12:見せたいものがあるんです
「兄ちゃん!! ハチが赤ちゃん産みそうだよ!!」
番小屋にフウが走り込んできたのは、奴隷狩りが来てから5日ほど経った朝であった。
ハチというのは、以前連れてきた雌の毛長牛の名前――なぜ、こいつらは犬みたいな名前を付けるんだ?――である。
こいつらの発情期やら妊娠期間など不明だが、そのお父ちゃんはポチではない可能性があった。
しかし、俺が目にしたのは、苦しむように唸るハチと、そんなことなど気にした様子もなく隣でおいしそうに草を食むポチであった。
ユキネが不安そうに、ハチの様子を見ている。
しかし、いくら覗いたところで残念ながら俺たちにできる手伝いなどない。
あるのかもしれないけど、俺は知らない。
自然の営みに任せていると、3時間ほどして全部終わったらしい。
「私たちもああやって生まれたんですかね?」
「そうですねぇ。あんだけ痛そうにしてたのに、もう子供の世話をしてますよ」
生命の営みというものは何とも不思議なものだ。
うんうん、などと考えているとライウが俺達の所にやってきた。
「お兄ちゃん、お姉ちゃん。どうやったら赤ちゃんってできるの? 私も欲しい」
「……」
「……」
「私、ご飯の準備してきますね」
「うぇ!? ユキネさん、ずるい!!」
「お兄ちゃん、ハチはどうやったの?」
「えっと、あっと……」
俺は必死に雌しべと雄しべを使い説明を図ったがどうやら理解してもらえなかったらしい。
ぽかんとした感じでどこかへと行ってしまった。
なぜかそばにいたフウにチラリと視線を送る。
「う~ん、難しかったかなぁ……」
「ぼぼぼぼ、僕に振らないでよ!! 知らない!!」
何やら怒らせてしまったらしい。
顔を真っ赤にしてどこかへと行ってしまった。
「とりあえず、今日のご飯探しに行くか……」
◆◆◆
夜になって、いつも通り集会所でご飯を食べ始めた。
みんな楽しそうだ。
なにせ今日は、村の祭りである。
とはいっても、大したごちそうなんてないし、飾りつけなんてのもできない。
ただ、子供たちは“やる”というだけで楽しいらしく、歌ったり踊ったりしていた。
しかし、たった一点、今までになかったものがある。
「牛乳、おいしいね!!」
ライウが口の周りを真っ白にさせて歩いてきた。
ハチからのおすそ分けである。
俺はその頭をぽんぽんと叩くと嬉しそうにどこかへ走っていった。
今度はフウが寄ってくる。
「兄ちゃん、この祭りはなんの祭りなの?」
「豊穣祭りだ。自然の恵みに感謝してだな――」
「ホウジョウ祭り? 聞いたことない。森の神様への感謝の祭りでいいの?」
「う~ん、まぁそれでいいよ。何であれ、祝えば神様も喜ぶだろ」
「うん! 村の初めての祭りだね!!」
「そうだなぁ……」
「ところで、村の名前って何?」
「村の名前?」
「うん、村の名前」
「名前かぁ……まぁ、適当でいいよ」
「えぇぇ!! んじゃ、マキト村」
「断る!!」
「ザ・マキト村」
「いやだ!!」
「わがままだなぁ」
「私。ポチハチ村がいい!!」
ライウの言葉にフウがつっこむ。
「……ポチとハチが死んだらどうするの?」
「食べる」
あ、悲しいとかじゃないんだ。
「もう、ポチハチ村でいいよ」
「わ~い!!」
◆◆◆
その晩、俺とユキネは二人で見張り番をしていた。
「適当に決めちゃったんですけど、よかったですかね?」
「よかった? 何の話ですか?」
「村の名前のことなんですけど……」
「あ、村の名前ですか。いいと思いますよ。はっちぽっ」
「ポチハチ村です。どうしたんですか? なんか妙にそわそわしてますけど……」
「ご、ごめんなさい! 全然大丈夫です!」
「えっと、トイレなら……」
「トイレじゃありません!! あ、でもちょっと行ってきます!!」
「はぁ……」
ユキネは立ち上がると、子供たちが寝ている場所をチェックした。
そして、白銀色の髪を揺らしながら戻ってくる。
「みんな寝てました」
「そうですか……」
「あの……えっと、見せたいものがあるんですけど……」
俺の前に立ったユキネは、すうっと服を脱いだ。
「うえ!?」
現れたのは期待――もとい、予想していたものではなく、真っ白い巫女のような服装であった。
ユキネの美しさと月光も相まって幻想的である。
「実は、こっそり作ってたんですけど……変じゃないですか?」
「へ?」
「……変ですか?」
「似合ってます! めっちゃ!! あのその……きれいです……」
「よかった……」
ユキネはほっとしたように笑う。
しかし、何かを思い出したかのように顔をこわばらせる。
見る間に顔がその特徴的なとがった耳まで真っ赤になる。
そして、顔を真っ赤にしたまま頭の上に手を持っていき猫の耳のようにした。
「『みんなで踊ろうにゃんにゃんにゃん もひとつおまけに』――」
ユキネが腰をくねらせる。
「えっと、急にどうしたんですか?」
「あれ? その、前に作ってくれた歌…… 結局子供たちは誰も踊ってくれなかったので、私だけでもと思って…… お気に召しませんでした?」
ユキネは顔を真っ赤にしたまましょんぼりとさせている。
なんていい子!!
「ありがとうございます。でも、今日みんなが歌ってくれた歌も、本当に素敵でしたよ」
「えぇ、あれが私たちの村の歌でした……」
そう、このエルフたちは居場所を追われてきたのだ。
俺の村作りに巻き込んでるだけなのでは、という不安が急に襲い掛かってくる。
と、ユキネが俺の顔を突然のぞき込んできた。
そして、俺の眉間に指をあてると、そこにあったのであろう皺をぐいぐいと伸ばし始めた。
「マキトさん、私たちのこと考えてたでしょ」
「え?」
「マキトさんって、何か考えてるときすっごい眉間にしわが寄るんです。どうせ考えてたのは、私たちの邪魔してないかなとか、そんなところでしょ」
当たらずも遠からず。
「ハッチポッ――ポチハチでしたっけ? の村長なんですから自信持ってください! 私達、これでもマキトさんのこと心から信用してるんですよ?」
胸の奥が締め付けられるような感覚。
恐ろしく不安で、恐ろしいほど心地がいい。
「そうだ! 一つお願いしていいですか?」
「俺にできることなら……」
「敬語やめてください」
「敬語ですか?」
「なんか他人行儀じゃないですか」
「はぁ、んじゃお互いにそうしましょう」
「え! 私もですか!?」
「それはそうでしょ……そうだろ。俺だって他人行儀でいやだし」
「わかりまし……わかったわよ…… んっと、慣れるように気を付けます……」
ユキネの方はなかなか時間がかかりそうだ。
困ったユキネを見るのも、それはそれで、かわいいからいいか。
「それじゃ、俺からもお願いあるんだけど……」
「え! ずるい! 2個もですか?」
「敬語は俺のお願いじゃないし、いいじゃん。歌って欲しいんだ」
「歌?」
「そ、歌。ユキネさ……ユキネの村の歌。ポチハチ村でも歌っていこう」
ユキネはにこりと笑った。
その美しい歌声はとても心地が良くて、温かいものだった。
「どうでした? はっちぽっち村でも伝えて行けそうですか?」
「そうだね。俺も覚えないと」
俺は、ぐうっと伸びをした。
そのためにはこの村を守らないとな。
「ユキネ、ハッチポッチじゃなくてポチハチ村。絶対に間違えちゃダメだ!」
そう、この村は守らなくてはいけないのだ。