24:お気に入り
商国内にある騎士団の兵舎らしき建物内でいろいろと状況を聞かれていると、後ろから声がかけられた。
「おや、マキトじゃないですか。よくよく縁がありますね」
振り返るとローランドがあの笑みを浮かべて立っていた。
「ふ、副団長!! お知合いですか?」
「知り合いっていうか、お気に入りだよ」
「お気に……え!?」
「何やっかいなこと言ってやがるんですか」
ローランドは、くすくすと笑う。
「ハッピーが全滅してた。だとか、子供がやった。とか言ってたんで、何言ってんのかと思ったけど、君だったのか。やっと納得がいった」
ローランドは手だけで合図をすると、俺の話を聞いていた騎士が立ち上がり席を外す。
「それにお気に入りってのは嘘じゃないですよ」
ローランドのウインクに俺の背中から肛門にかけて悪寒が走った。
「いや、気持ち悪いんですけど」
「そっちの意味じゃなくてですね。騎士になる気はありませんか?」
「騎士?」
「そう、騎士に」
めんどくさそうだ。
話の転換を図る。
「そういえば、さっき副団長とか言われてましたけど。ガザンは?」
「あれとは別。うちは鉄狼騎士団です」
どんだけあるんだよ。
俺が疑問を口に出そうとしたとき、突然扉が開く。
そして、額に大量の汗を浮かべて一人の騎士が飛び込んできた。
「ローランド様!! 至急、団長の下へ!! 緊急事態です!!」
「緊急ねぇ。マキト、この続きは…… いや、せっかくですので、一緒に来てください」
「いやだ。俺はユキネのところに戻る」
「ユキネさんはうちで保護してますから、ちょうどいいでしょう?」
ローランドが意地悪い笑顔を浮かべる。
と、直後に入ってきた騎士が俺の顔を見てひぃっと小さくうめいた。
「冗談ですよ、冗談。もしいやならそのまま帰ってもらっていいですから」
◆◆◆
俺が通されたのは商国の中央部に建てられた巨大な建造物だった。
くぐった門には巨大な人魚の像が彫られており、また建物内は真っ白な壁でできていて、床には真っ赤な毛長のじゅうたんが敷き詰められている。
そしていたる所に細工の細かい彫刻やツボが飾られていた。
控え目に見てもお城です。ありがとうございました。
「さ、つきましたよ」
微妙な緊張感と共にその豪華な扉が開く。
中には、この国の重鎮なのだろうか。
威圧感だけでサン辺りなら卒倒してしまいそうな面構えの男たちがそろっていた。
「遅かったな、ローランド。その子供は?」
髭をたくわえ、髪を後ろになでつけた男が俺を見て片眉を大きく上げる。
身体はそれほど大きくないが、かなりの威厳を持っていた。
ステータスも相応に高い。
「この方は鉄狼騎士団の団長のレヴァイン様です」
なるほど、確かにその胸には狼らしい図が描かれた紋章がつけられている。
「団長、この子供は迫っていたハーピーの群れを1人で退治した少年です。状況的にも本当でしょう。名を――」
「その男の名前はマキト。このエルフの飼い犬だ」
扉が開き現れたのはガザンであった。
そして、その傍らにはユキネがいる。
おびえた様子はないが、眉にしわを寄せてこちらを見ていた。
「おっと、睨むな。連れてきたのはこの子の願いだ。俺としてはこんなむさくるしいところを見られるのは国の恥だと思ってるよ」
そういってガザンはくっくっく、と笑った。
確かに、とローランドも笑ってはいるが、その他の重鎮たちは眉根にしわを寄せている。
「俺はユキネさんを迎えに来ただけだ。帰らせてもらう」
「まぁ、そういうな。こっちの話を聞いてからでも遅くないと思うぜ」
「話?」
と、その部屋の奥にあった一層豪華な扉が開いた。
現れたのは1人の女性であった。
年齢は20歳くらいであろうか。
淡い青のドレスをみにまとっている。
幾分きつい印象を与える鋭い目つきだが、しかしそこそがその女性の魅力をさらに引き立てていた。
俺とユキネがそれに見とれていると、周囲の男たちがザっと音を立て同時に最敬礼をする。
「あの方が商国の女王。ユフィン・クルーム・レイグラード女王陛下です」
敬礼を崩さないまま、ローランドが小さくつぶやく。
俺は、敬礼の作法などわからないのでとりあえず、頭を下げた。
ユキネも同じようにぺこりと頭を下げる。
「面を上げよ。商国の一大事と聞いている」
はっ、と全員がそろって頭を上げた。
まさか女王様まで出てくるとはたまげたなぁ。
と、いかにも文官チックな男が一歩前に出た。
恐らくは参謀か何かなのだろう。
「現状はユフィン女王陛下がおっしゃられたとおりで――」
と、ユフィンがその男の言葉を遮った。
「前置きは良い。手短に話せ」
「は。では単刀直入に。斥候を走らせましたところ商国北部200キロメートルに魔物の一団を発見いたしました。そして、進路は南。つまり、このままいけば直撃します。そして、その数は100を超えるものと見られます」
そういって、俺たちの方を見た。
「この者たちは先ほど現れたハーピーの一団を殲滅した者たちです。恐らくそのハーピー共は魔物の一団から先行したものと考えております」
この国に長居することは危険である。
俺はそう判断した。
俺はユキネを見る。
そこまで3歩で到達できるはずだ。
そして、ガザンの腕を振りほどいて――
「この国から出たいならきちんと出してあげます。ただ、2人はこの話を聞いた方がいい」
俺の考えを読んだのかローランドはそうつぶやいた。
ガザンもまたユキネに何か話しかけている。
「魔物が軍をまとめて攻めてきたとでも」
男の言葉に1人の武官が口をはさむ。
胸に描かれた図はキツネの様だ。
「いえ、魔物たちにその頭はないでしょう。あれば、彼と全滅するまで戦闘する意味がありませんから」
「ならば、なぜ?」
「理由など良い。この国に向かってきていることが問題なのだ。打開しろ。鉄蛇ゲイル」
騎士団の1人であろう男が、一歩前へ進み出た。
その胸には蛇が描かれている。
鉄蛇騎士団の団長様のようだ。
「5つの騎士団すべてを北部に集結させましょう。全騎士団を持って押し返します」
「街内が手薄になる。鉄狼レヴァイン、打開せよ」
「鉄狐が城の警備、鉄蛇が街の警邏、上空の備えに鉄亀と鉄鷲を残し、鉄狼が斜陣にて受けて国への直撃を避けます」
ユフィンは思案するように視線をめぐらせる。
迎え撃つのではなく受け流す、それならば少数でもできると考えているのだろう。
「鉄鷲グリム、何かあるか?」
鉄鷲と言われた男は、ガザンに負けず劣らずの巨漢であった。
そのユキネのウエストほどもある首をゴキリと鳴らすとガザンに視線を送る。
その首には深い傷が入っている。
「僭越ながら副団長ガザンより進言いたします。鉄狼騎士団長の作戦で問題ないかと。しかし、一手加えるのも興かと」
「グリム団長はかつて喉に大傷を負ってしゃべられないのだ」
ローランドが、ガザンが話し始めた理由を説明してくれた。
「興?」
「はい。鉄鷲の精鋭を斜陣の終端に加えて伸びきった魔物の軍団を押しつぶします」
そういって、ガザンは右手拳を左手の手のひらに叩き付ける。
グリムはニカッと笑った。
「殲滅する意味などないと思うが」
亀を胸に付けた男が、その切れ長の目でギラリとガザンをにらんだ。
「この国には恩義があります。この2人はエルフの村からやってきました。受け流した場合、その村へ流れ込む可能性があります」
バカな、俺たちは村から来たことも、村の場所も知らせていない。
ドワーフの工房の面々にすらそれとなくしか伝えていないのだ。
しかし、ガザンはその情報を確実につかんでいる風である。
いや、それだけではなく、傍らのローランドも掴んでいるのだ。
だからこそ、ここにいろといったのだろう。
「で、勝算は?」
「この男がいればぐんと上がりますよ」
ローランドは俺の背中を押した。
逃げ場なし、やるしかない状況であった。
「それにそれだけの魔物を狩れば、我が国も素材で大儲けできます」
「反論はあるか?」
女王ユフィンは一同をぐるりと見渡し、反論がないことを確認すると立ち上がった。
「ならば、指揮は鉄狼に任せる。始めろ!」
ユフィンは右手を掲げて号令をかけると、その場を後にする。
その間、その場の者たち――俺とユキネ以外――は頭を下げ、ピクリとも動くことはなかった。




