして、女王の紹介とあれば下手なこともできないという打算があるからこそのお願いである。
ゆえに、異論をはさむつもりはない。
もともと、ユキネの考えに反対する気はないが。
と、1人のでかめのカイゼル髭を生やした男がやってきた。
「何を言い出すかと思えば。
そんな田舎娘の話に耳を貸してはいけませんぞ」
40歳くらいに見えるその男は、すらりとした体格の割には尊大な態度である。
そして、その見下した視線を俺たち二人に向けた。
「我が王国の騎士が50近く減ってしまった。
今から、新たに隊の編成を行い、帝国へ状況説明を行う必要がある。
そんな者たちに構っている時間はありませんぞ、ユフィン様」
何とも偉そうなやつだ。
「我が王国の賢人会議の議員にして帝国の貴族の1人、ギャロン・ヴェルリックです。
いつもは帝国に引っ込んでるんですけどね。
ドラゴンに襲われたと聞いて嬉々として戻ってきた、とっても偉い糞野郎です」
俺が訝しんでいるとローランドが、満面の笑みで耳打ちしてきた。
こいつ、人の悪口言う時いつも笑顔だな。
「だいたい、どこの馬の骨ともわからない者共にこれ以上の肩入れは不要でしょう。
わかりますね?
いや、私の妾にでもなるというのならば、また話は別ですがね?」
「なっ……」
上から下までなめるようにユキネを見る。
ユキネは、身体を隠すように抱きしめた。
「ギャロン!
いくらあなたと言えど、わたくしのお客様に対して失礼な言動は――」
「失礼? 失礼とは、また失敬な。
今言った通り、商国に余裕はありますまい。
この娘にはそれだけの担保がない。
その担保を私が作って差し上げよう、と言っているのですよ。
私が身柄を買い上げ、それを国庫に入れて差し上げます」
そう言ってもう一度ユキネを見る。
「それとも、何か?
君とその村とかいうのはその程度の繋がりなのかな?」
この男は自らと村を天秤にかけろ、と言っているのだ。
「わかり……ました……何にでもなります……」
「な! 何を言い出すんですか!」
女王が声を上げる。
ユキネは苦痛そうに歯を食いしばる。
「それでも……私に出せるものは……」
ユキネはそういってギャロンをにらみつける。
ギャロンの顔に下卑たものが浮かんだ。
よし、殺す。
俺が一歩踏み出そうとした瞬間、ガザンとローランドがそれを遮るように、わずかにだが足を動かした。
ちっ、斬ってもいいがそうすれば、一歩出遅れる。
俺がギャロンへ飛びかかるルートを再検索しようとした瞬間にユフィンがギャロンの前に立った。
「わかりました。無関係でなければ問題ないのですね?」
「はぁ?」
眉をひそめるギャロンに対して、ユフィンはどきなさい、というと俺とユキネの手を引っ張って会場に設置されていたステージへと引っ張っていった。
「今日は、皆の者よく集まってくれた。また、先の戦いでは本当によくやってくれた」
ユフィンは会場を一度見渡した。
隣では、ユキネがオロオロとしている。
俺は、至って冷静――を装っていた。
「諸君には伝えねばらなんことがある。
と言っても、本人が先ほどから吹聴して回っているようだが、
今回、ガザンとは別に戦功を立てたものがいる」
背中を押されて俺は、前へ一歩出る形となった。
「この者こそがあのドラゴンを倒したマキトだ」
どよめきの中で、二つほど割れんばかりの拍手がある。
ガザンとローランドが嬉しそうだ。
「また、このエルフの娘も、100を超える魔物に対して一歩も引かずに対してくれた。
この者たちは我が王国民ではない。
にもかかわらず、命を賭して皆と共に戦ってくれた勇者である」
勇者か。
あの時、厄介者扱いされて、勇者の一団に入れなかったこの俺が、こんなところで勇者呼ばわりされるとは皮肉なもんだ。
「この者たちは勲章はいらないといった。
何もいらない。
そう言ってくれたが、それでは申し訳が立たない」
嘘です。くれとお願いしたものが断られただけです。
「そこで、私はこのエルフの女性、ユキネを我が妹として迎えようと思う」
この世界が思考を文字にする特殊な世界であればこの場の文字は『ポカン』だ。
そのくらい、静まり返った。
俺ですらそうなのだから、当人であるユキネは動揺を隠し切れない。
一番に意識を取り戻したのか、その空気をギャロンが破った。
「ユフィン様! 何をおっしゃいますか!!
そういうことは帝国の――」
「帝国が今回の件で我が国に口を出すのはお門違いだ。
確かに王位継承権に関する問題は、帝国と話す必要があるかもしれん。
しかし、私以降の王位継承権は全て男でなければならないと規定したのはお前達――いや、帝国側であろう。
ユキネは女で王位継承権に関係することはない。
つまり、これは王位継承権に関する問題ではない。
即ち帝国の関知することではない」
そういってユフィンはユキネの手を取って笑いかける。
そして、小さな声で囁いた。
「ユキネよ、先ほどなんにでもなる、といったな。
ならば、はい、と言え。
そうすれば、私とお前は姉妹となるの。
姉妹であれば、私が関与する理由ができる」
「そんな……でも、そんなことして、女王様になんの得が……」
ユフィンは、口端を大きく引き上げてギャロンを見やった。
「糞間抜けのあの表情が見れただけでもお釣りがくるわ」
「わかりました」
ユキネの目に力が入った。
「では、今一度聞かせてほしい、ユキネよ。
我が妹となってくれるか?」
「はい、お願いします」
完全にプロポーズじゃないか。
「これより、このユキネは我が妹である。
よろしく頼む」
ユフィンが手を差し出した。
それをユキネが握り返す。
ユフィンがユキネを抱きしめるのを見てガザンが思いっきり拍手を始めた。
その輪が大きくなっていくのと並行して、ギャロンが居心地悪そうに部屋を後にするのを見ながら俺は思った。
俺も居心地が悪い。
「さて、私から願いがある。
誰か妹の帰路を同道してくれる者はおらぬか?」
シュバッとガザンが手を上げたが、その頭をローランドが叩いた。
「団長が留守にする気ですか? バカなんですか?」
ローランドはそう言いながら、レヴァインの方を見た。
レヴァインはうなずくと口を開く。
「陛下、騎士団より妹殿下の護衛を出すことは承服いたしかねます。
国防上、一兵たりとも無駄にはできませぬ」
ユフィンの意見は全否定。
しかし、その返答が予想通りだったのだろう。
ユフィンが気にした様子はない。
と、ローランドが手を上げた。
「どうした、ローランド」
「私に良い考えがあります。
騎士団より一兵も出すことなく、そして最大限の安全を確保でき、
そして、この新騎士団長が納得する方法が」
「では、陛下。私の責任においてこの件、ローランドに任せてもよろしいでしょうか」
「わかった。任せよう」




