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23:あの鳥……食べられる?

 村へ帰ろうと街のはずれに俺たちはいた。

 見送りに来てくれたオレーシャ達に、ユキネとサンが礼を言っている。


「稼ぎは十分かしら?」


 オレーシャの質問にサンはにんまりと笑う。


「本当にありがとうございました。このお礼はいつか必ずさせていただきます」


「何言ってるのよ。これ以上払ってさらに私達を働かせるつもりかしら?」


 オレーシャがあらあらと口を覆いユキネはにこりと笑った。


「あなたも、気を付けてね。ローニのこともよろしくお願いね」


「いえいえ、ローニさんにはこっちがお世話になってますから。お礼も買い込んだし」


 俺は後ろの荷物を指さした。

 その言葉にエゴールは不思議そうに首をかしげる。


「それだけの荷物、本当に1人で大丈夫か? 村長マキト」


 闇箱のことは説明するのが厄介なので黙っている。

 俺はあいまいに返事をすると、その大量の荷物を包んだ風呂敷を担いだ。

 と、風向きが変わる。

 俺の鼻がその場にふさわしくない匂いをかぎ取っていた。


「待てよ、このまま帰れると思ってるのか?」


 ガザンと飲んだ時に一悶着あった男だった。


「ガキ、このまま帰れると思うなよ」


「おいおい、ヒトの分際でまだやる気か?」


 エゴールは両手をバキバキと鳴らしながら俺たちの前に立った。

 が、その顔はすぐに曇る。

 数にして、40、いや、50人はいるようだ。


「なんだ? この人数相手にやろうってのか?」


 エゴールの顔色がわずかに曇る。

 しかし、それをできるだけ表情に出さないように視線だけをこちらに向けた。


「村長マキト……2人を連れて街に戻れ。同士オレーシャもだ」


 オレーシャがそばにいたサンをかばうように動く。

 ユキネが弓を片手に持っている。


「マキトさん……」


 ユキネの耳がぴくぴくと動いている。

 しかし、それはヒトの音を探っているのではない。

 空を確認するように首を動かした。

 俺もまた、空の先を確認する。


「おい、お前ら何を見てんだよ! 逃げ…… なんだありゃ……」


 俺たちが見上げていた空の方が雲でもかかったかのように黒くなっていく。

 ヒト達もやっとこさそれに気が付いたらしい。

 振り返り、それを確認した。


「あれは……ハーピー!! 群れだ!!」


 その飛行速度はすさまじく逃げる暇などなかった。

 現れたのは10体程度の人面鳥。

 上空をくるくると回っているせいで、正確なサイズはわからないが人サイズはありそうである。


 そして、滞空中に俺達を見つけたのか狂ったように叫びながら急降下をしてきた。

 逃げ惑う男たちであったが、鳥部分についている鋭いかぎ爪から逃れられない。

 捕まったものは引き裂かれ、ちぎられる。

 叫び声を尾のように引きながら急上昇させられたまま、地面へ落された者もいた。


「やめなさい! 村長ユキネ! 弓で届く距離じゃないわ!!」


 ユキネは機械式弓、ヴィスナーを上空に構えていた。

 そして、最も空高く飛んでいる一匹に狙いを定める。

 シュッと風切り音。

 上空の風の煽りを受けるが、その矢じりを見事に頭蓋の内部に叩き込んだ。

 頭がザクロのようにはじけ飛んだハーピーが地面に叩き付けられる。


「ローニ製の弓ですから」


 ユキネはオレーシャにウインクを一つする。

 鳥たちはヒト達よりも、弓を持ったエルフの方が危険だと気が付いたらしい。

 ユキネの首を向け再度滞空を始めた。


「あの鳥……食べられる?」


「う~ん、骨が多そうね。処理が大変そう」


 俺はその会話に恐怖を覚えながら手近にあった人の頭くらいある石に糸を巻き付ける。

 そして、砲丸投げの要領でぶん投げた。

 砲弾かくや、空気抵抗などものともせずに直進するが、その直撃がわずかに身体の中心から逸れる。

 しかし、それで充分であった。

 当たった翼の付け根を中心に身体の半分以上の肉をそぎ取った。


 空中でハーピーたちは慌てふためく。

 おそらく空の上にいて負けることなどなかったのだろう。

 そして、その自信が動揺を収める。

 俺とユキネに目標を絞ったようだ。

 2人に対して殺気が降り注ぐ。


「エゴールさん! サンとユキネをお願いします!!」


 返事など聞かない。

 こいつらはユキネに対して殺気を向けたのである。

 生かす段などとうに過ぎ去った。


 俺は息を大きく吸い込み肺をぱんぱんに膨らませる。

 そして、吐き出すのと同時にスキルを発動した。


【咆哮】敵の注意を引き付ける。

【威圧】殺意を叩き付け、恐怖状態もしくは怒り状態にする。


 ハーピーの視線が一斉に俺へと注がれる。

 そこに含まれる怒りを浴びてなぜか口角が上がった。


「マキトさん!!」

「お兄ちゃん!!」


 背後から2人の声が聞こえたが、それをエゴールが遮った。


「村長マキト! 騎士を呼んでくる! それまでこらえろ!!」


 エゴールの走る音が遠ざかる。

 恐らく2人を担いでいるのだが、その足音は軽やかなのはさすがドワーフ(筋肉達磨)といったところか。

 と、それに合わせるかのようにハーピーが地面近くまで下りてきた。

 距離を取るよりも全員でまとめてかかったほうが良いと考えたのだろうか、それとも怒りでまっとうな判断が付かないのか。

 違うな。


「わざわざ近づいてくれてありがとう。鳥頭(バカめが)


 突っ込んできたハーピーに俺はあえて突っ込む。

 激突、それを恐れたハーピーが急停止した。

 俺は、そのハーピーの背中を踏み砕きさらに跳躍。

 右腕を伸ばして飛んでいるハーピーの足を掴むと、地面に叩き付けるように引きずり下ろす。

 その威力でさらに上空へ。


「ぎぇぇぇぇぇぇぇえええ!!」


 咆哮するハーピーの首元に糸を巻き付けた。

 ぐるぐると空を旋回しながら、身体をひねり俺を振り落とそうとする。

 しかし、そうすればそうするほどに糸はきつく食い込み強く食らいつく。


「死ね」


 俺は糸を引き絞る。

 と、音もなく胴と首が離れた。

 あとで、その付け根の部分がどうなってるのかを確認してやろう、という意味のないアカデミックな欲求と共に俺は地面に落下した。


◆◆◆


 鑑定によるとハーピーの羽根には浄化の作用があるらしい。

 子供たちの布団に詰めてやろうと、ムシリムシリしていると、騎士団の先遣隊らしい馬に乗った男達がやってきた。


「少年! 大丈夫……か?」


 男たちは地面に落下し潰れ柿みたいになったハーピーの死骸を見て顔をしかめた。


「これはやばいな……」


「やばい?」


 俺は首をかしげる。


「ハーピーは体内に毒素をため込むんだ。君は早く逃げた方がいい。魔術師にこの一帯を焼かせる」


「いや、毒くらいなら何の問題もないんで」


 深呼吸をする俺を見て騎士たちは顔をしかめる。

 にしても、身体は毒の塊で、その羽根は浄化の作用を持ってるのか。

 変な生物だ。


「ところで、他のハーピーを見なかったか?」


「他の?」


 俺は首をかしげる。


「あぁ、情報だと大量にここにハーピーが現れたらしいんだ」


「これで全部ですけど」


「全部?」


「はい、全部俺が落としました」


「なんだと? 嘘を吐くな!! Bランクの冒険者でも手を焼くんだぞ」


 そんなこと言われてもなぁ。

 俺は頭の後ろをかいた。

 その動作に、嘘がないと信じてくれたのだろうか。

 騎士の男たちは、驚愕した表情を浮かべた。


「ホント……なのか?」


「なんか俺、やっちまいましたか?」

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