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22:初めての二人きり

 ガザンから大剣の代金を受け取るべく、俺たちは”赤い岩亭”という飲食店にいた。

 ガザンがトイレに行くと席を外したところで、突如声がかけられる。


「おい、お前達あのドワーフ達の連れだよな!!」


 なんだ?

 4人の男たちがいた。

 全員が一目見てぶん殴られたのだとわかる青タンが身体のどこかについている。


「間違いねぇ。今日オレーシャの所で売ってたエルフと男だ。ガキはいねぇみたいだが。まぁ、ちょうどいいじゃねぇか」


「えっとどちら様で?」


「あん? 今日てめぇんところの筋肉ダルマに因縁つけられたんだよ!」


 筋肉ダルマ……

 ドワーフの男は全員が筋肉ダルマなのだが、恐らく贋物(にせもの)を売っていてエゴールに”話をつけられた”ヒト達だろう。


「場所を借りはしましたが、俺たちはドワーフとは無関係なのです……」


 全原因をドワーフたちに押し付ける。

 ここでケンカをしたところで負けることはないだろう。

 しかし、卑怯と言われようと、ユキネに何かある可能性は少しでも排除するのだ。

 俺のプライドなんかとうの昔にハチとポチに食わせている。


「うるせぇ! そうだな、このエルフとその金置いていけ。そしたらお前だけは無関係で済ませてやるよ」


 男の一人が下卑た表情を浮かべる。


「こいつは上玉だぜ。いくらでも買い手がつく」


 俺がほぼ反射で腰を浮かせた瞬間ユキネが珍しく低い声を出した。


「邪魔です」


「あん?」


「こっちはマキトさんと楽しくご飯食べてるん()すよ。いっつも子供たちいるけ()、今日のたった今、初めて二人っきりでご飯食べ()るん()す!」


 ユキネが涙を浮かべて叫んだ。

 ユキネさん、完全に酔ってる?


「黙ってろよ、糞エルフが」


 ユキネを(はた)こうと右手が振り上げられ、男の怒気が膨らむ。

 そして、それが弾けるよりも早く俺は動き出した。

 手始めにすぐ横にいた男をひっつかむと座った体勢のまま、ユキネを叩こうとしていた男に向かってぶん投げる。

 ギェだとかグァだとか怪鳥のような悲鳴を上げる男を尻目に、俺は即座に椅子から立ち上がり辺りを確認した。

 慌てふためく店員が3人と、何事かと厨房から飛び出てきたコックが1人。

 そして、自分が持っていたコップだけはひっしと握って腰を浮かせた酒飲みが4人と、俺たちのことなど気にしていない酒飲みの鏡が1人。

 これらは問題ない。


 視線をめぐらせると、今投げた男の仲間が2人だが、1人はもみくちゃになった2人を、もう1人は俺を口を開けてみていた。


「マキトさん、やっちゃえ!」


 ユキネが楽しそうに叫んだ。

 それに応じるように、俺を見ていた男が長剣を引き抜き、もう1人はナイフを構える。


「てめぇ、やりやがったな!!」


「先にやったのはそっちだ!!」


 俺はそばの皿をひっつかむとぶん投げた。

 乗っていた野菜や肉が汁の尾を引きながら飛んでいく。


「ちっ」


 男が剣でそれを叩き落としたが、その隙に俺はもう1人に飛びかかった。

 突き出されるナイフの切っ先を寸でで躱すと、喉をつかむように手のひらを叩き付ける。

 ガホッと男が唾液を飛ばしながらたたらを踏んだところに今度は靴裏をその腹に叩き込んだ。

 吹き飛んだ先は、こちらの喧騒など気にしていなかった酒飲みのテーブルである。


「てめぇ! 俺の酒が!!」


 酒飲みは口汚くののしると、ナイフ持ちの男の頭に酒瓶を叩き付けた。

 と、剣の男が俺に飛びかかってくる。

 袈裟斬りの軌道を半身で避けながら、ステータスを確認。

 剣士の様だが、ステータスは高くない。

 伸びきった腕をからめとると、そのまま壁に投げつけた。

 が、男はぎりぎり受け身を取ると剣をこちらに向かって投げつけてくる。

 その進行先はのんきにサラダを頬張るユキネだ。

 と、空中でその剣が停止した。


「剣が……浮いてる……」

「……魔法?」


 店員がつぶやいたが、残念。ただの糸です。

 俺がギリギリまで細くした糸で受け止めたのだ。

 剣は空中でくるりと回りその切っ先を男に向けた。


「ひぃ! 待ってく――」


 男の言葉など待たない。

 剣を射出した。

 と目の端から何がすばやく動いた。

 そして、男に刺さる直前に、それが剣を叩き落とす。


「おいおい、ヤるなら俺の前でヤれっていっただろ」


 それはガザンだった。


「ったく、飲み屋のケンカなんざどうでもいいが、剣を抜くのはやりすぎだな」


 ガザンはたしなめるように俺を見たので、俺は肩をすくめる。

 こっちは一切、武器を抜いてはいない。

 というか、持ってないし。


「そりゃそうか。店主、悪かったな。今回の分は俺が持つから穏便に済ませてもらえないか。あと、その辺の騎士団に声かけてきてくれ」


 ガザンはてきぱきと指示を出す。

 こう見ていると副団長というのは嘘ではないようだ。

 と、ガザンがこちらを見た。


「ここの分は約束通り俺が払っとくから、今日は金持って帰っとけ。すまんかったな。また飲もうぜ」


 そういうと、外へと出て行ってしまった。

 俺はあたりを見て、その惨状に少しだけ驚いた。

 ここまでやるつもりはなかったんだけどなぁ。

 まぁ、騎士団の副団長がケツを持ってくれると言ってくれているのだからきっと大丈夫だろう。

 その惨状にそぐわない、椅子に腰をゆったりと賭けたユキネに目を向ける。


「ユキネ、行こう」


「はい、マキトさん!」


 ユキネは惨状など気にした様子もなくほわほわと立ち上がると、ふわふわと歩き出した。


◇◇◇


 赤い岩亭を見渡せる位置に2つの影があった。

 2人とも、辺りに溶け込んではいるが、先ほどの争いをずっと観察していたのである。

 1人は赤いベストの男で、以前マキトの店に客としてきたレットであった。

 レットは、となりにいるとんがり帽子をかぶった背の低い女に話しかける。


「さっき剣を止めたのは魔法か?」


「違いますわ。魔力の流れはありませんでしたから。何らかのスキルかと。あなたの目(鑑定スキル)にはどう映ってますの?」


――――

マキト アイクラ

ジョブ:剣士(ソードマン)

筋力   E

魔力   G

耐久力  E

精神力  F

持久力  D

反応速度 D

――――


「スキルなんて持ってないんだよ。ステータスなんか凡の凡だ」


「あれほど暴れられるのに凡ステ? 相手が糞ザコですの?」


「いや、平均でE。冒険者なら並み以上だ。でもな――」


 レットは眉根を寄せる。


「そっちも問題だが、もっとデカい問題がある。俺が前見た時とジョブが変わってる」


「転職でもしたのではないの? もしくはあなたの目が腐ってるんじゃなくて?」


「うるせぇ。旦那はどう思います?」


 いつの間にか背後に、ガザンが立っていた。


「さぁな。小さき魔人(リトルメア)の魔導士様がわからないのに俺がわかるわけねぇだろ。しかし――」


 そう言ってから、ガザンは口の端を歪ませる。


「面白くはある。やっぱりし合てぇなぁ。マキトと」


「へぇへぇ」


「にしても、レット。あいつらをどうやってけしかけた?」


「人間命が一番大事なんですがね。世の中には、それと小銭を天秤にかけた時に小銭に重りをのせちまうバカがいるんですよ」


「嘘ですわ。レットはこんな時に一銭も使うはずないですもの。そうやってガザン様から経費とか言って巻き上げるつもりですわよ。お気をつけ遊ばせ」


 そういって、ホホホと笑う。


「ちっ、合法ロリ(ばばあ)め」


「聞こえてますわよ」


「失礼、大魔術師カーラ様」


 レットは、恭しくお辞儀をすると、カーラは満足そうにうなずいた。


「ちょうど昼頃にあの男たちは、ドワーフ族の男と遣り合ってましてね。そのうっぷん晴らしと金銭的報酬が得られるちょうどいい仕事があるよ、と教えてあげただけです」


「で、ガザン様のお眼鏡には適いましたの? 騎士団にあの手のが入るのは大変だと思いますけど」


「あれは剣士(求道者)でも騎士(忠の者)でもない。扱うのは容易じゃないだろうな」


「というと?」


「まだ気が付いちゃいないみたいだがあれは……いや、まぁいいか。そうならないのが一番だしな」


「出た出た、旦那の勿体ぶり癖」


「こういう時のガザン様は、そういってごまかしてる場合もありますからね。気にしないのが吉ですわ」


「お前ら……もういい、とりあえず戻るぞ。ローランドには黙って……」


「やぁ、ガザン。僕に黙ってろって何を?」


「どっちだ……」


 ガザンが振り向くと、2人は同時に視線を泳がせて口笛を吹き始めた。


「まぁまぁ。私が偶然いた理由なんてどうでもいいじゃないか。それより何があったのか聞かせてくれよ」

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