3:一緒に暮らしませんか
俺達は比較的荒れていない家を見つけてその中に移っていた。
10人くらいは余裕で座れるくらいの家で、キッチンとかない辺り公共の集まりなどで使っていたのではないだろうか。
「私の名前は、ユキネといいます。エルフ族の族長です」
本当にエルフだったのか。
耳を見て予想していたが、本人からそう言われると少し驚く。
しかし、それよりも気になることがあった。
「族長……?」
見た感じ、15歳とか16歳だ。
俺とほとんど変わらないくらいだろう。
「と言っても、一番年上だからやってるだけなんです。ホントはおじいちゃんが族長だったんですけど、ゴブリンの襲撃でおじいちゃんとかお父さんとか男の人がたくさん死んじゃって。そうしていたら奴隷狩りにあって大人は全部連れていかれました。お母さんが私達を逃がしてくれたんですが……」
そういってユキネは眉を寄せながら笑顔を作った。
ゴブリンの襲撃に奴隷狩り、そいで着の身着のまま逃げていたらまたゴブリンに襲われたのか。
この子達の守護天使は不幸に羽が生えてるんじゃないか?
「お姉ちゃん……」
他の子どもたちはユキネよりも4、5歳下だろうか。
体中が薄汚れていて、顔には疲労の色が見てとれた。
きっと、まともに飯も食っておらず、休息も取れていないのだろう。
それにしては、ユキネは元気だな。
などという無為な思考を遮るように俺の腹が豪快な音を立てた。
エルフの子供がびっくりしたように俺を見た。
俺があははと乾いた笑顔を浮かべると、子供が少しだけ笑った。
「えっと、とりあえず、ご飯にしましょうか」
ユキネは笑顔を浮かべている。
が、しかし少し影があるような気がした。
それは仕方のないことなのだろうが…… 俺の胸がチクリと痛む。
俺はことさら明るく同意する。
「肉食べますか? つか、エルフって何喰うんだ?」
「恐らくマキト様と同じものを食べますよ。交易していた人間の村もありましたから」
「よっし、なら俺がとってきますよ!」
「肉だけですか?」
「えっと、キノコも……」
「この辺には毒キノコもありますけど……」
「毒……キノコ……」
防毒のスキル持ってたな。
とはいえ、この子達は持ってないだろう。
「私も行きます。安心してください。弓もありますし」
そういって、ユキネはゴブリンから鹵獲した弓を手に取った。
矢筒には矢が数本しかないが、狩りに使う分には問題ないらしい。
他の子どもたちは、とりあえずこの集落に身を隠すことになった。
周囲に危険な匂いはしないので大丈夫だろう。
もしもの場合は、エルフの耳にしか聞こえないとかいう指笛で連絡することになっている。
俺達は、すぐにでも戻れるようにできるだけ集落の周りの森の中で採集を始めた。
「すごいですね。よくそんな食べられる野草とか知ってるもんだ」
「エルフは森の民だからって、子供のころから父や母に仕込まれるんです」
そういいながら、キノコやら木の実やらをひょいひょいとリズミカルに拾っていく。
それに合わせて、胸元の布がパカパカと開いたり閉じたりを繰り返している。
これはなんだ? 高度な心理戦か?
俺は先ほど見つけた小川でくんだ水を口に含ませていると、ユキネが声をかけてきた。
「あ、これ食べたことありますか?」
そういって、赤い木の実を渡してきた。
サクランボのような形をしている。
口の中が一瞬で甘さを欲し始めた。
「いただきます」
俺は口の中にそれを放り込んで、一噛み。
口の中に果汁があふれる。
と、目の前がぱっと明るくなる。
「すっぺぇぇぇぇぇ!!!」
「あははは!! 騙されましたね。これすっごく酸っぱいんです。ジャムにしたらおいしいんですけどね」
そういって、ユキネも一つ食べて目を思いっきり瞑り酸っぱさを楽しんでいる。
何とも楽しそうだが、その笑顔がどうしても好きになれない。
なぜだろうか。
俺は何か声をかけようとして頭をぐるぐると回転させていると、奇妙な匂いが鼻を突いた。
ユキネの耳もぴくぴくと動く。
「何かいますね」
「獣の匂いだな……」
鼻が利くようになってから、風向きにも気が利くようになっていた。
相手は風上にいて、俺達の気配を感じてはいない様だ。
ゆっくりとその匂いの下へ行くとそこにいたのはイノシシであった。
餌でもあさっているのか、地面に鼻を突っ込んでフゴフゴとしている。
俺の知っている生物がいたことに何やら安堵していると、ユキネがすっくと立ちあがった。
いつの間にか構えた弓をそのイノシシに向けるとふうっと息を吐く。
凛としたその横顔。
ピンと空気が張り詰める。
イノシシはその空気の変化に顔を上げた。
その瞬間、矢が射られる。
着矢まで一瞬。
眉間に矢が突き立つ。
おぉ、と俺が感嘆の域を漏らしたが、ユキネの顔は険しいままだ。
視線を戻して驚いた。
イノシシは、何事もないかのように――いや、ぶち切れてこちらをにらみつけている。
「しくじりました」
ユキネは、矢を再度つがえる。
が、イノシシはそれよりも早くこちらの方へ走り出した。
ひるんだのかユキネは、矢を取り落とす。
警告の声と同時に俺の身体は動き出す。
ユキネを抱きかかえ横っ飛びに避ける。
その横を猪が突っこんできて猛り進む。
俺はそれの脚に糸を絡めると、力を入れて引っ張った。
イノシシは、ギュイと奇妙な鳴き声を上げた後でやっとおとなしくなった。
恐ろしい生命力で最後のあがきをしたが、やっと死んだようである。
そこで、ユキネが胸の中でもがいていることに気が付く。
俺は慌てて解放した。
「あ、ありがとうございました。イノシシはしぶとくて危険だって言われてたんですけど……」
「いや、別に。怪我がなくてよかったよ」
「なんか、私助けられてばっかりですね」
あはは、とまたユキネはその奇妙な笑顔を浮かべた。
眉がいびつなのだ。口の端がいびつなのだ。頬がいびつなのだ。
その美しい目に浮かぶ色がいびつなのだ。
そのいびつな何もかもが嫌だった。
そしてその理由が分かった。無理して笑っているのだ。
他のエルフの子たちにあった肉体的な疲労感が、ユキネから感じられなかったのは年長だったからではない。
精神的な疲労がピークに達しているのだ。
何かに追われて、こんな恐ろしい世界にほっぽり出されたのだ。
何かにすがるのではなく、何かを守ることで意識をとどめてきたのだろう。
あれ?
そこまで思考している俺はなんだ?
全く同じじゃあないか。
いきなり召喚されて、不要だからと放り出された。
俺は運がいいのか悪いのか変な素質があったらしいが、彼女たちはこれからどうするのだろうか。
その疑問はえらく空々しかった。もう、心では覚悟を決めていた。
その覚悟を拒否されないだろうか、そんな不安が俺の口を、舌を、いや、喉を締め付けていた。
「あの、えっと、ユキネさん」
俺は、からっからに乾いた舌を引っぺがし、唇をなめる。
一つ咳をして喉をかっ広げる。
「はい?」
「お、おおおお俺と一緒に暮らしませんか」
「え?」
「あれです、ほら、便利じゃないですか。一緒に狩りに行けば安全だし、俺もご飯作ってもらった方が助かるし。それに、えっと」
俺の要領を得ない説明にユキネが首をかしげる。
「説明しずらいんですけど、俺は今日この世界に来たんです。わけわかんないことに巻き込まれて意味が分からないうちにここにいるんです。あの、俺と一緒にいてくれませんか?」
俺はユキネの目を見た。
「えっと、あの、その……あの子たちを一緒に、守らせてください」
言葉にできてよかった。拒否されたらその時だろ。
恥ずかしいことを言った気がするが、意外と冷静なのはぶちあがった精神力のせいだろうか。
俺の言葉にユキネは困ったように笑った。
「誰もいなくなりました。誰も助けてくれません。誰も……誰も……」
ユキネの言葉が途切れ途切れになる。
目にはたくさんの涙が溜まっている。
その突然の光景に俺はパニックになる。
あれぇぇぇぇぇ? ナミダ! ナミダナンデ!
「私は、私は一人で! みんなを!!」
溜まっていた涙は一筋流れたかと思うと、次から次へと溢れ出した。
きっと、今までずっとため込んできた心のタガが外れたのだろう。
俺はそんなユキネを抱きしめていた。
それで、涙が止まるなんて思ってないし、何か考えた結果の行動ではなかった。
「手伝います。俺も手伝いますから――いきましょう」
いきましょう。
行きましょう? 生きましょう? 自分で言っておいてどっちかわからなか
った。
やっとこさ、ユキネの涙が止まったのはだいぶ日が傾いてからであった。
「私ずっと一人でやれると思ってたんですけど……」
そういって、ユキネは恥ずかしそうに笑う。
それは初めて見る心が洗われるような素敵な笑顔だった。
「これ、どうやって持っていきましょうか。二人でも大きいですよね」
山の掟とかいうので、山の神とイノシシに感謝を捧げるとユキネは考え始めた。
正直俺一人で持っていくことはできそうだが、少しだけいやらしい気持ちがしたので、闇箱を出現させる。
「これに入れていきましょう」
そういって、イノシシを飲み込ませる。
と、ユキネが目を丸くして驚いた。
「ななな、なんですか? それ!!」
「え? なんか闇箱とかいうスキルですけど……」
「闇箱!?」
「あれ? 俺なんか変なことしてます?」
「いえ、そんなスキル聞いたことないですよ。そういえば、さっきの糸も?」
「はい……」
ユキネは不思議なものを見たと驚いたようだが、すぐに気を取り直した。
「マキトさんすごいんですね。どっちも聞いたことないですよ!」
「すごいんですか?」
「きっと山の神に愛されてるんですよ!!」
初手でその山の樹を殴り飛ばしてるから、憎まれこそすれ愛されてはない気がする。
が、それは黙っておこうと思う。
帰宅するまでに、もう一匹くらいイノシシが出てくれないかと思ったが、残念ながらそんなにうまくいかなかった。
帰りつくと、心配した子供たちが俺達を見てみんな泣き始めてしまった。
慰めるのが大変だったが、でかいイノシシを見たとたんに舌なめずりを始めている。
俺が解体スキルとゴブリンのナイフ――手入れされていないのか、切れ味がひどいもの――で切り分けるころには、揚々と火の準備をしていた。
子供というのは現金なものである。