19:俺たちと入ろうぜ
「すいませんでした……お借りした屋台を汚してしまって……」
俺とユキネはそういって頭を下げた。
そして、俺たちの汚れっぷりを見て驚いていたオレーシャに、今日あったことを伝える。
「屋台は使ってるわけじゃないから、気にしないで。それより、お風呂入ってきなさい」
オレーシャは優しく微笑んだ。
右手には、アルコール臭がする液体がなみなみと注がれたコップを持っているが、心からそう思ってくれているようだ。
風呂か、そういえば久しぶりに入るなぁ。
などと思っていると、ユキネが大量の”?”を浮かべながら俺を見た。
「オフロって?」
そうだ、エルフは水浴びしかしていなかった。
つか、冬どうしてたんだろう……
「あったかいお湯で水浴びをするのよ。ちょっと待ってて。そろそろ工房も締めるから、みんなで入ろうか」
「みんなで? 楽しみですね!!」
ユキネはそういって俺の手を握った。
「俺は……俺は入れません……」
「族長ユキネ、男と女は別にお風呂に入るのよ」
もし可能であれば、血涙が出ていただろう。
「おう、村長マキト、お前は俺たちと入ろうぜ」
エゴールがサムズアップを決め、満面の笑みを浮かべる。
キランと白い歯がまぶしい。
◆◆◆
「マキトさん! 私、みんなをお風呂に入れてあげたいです!!」
風呂から上がって髪の毛をふいていた俺の所へユキネがすっ飛んできた。
よっぽど風呂が気に入ったのだろう。
「俺もそう思っていました」
平たい顔族なめるな、異世界人。
最高の風呂作っちゃるけんね。
「あ、そうだ。マキトさん、そろそろ」
「そうですね」
俺は、今回の預かっていた売上金の入った袋を取り出した。
そして、半分を数えて差し出した。
「えっと、詫び料込みで……」
残りのうち3割はローニに渡す予定だ。
そして、1割はローニへのお礼に酒を買い込んでいくつもりである。
俺たちの村には1割でも十分だろう。
そう思った計算であった。
「いらないって言ってもその顔じゃ納得しなさそうね」
オレーシャは苦笑した。
「わかった。これはいただくわ」
そしてその受け取った金を、風呂上がりでほわほわとしているサンに突き出した。
「私たちもピザを食べてみたいの。これ、料理代よ。小麦粉については安心して、きちんと買ったやつがあるから」
オレーシャの提案。
サンが目を丸くした。
「ちょ、ちょっと待ってください。受け取れません。それくらいなら……」
ユキネがサンの前に立った。
「ダメよ、族長ユキネ。私達は、あなた達が思っている以上に”報酬”というものを大事にしているわ。なぜなら、これこそが私たちの生きる”糧”であり生きる”意味”だから。これは、”正当な報酬”よ。受け取れない、というのは私達ドワーフの思想をバカにしてるのと一緒なの」
そういってオレーシャは笑っている。
しかし、その奇妙な迫力にユキネは思わずたじろいだ。
オレーシャは優しくユキネを押しどけると、サンの前に立つ。
「ピザを作ってくれる?」
サンは一度だけ俺のほうをちらりと確認したが、その目には喜びが浮かんでいる。
「ちょっと待ってて。私がんばって作るから」
サンは、そういうとキッチンのほうに走っていった。
◆◆◆
サンが作ったピザはあっという間に消え失せた。
それを見ていたサンはとてもうれしそうだ。
さらに、ドワーフからいくつかレシピを聞いたようで、それを書いたメモは後生大事に抱きしめている。
「村長マキトも族長ユキネも本当に飲まないのか?」
「あ~んじゃ、一口くらいなら……」
ユキネと俺のテーブルに瓶を持ったオレーシャがやってきた。
何人かが同じことを言っては、断っていたのだがこれ以上断ると、勝手にユキネのコップになみなみと注がれそうだ。
人身御供になるなら俺だろうと諦めてコップを差し出すと、すぐさまワインのような赤々とした酒が注がれた。
ドワーフはどうやら異常に口がでかいらしい。
俺は、それをわずかに口に含む。
芳醇な果物の香りが鼻腔をくすぐった。
そして、キリッとした舌触りの中に爽やか甘みがあってとても飲みやすい。
飲み込むと喉がカッとひり付いたが、そこに嫌な感じはない。
さらに、どうやらアルコールにも「解毒」のスキルが効いているようで、酔ったという感じもしない。
俺はもう一口飲む。
「今日は本当にごめんなさい」
わずかにできたコップの隙間にまた酒を注ぎながらオレーシャは申し訳なさそうに謝った。
「何がですか?」
「粉挽権のことよ」
粉挽権とは、特別税を納める代わりに、水車や風車などを使用し、文字通り、粉を挽いてよい、という権利のことだ。
例え、特別税を納めたとしても、食わなければならない『主食を作る』ことができる、ということはかなりのアドバンテージとなる。
そして、この街の『主食』はべらぼうに高いらしい。
それだけの守銭奴だ。
だから、俺たちが作った自身の管轄外の粉で作られたピザが気に食わなかったのだろう。
「知らなかったとはいえ、あの子にいやな思いさせちゃったわ」
目線の先にはサンがいる。
ドワーフ達に餌付けをされすぎて、先ほどから目がうつろだ。
可愛がられているようなので、もう少し見ておこう。
「ドワーフの皆さんが知らなくても仕方ないことですよ。むしろ、そんなことも知らない私達を助けてもらって、本当に感謝しています」
ユキネは、立ち上がると頭を下げる。
「ローニのいってた通りに、いい子ね」
だろ?
俺の心の声が聞こえたのか、ドワーフの面々も神妙な顔をして頷いている。