14:問題ない
ラーナ帝国の執政官執務室。
帝国領内の各種情報が記された本や地図が所狭しとばらまかれている。
その中、唯一書物が置かれていない執務机の上に男が座っていた。
涼しげな切れ長の目が、その無造作に置かれた文字の数々から何かを読み取ろうとせわしなく動いている。
と、扉が押し開かれた。
「リュート執政官殿」
リュートと呼ばれた男は、文字を最後まで追った後で扉に視線を送る。
「やあ、我が妹君。その白い聖職衣はいつみても似合ってるね」
にこりと笑うその笑顔に、そんじょそこらの女であればくらりとするところであろうが、妹への効力は低いらしい。
妹君はその形良い鼻孔をぷくりと膨らませ、そして、吸い込んだ息でシミ一つない頬を膨らませた。
「ずるいです、お兄様。自分はお兄様と呼ばれるのを嫌がるくせに」
「悪かったよ、ササラ聖務執行官殿」
「それにしても、また、部屋がすごいことになってますね…… 掃除婦を呼びますか?」
「待て、今のメイドはこの状況の理由がわかってない。片付けさせたらまた、僕は元に戻すのに2週間は狂いながら喚かなきゃいかなくなる」
「でも、これでは、お兄様とお話しすることも難しいです」
「はぁ、ばあやだったら指示しなくても完璧に片づけてくれたのになぁ……」
「毎度毎度、ばあや、ばあやと。ばあや離れを早くしてくださいな」
ササラは大きくため息を吐いた。
「ところで、私が召喚いたしました4人は、いかがでしょうか」
「ちょっと待って、ペン太君とゆかいな仲間たちだっけ。えっと……今、森の主を1人倒したみたい。上々かな。それ以上でもそれ以下でもない」
「はぁ、ペン太ではなくケン様ですがね」
「まぁ、そっちはどうでもいいよ」
「そっち?」
「もう一人の方さ。マキト君。彼は……いや、まあいいか。まだわからないだろうからね」
◆◆◆
俺は朝からイモを茹でていた。
ジャガイモみたいだが、サツマイモみたいな味と色をしたイモである。
そこへ、サンが目をこすりながらやってきた。
エルフの子供の中では言葉少なな子だ。
「マキトお兄ちゃん、朝ご飯?」
「そうだ。腹減ったのか?」
「うん……今日は何を作るの?」
そういって、鍋の中を覗き見る。
「いもをちょちょいとやるのよ。ちょうどいい。ポチからミルクもらってきてくれ」
「わかった」
俺が、イモをゆで上げたところでちょうどサンがミルクを担いでやってきた。
何やら、ピザ作り以来料理に目覚めたらしい。
「もう、立派にコックさんだな」
俺がサンの頭をワシワシとなでると、くすぐったそうに目を細める。
「私は何をやればいい?」
「そうだな、このイモをむいむいとむいておくれ」
「ん」
「熱いから気を付けろよ」
エルフはかなり手先が器用だ。
俺が1個むく間にあっという間に3個ほどむいてしまう。
と、ちょうどそこに洗濯をしていたフウとライウ、ユキネがやってきた。
「なにやってんの? イモ? 僕も食べていい?」
「よし、んじゃ、フウ、お前には木の棒でイモを潰してもらう」
「えぇ! やだよ!」
俺はフウの眼前に棒を突き出す。
森の中でも最上級に硬い樹で、エルフたちは弓矢の材料に使っているらしい。
その硬くて黒い棒をフウの右手に強引に握らせる。
「いやだ~ご飯作りなんて覚えたくないよぉぉ!!」
「うるせぇ、力入れてかき混ぜろ。ほら、ぐちゃぐちゃになってきたぞ!!」
「なんで? どうして? 僕いやなのに、いやなのに楽しんでる?」
「あの、二人で何やってるんですか……?」
ユキネが冷めた目で俺達を見ていた。
俺はごほんと咳ばらいをすると、つぶれたイモにミルクと塩を加える。
「イモ餅っていって俺の世界の……郷土料理?」
とは言いながらレシピは適当だ。
なんかこんな感じでやればできそうだと思ってんだけど……
適当に丸めて火にかける。
「いい匂いだ!!」
ライウが小躍りし、それを見てユキネがくすくすと笑う。
「こんなもんでいいかな、ちょっと味見を」
「私もいいですか?」
「僕も食べたい!!」
「私も! 私も!」
俺は、イモ餅を適当に契り渡すとかじる。
エルフの口にはとてもあったらしい。
フウは、もっと食べたいとイモ潰しの作業に戻ってしまった。
う~ん、うまいんだけどなぁ……
もうちょっとモチモチ感が……あ。
「ライウ、この前のエルフ中麦粉! あれ持ってこい!!」
「わかった!! 待っててね!!」
そういってライウは走っていってしまう。
ちなみに、以前手に入れた謎の穀物だが、名前がないと面倒なので中麦と名前を付けた。
小麦と大麦はあるかもしれんからな。
もし、他に中麦という植物があれば名前を変えよう。
「持ってきたよ!!」
「よくやった、ライウ隊員!!」
頭をなでると俺は中麦を潰れたイモに混ぜる。
イモはだいぶ冷えているので、両手でグニグニと潰した。
「なにそれ、楽しそう。僕にもやらせて!!」
どこに感銘を受けたのかは不明だが、フウとライウ、サンが俺の仕事を奪ってしまう。
まぁ、別にいいか。
「んじゃ、俺達は子供たち呼びにいこうか」
「そうですね、いきましょう」
イモ餅は好評のうちに姿を消した。
これで、サンの献立がちったぁマシになるな。
俺が川で水浴びをしていると、サンがやってきた。
慌てて前を隠す。
「なにしてんの!? 俺裸だよ!?」
思わず声が裏返る。
が、サンは気にした様子もない。
「今日のね、料理もおいしかったの……」
「あ、うん。それは良かった」
「だから、また教えてね」
「あ、うん。それは何の問題もない」
と、サンがテトテトと俺に近づいてくる。
そして、抱き着いた。
「ありがと」
それは問題あり!!