11:この村の村長だ
太陽はまださんさんと照り付けている。
木々の隙間から木漏れ日が下草を照らしていた。
エルフは森林帯をかなりの速度で駆け抜けていくことができる。
しかし、ユキネはその限界速度を超えて走っていた。
そこで、フウの指笛の音が森の中を駆け抜けていった。どうやら異変に気が付いたらしい。
ユキネは、酸素を欲する肺を強引に黙らせると、フウの指笛に指笛で答える。
ユキネが村を一望できる丘に到着した時、子供たちはクロスボウを手に取り村の集会場に立てこもっていた。
何かあったときのためにと、マキトが施していた様々な準備が子供たちを守ってくれたようだ。
それでも、何とかその中に入り込もうと奴隷狩りたちは家に取り付いている。
何人かは子供たちのクロスボウの餌食となったようだが、そんなこと気にしていない様だ。
クズどもめ。
ユキネは大きく息を吸い込むと肺を膨らませる。そして、喉を絞るように息を細く長く吐き出す。
エルフ特有の呼吸法だ。荒れていたはずの呼吸が一瞬で落ち着く。
目をつぶると、ユキネはスキルを発動した。
【射撃C:遠距離の射撃に補正がかかる】
ユキネはどちらかと言えば、中近距離での射撃の方が得意だ。
しかし、そうも言ってられない。
矢を限界まで引き絞り、放つ。
男の内の一人の腹部に突き刺さった。痛みからのたうち回っている。
男たちの動きが止まり、こちらへ目線が送られた。
これで敵の手がひきつけられれば……
しかし、そうはならなかった。
数人こちらに向かうように移動始めたが、ほとんどはいまだに集会場を取り囲んでいた。
ユキネは、今度はその指示を出したであろうリーダー格のヒトを探す。
が、どうやら死角にいるらしい。
場所を移動するか、いや、それでは遅すぎる。
ユキネは覚悟を決めると、弓を背に駆け出した。
森の中でヒトにエルフが負けるはずがない。
男たちの追撃をかわしながら森の中から飛び出すと村まで走り抜ける。
「いたぞ! やっちまえ!!」
村の中にいたヒトもユキネに気が付いたらしい。
剣やら斧を持っている。
「ケガさせるなよ」
「こっちは何人も取られてんだぜ!!」
何が“取られた”だ。
ユキネはその口を二度と開かせまいと矢を放つ。
男の眉間に突き刺さったのを確認することもなく、二の矢を継いだ。
【速射B】【乱射A】
矢の行方など気にしていられない。
ここにいるのは全て敵であり的なのだ。
ユキネの矢が次々と男たちを射抜いていく。
十分に意識を自分に向けさせた。
ユキネはその敵たちを引き離そうと、山の方へ移動しようとする。
が、ユキネは怒りからか、焦りから背後の気配に気が付かなかった。
男が背後より体当たりをしてきたのだ。
内臓が回転したのではないかという衝撃。
ユキネは上下が分からなくなるほどの痛みに目を白黒とさせていると、ぶつかってきた男が上に乗りかかってきた。
「おい、かなりの上玉だぜ」
「やめとけ、価値が減る。処女だったらバカな貴族が高く買ってくれるんだぞ」
「いいじゃねぇか、一人くらい。あの中に何人いると思ってんだ」
ユキネは逃げ出そうともがくが、馬乗りになった男はかなりの巨漢である。
ユキネは、その腕にかみつこうとしたが、その頬に痛みが走る。
「顔はやめとけよ」
男たちはゲラゲラと笑っている。
畜生め。お前たちの思う通りにさせるものか。
ユキネは手探りで石を探り当てて握りこんだ。
そして、それを叩き付けようとした瞬間その腕をからめとられる。
「おいおい、これでどうしようってんだ?」
男は顔を思いっきりユキネに近づけた。
生臭い。玉ねぎを生で食べた後のような臭いに胃が無駄な蠕動運動を起こす。
ユキネは涙が出てきた。
恐怖ではない。怒りと情けなさ。無力という事実に。
ダメなの? 疑問をよそに男の首に一筋の線が浮かび上がる。
その線はジワリと赤くなり、そして血が吹き出したのと同時にその首が落ちた。
「誰だ! てめぇ!!!」
「マキト……さん……」
そこにいたのはマキトだった。
その周りを銀色に光る糸が揺蕩っている
「村長だ。うちのもんに手を出して無事に帰れると思うなよ」
「ガキが粋がるんじゃねぇ!!」
男たちは全部で20人は下らない。
ユキネを追って森に入った男たちや、家を取り囲んでいた男たちも続々とそこへ集まってくる。
私のせいだ。ユキネは自責の念に押しつぶされそうになる。
「マキトさん……逃げて……」
「いやです」
「やっちまえ!!」
マキトの言葉とリーダー格の男の声が重なるのと同時に、一斉に矢が射かけられる。
その瞬間、マキトの周囲の糸が一瞬で一枚の布へと変じた。そして、矢の侵入を一切許さない。
「なんだ? 魔法か? 邪魔な布だ! くっそ、斬れ!!」
一斉に飛びかかる奴隷狩りたち。
が、あるものは絡め捕られ、斬り倒され、捕獲され……
男たちの目に動揺の色がありありと浮かんでいる。
ただのエルフ狩りだ。しかも、大人がいない子供のエルフを狩るという、簡単なお仕事。しかも実入りがいい。
それがいつの間にか化け物退治になっている。
掛け金は自分の命。数十枚と賭けてそして今残っているのは5枚だ。
「ふ……ふざけるな!! やってられるか!!」
一人の男が弓を取り落として逃げ出そうと振り返った。
次の瞬間、その頭が吹き飛んだ。4人。
それをチャンスと思ったのか、また一人逃げ出そうとした。
が、その足首に銀色の糸が巻き付く。
ズゴッとすっ転び、宙に持ち上げられた。
そして、そのままもう一人の男に叩き付けられる。2人。
逃げられない。
そう感じたのか、一人の男が、マキトに剣を叩き付けようと走り出した。
と、いつの間にか、その眼前に幾本もの銀線が張られていた。
男の顔が恐怖にゆがむ。しかし、人間とは不便にも急に止まることはできない。
その結界に侵入した男は糸によって切り刻まれた。
残りは1人。
「おい、待ってくれ……お前もヒトだろ?」
マキトは、最後の一人に向かって歩き出した。
「お前にも分け前をやる!! 俺たち二人しかいない! これだけのエルフを二人で分けたら一生遊んで暮らせるぞ!!」
「いらね」
マキトの足は止まらない。
「わ、わかった!! 全部だ!! 俺の分もやる!! な? 気に入ってるエルフがいるのか? なら、そいつだけはお前のモノにしちまえよ。それでいいじゃねぇか!」
「いいわけないだろ」
マキトの指がわずかに動く。それに合わせるように辺りを揺蕩っていた糸が地面に落ちた。
それらは、集まり一本のロープへと変じる
それが蛇のように這いずり男の身体を飲み込むように拘束していく。
「わかった。ここを知ってるのは俺だけだ。絶対にしゃべらねぇ!! だから見逃してくれ!!」
「知ってるのはお前だけなのか?」
「そうだ! 俺だけだ!! 絶対に喋らねぇ!!」
「そうか。なら、喋らないように担保をもらう」
「……担保?」
「命だよ」
男の足元にあった大量の糸は、男をあっという間に包み込み繭のようになった。
さらに、その繭はどんどんと体積が小さく引き絞られていく。
中で男が痛みや、恐怖を叫んでいたが、いつの間にかそれもなくなり繭は赤く染まっていた。
「マキトさん!!」
ユキネがマキトの背中に抱き着く。
「無事でよかった」
「マキトさんこそ……」
マキトは振り返るともう一度抱きしめた。
その体の震えと暖かさを感じる。
泣きそうになりながら、その涙を心の底へ落とし込んだ。
どのくらいそうしていたか。たぶん五分も経っていない。
が、一生そうしてきたのではないかと思うほどの永遠がそこにあった。
マキトを見上げながらユキネは笑いかける。
マキトはユキネをもう一度強く抱きしめた。
会話が意味をなさない空間。
「あのさ、いい空気のところ悪いんだけど……」
「フウ!?」
ユキネの声が裏返る。
ユキネとマキトはぱっと離れた。
「こ、こ、これは……」
「だ、大丈夫だよ。僕は何も見てないから……」
そういって、手を頭の後ろに回して顔をひきつらせながら笑っている。
二人もそれに習って笑った。
「とりあえず、どうしましょうか」
そういって眉をひそめるユキネをマキトを見た。
「そうですね。さすがに子供たちにこれを見せるのは忍びないです」
辺り一面死屍累々だ。
「俺がかたづけるんで、二人は子供たちをお願いします」
◆◆◆
二人がいなくなったのを確認してから、俺は闇箱に死体を回収していく。
向こうの世界にいたころだったら死体を物の様に回収しながら、これからのことを考えることなど不可能だったろうな。
畑の方は多少荒らされていたが、大きな被害はない。
牛たちもフウが逃がしたようで無事だった。
匂いを追っていくと二匹が仲良く草を食っていたので回収する。
そして到着したのは村から離れた丘の上だ。
死体を埋めるのに村のそばや川の近くは疫病が怖かったのでここを選んだのだが、少し豪華すぎたか。
いや、死んでしまえばみな仏だろ。
俺は適当な穴を掘る。
今更だが闇箱で地面の土を大量に飲み込んで穴を掘るという方法を思いついた。
水路掘るときに気が付いていれば、もうちっと楽だったのだが。
戻ると、ユキネたちは料理を作っていた。
子供たちは、ユキネかフウのそばにくっついて移動するものなので何とも歩きそうである。
俺を見つけた何人かは俺のそばに駆け寄ってきてから、足にしがみついた。
「歩きづらいぞ」
優しく頭をなでるが、子供たちは誰一人俺から離れようとしない。
「よくやったな」
結局その晩は、泣く子供たちをあやしながらみんなで眠った。