15:私が守ってあげます
――商国レイグラード
「お前ら、聞いたか? あのエルフ狩りの奴らの話」
「エルフ狩り? ログロの所の奴隷狩りか?」
「最近見ねえだろ? なんかエルフ狩りに行くって行ったまんま消えちまったらしい」
「罰が当たったんだな。あいつら、同胞も亜人も関係ねぇ糞野郎だからな」
「まったく。例えエルフであっても非人のように扱うのは頂けん。あれは奴隷商の皮を被った山賊よ」
「まあ、あいつらは金になるならヒトだって同じ扱いだけどな」
「でもよ、ログロっつったら大所帯だぜ? 全員見ないって……あそこ50人はいたのに全滅? 妙だな。天下の騎士様でさえ手を焼いてんのに?」
「そこだよ。どうやら、とんでもないものに出会っちまったらしい」
「とんでもないもの? まさかハイレアリティのキマイラアント?」
「もしくは、ミルメコレオか? マンティコアか?」
「違うよ。ドラゴンにあっちまったらしいんだよ」
「……」
「……」
「……」
「ぶひゃひゃひゃ、ドラゴン! 言うに事を欠いてドラゴンかよ!!」
「冗談にしてももうちっと気の利いたの言えよ」
「きっひっひ、ありゃ老人たちの夢物語だ」
「いや、俺が言ってるわけじゃねぇからな。ただ、伝説のドラゴンがいたっておかしくねぇだろ?」
「はぁ、伝説大好き陰謀説大好物のお前の話をまともに聞いた俺達がバカだったぜ」
「おい、まてよ。ったく、んじゃ、誰がそんなことできるってんだよ……」
◆◆◆
「くしゅん!!」
「兄ちゃん見つけた!! 射てぇぇぇ!!」
フウの言葉に一斉にクロスボウの矢が射かけられる。
練習用に作られた雑多な矢であるため命中精度は低い。
精度は低い、が、下手な鉄砲数撃ちゃ当たる。
俺は隠れていた茂みから横っ飛びに飛び出すと、木の陰に走り込んだ。
「残念! そこには伏兵がいまぁす!!」
子供たちが俺に飛びついてくる。
しかし、俺は、匂いからそこに子供たちが伏せているのを知っていた。
対処はいかようにもできるが、今やっているこのゲーム、俺が捕まったら俺の負け、俺が捕まえても俺の負け、矢に触れても負け、という勝負という言葉の原意から説明したいようなゲームだ。
防ぐわけにはいかない。
触れられる寸前に右の木に巻きつけていた糸を腕力で引き寄せる。
急ブレーキに全身が前方へ移動しようとするが、無遠慮に引っ張り子供たちの囲いを抜ける。
「反則だー!!!」
「なに!?」
「糸はずるいよー!!」
「またかよ! こっちはもう勝てないんだからいいだろ」
そう、このゲームに俺の勝利条件はない。
しかし、そんな俺の反論など耳に入らないようだ。
木の上に立つ俺を下から子供たちがギャーギャーと取り囲んでいる。
「ならばこうじゃーーー!!!」
俺は、糸を投網のように組んで子供たちの頭の上に放った。
「取れない!」
「助けて-!!」
子供たちがキャーキャーと騒いでいる。
楽しそうで何よりだ。
「相変わらず、君たちは楽しそうだな」
「ローニさん」
声をかけてきたのは高身長で背に大きな大槌を担いだドワーフ、ローニであった。
手に握った革で作られた水筒――中身は確認するまでもない――をかかげてこちらに挨拶をしてくれたので、俺も会釈を返す。
◇◇◇
俺はローニを倉庫に連れてきた。
うずたかく積まれた大量の剣や鎧を目の前に、俺は口を開いた。
「代金代わりと言っては何ですが、今までのお礼として受け取ってください。どうせ、俺達には使いようがないので」
「う~む、村長マキト。別に君たちが何をやっていようが構わないが、これをどうやって手に入れた?」
「盗んだとでも?」
「いや、この武器なのだが、私は所有者を知っている」
「……」
「そして、最近連絡が取れなくなった」
しまった。
血や汚れはある程度落としている。
殺害がばれることはない、いや、ばれたところでと思ったのだが、見通しが甘かったか。
「待ってくれ。別に私の顧客同士がどうしようが、何があろうが知ったことではない。大方予想は着く。答え合わせをしたいだけだ」
俺は思考をめぐらせた。
嘘を吐いてもいいだろう。
がしかし、それを信じるローニではない。
数度しか顔を合わせたことはないが、その程度の嘘を見抜けないようならば、腕一本だけで行商など不可能だろう。
「この村が襲われました」
俺は、淡々と出来事を伝えた。
ローニは、返事をすることも頷くことさえもなかった。
俺の説明が終わると、その死体の場所を聞かれたので連れていく。
ローニは、その丘に深く祈りを送った。
「我々ドワーフは土より生まれた。ヒトは何から生まれたか知らないが、最後は土に還る。エルフも同様だ。私たちはそういった意味で同胞だ」
そういって、もう一度恭しく祈った。
なんとなく俺もそれに合わせる。
「さて、これでしまいだ。きちんと土に埋めていたから安心したよ。疫病でこの村が全滅していた何てことになったら私の寝起きも悪いからな。掘り返された様子もないし。彼らが彼らの神の下へ行けるだろう」
「そうですか……」
「さ、商売の話をしようか」
ローニはにこりと笑った。
◆◆◆
部屋に戻った俺は、ユキネとフウを加えて話をしていた。
「そう。剣や鎧を打ち直して出所をわからなくする。だから、代わりにそれを君たちで売って欲しいんだけど…… 無理だろうか」
ローニはそういって俺達を見た。
フウは勢いよく立ち上がる。
「できらぁ!」
「ホントかい? そこから、私にはそうだな、3割くらい払ってくれればいいよ」
「え? 僕たちが売るの?」
「この娘は何を言ってるんだ?」
俺にもわからん。
「しかし、俺達には販路がありません。正直この村にはローニさん以外は入れたくないし」
例え販路があったとしてもそんな危険を冒したくない。
しかし、そんな返答を予想していたかのようにローニは言葉を継いだ。
「うむ、ここから西に行ったところにレイグラードがある。そこで売りに出すのはどうだろうか。商権がなくても露店販売なら認められている。これならここの場所はわからない。尾けられる、なんて甘えたことは言わないでくれよ」
「レイグラード?」
「そう。商都と呼ばれている国だ。ヨキト王国と帝国に挟まれたところでね。いまは帝国に組み込まれているが、帝国とはあまり仲が良くない。それに、エルフやドワーフなどデミヒューマンがうろついていても問題ない。いい場所だよ」
「そうですねぇ」
俺は頭を抱える。
金さえあれば、豚だって空を飛べるのだ。
この村は自給自足で何とかなっているが、今後どうなるかわからない。
腐らなくて保存ができる財産がこんなにうれしいことだとは思っていなかった。
それを阻む最大の難点はエルフたちである。
本来であれば、この話はローニ自身が売りに出せばいい問題だ。
なにせ元々エルフ達は人前に姿を現さずに生きてきたのである。
そんなエルフ達の性質を理解した上でローニは話しているのだ。
恐らくは、エルフたちを表舞台に立たせるために。
しかし、それは酷だ。断ろう。
俺が口を開こうとした寸前に声がかかる。
「あの……」
ユキネが俺の顔を覗き込む。
「いきましょう。私たちも行きます」
「しかし……」
「私、ずっと考えてたんです。どうしてこんな風にエルフが弱いのか……変化しなかったからです」
「変化?」
「はい、エルフは森という文化を堅持し続けてきました。でも、だからこそヒトから見たら滑稽な生き物に見えたのでしょう。ヒトが最初の一歩を踏み出した理由はわかりませんし、私達が逆に奪う立場に立つ気はありません。でも、奪われない場所に立つ努力をするべきなんです。私たちは」
ユキネは力強くうなづく。
「僕はいいや。めんどくさいし。二人で行って来たら?」
「いや、しかし、また奴隷狩りが来たら……」
「安心してくれ。今回は酒を大量に持ってきたから、君たちが帰ってくるまで私がここにいよう。これでも一人で旅をしてきたんだ。腕には自信がある。それに顔も利くからな」
ローニはそういって、荷物を指差す。
もしかして、あの荷物全部酒か?
◆◆◆
夜になってから、俺とユキネは外をぶらぶらと歩いていた。
子供たちは、もう寝ている頃だろう。
ローニは酒を抱えて寝てしまっていた。
「昼間の話だけど……大丈夫?」
「街に行くって話ですか?」
俺は頷く。
いやな思いをさせたくなかった。
「マキトさんもローニさんも優しいですね」
「え?」
「ローニさんは、エルフのために私たちに表に出ろって言ってくれた。マキトさんは私たちのために心配してくれる」
「心配というか……」
「大丈夫ですよ。どんなことがあっても私があなたを守ってあげます」
そういって月明かりの下でクスクスと笑った。
あまりにも美しいその姿に、一瞬俺の手が俺の意識から離れた。
気が付くとユキネの肩に手を回していた。
くらりとする匂い。
艶やかな形良い唇から吐息が漏れる。
ユキネが目をつむった。
心臓がろっ骨を叩き折ろうと暴れまわる。
理性が本能の鍵を叩き砕き割った。
俺の唇が焦点を合わせる。
「村長マキトぉぉぉ! ろこだぁぁぁぁ!!」
雄たけび。
俺達の身体がびくりと飛び上がる。
「おおう、二人してこんなところにいたのかぁぁぁ。お酒注いでよぉぉぉ」
そういって俺達に飛びついてきた。
畜生、この酔っ払いめ!!




