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7.ミエちゃん(後編)



神原かんばら 俊哉としや  :中学3年生の時の物語です。


【主な登場人物】


前澤まえざわ 三枝子みえこ  :ミエちゃん


有馬ありま りょう  :有馬


磯原いそはら のぞみ  :磯原


山下やました 則生のりお  :山下


水野みずの 杏子きょうこ  :杏ちゃん


黒木くろき 一馬かずま  :黒木、黒木君


木田きだ 健太郎けんたろう  :健太郎、木田君


神原かんばら 三郎さぶろう  :じいちゃん

 それからはなぜか知らないが有馬と磯原が全ての段取りを組み始めた。特に磯原はニヤニヤしながら思いっきり楽しそうだった。


「神原く~ん、じゃあ、明日、私が学校から帰ったら、ミエちゃんを公園に呼び出すから、そこでコクリなよ」


「えっ! 明日!?」


「当たり前だろ。明後日にする必要なんかねーだろ?」


「いきなり言われても…… 彼女のことは何にも知らないしさぁ」


 お見合いというのも嫌がる本人をよそに、周囲のお節介ばばあやじじいがこうやって段取りを決めるものなのだろうか?


「山下も呼ぶかな、アハハ」


「関係ねーだろ! 山下は! そもそも磯原だって関係ねーし」


「あれ? じゃあ、いいのよ。自分で呼び出すのね」


「あー、そうだそうだ、そうしろ、磯原も眺めてろ」


 そんなことがいきなりできるわけがない。いくら同級生でも、知らない男子からいきなり電話がかかってきて、はいはいどうも、お付き合いしますよ、なんてことがあるはずない。


「それは…… ムリだろ。呼び出しても来ないと思うなぁ」


「じゃあどうすんだよ! 磯原に頼むのかよ、自分でやるのかよ! はっきりしろよ、クソが!」


 こいつの、クソが!、は癖だろうが、ムカつく、このクソが!


「…… わかったよ。磯原、呼んで来いよ」


「おめえ、態度デカくね? 磯原さん、お願いします、だろ?」


 任侠はこういう筋の話はうるさい。


「磯原さん、よろしくお願いします」


「ハハハ、いいのいいの、呼び出してあげるから。それに、ちゃんと神原クンのこともPRしとくから」


「PR?」


「だってさ、ミエちゃんってプロレスファンだからさ、このままだと神原クン可能性低いと思うんだよね」


「…… そういう子なの……?」


 ちょっと想像が違っていた。ボクがミエちゃんに抱いていたイメージは、窓辺でピアノを奏でている、色白でちょっと病弱な感じの子だったのに…… どうやら明らかにそれは違うらしい。


「そうだよ、確か高校を卒業したお兄ちゃんがふたりいて、結構お兄ちゃんたちと暴れてたよ、小学校の頃は」


「…… 全然違うじゃん」


「アハハハハ、中学生になってからおとなしくなったけどね。そうそう、小学校の低学年の時に、おもらしして学校に備え付けのパンツに履き替えて、デケ~とか言ってパンツをずりずり引き上げてたこともあったわ!」


 磯原は面白そうにゲラゲラ笑った。


 そうか…… そういう子だったから、結構可愛いのに誰も手出ししなかったのか……


 ボクの中でミエちゃんに対するイメージはガラガラと音を立てて崩れ去った。


 しかし、ボクも男だ! そんなことで彼女を嫌ったなんてことは口が裂けても言えない。むしろ、そんなことがなんだ! という度量の広さをここで見せつけなきゃ男じゃない! 天邪鬼とはこういうものだ。人が悪いと言えば、むしろこの上ない善良なものに見えてくるのだ。


 そんなこともあって、ボクは急にミエちゃんのことを好きになってやろうという気になった。好きになったわけではなく、好きになってやろうと決めた。




 翌日、ボクと有馬と山下は、三人揃って七小校区の公園に出かけた。そこはローカル線の線路わきにあって、周囲には比較的大きな団地がある。ミエちゃんと磯原はその団地に住んでいるようだった。


 有馬と山下は木切れと小石を見つけてきてバッティングの真似事を始めた。ちゃんと団地からの入り口近くにいて、磯原がミエちゃんを連れてくるのがいち早くわかる場所にポジショニングしている。なかなか小狡い奴らだ。


 ボクは一番奥のブランコに座っている。ミエちゃんが来たらブランコに座らせて、そこで告白しようと頭の中でシミュレーションを重ねている。


 1時間も待っただろうか。山下が大声を出す。


「来たぞ!」


(……ちゃうねん、そういう感じじゃないねん、ったく女心のわかってないクソガキだ)


 毬栗頭のボクはそう思う。こいつら、マジ邪魔!


 ミエちゃんは磯原に促されながら、どうも足が前に進まないようだ。そりゃそうだ。学校でも一、二を争う悪ガキと、口をきいたこともないボクが公園で待っているのだ。足を踏み入れたくないのもわかる。


 見かねた磯原がつかつかとボクのところまでやってくる。


「言っといたから。ミエちゃん、OKと思うな」


 そう言いながら、磯原はちょっとつまらなそうに有馬と山下の方に駆け寄る。三人はずっとボクとミエちゃんを交互にみている。やりにくいったらありゃしない。なんで、こいつらの前でコクらなきゃなんないんだ?


 ミエちゃんは公園の入り口のところで、もじもじしている。ボクは勇気を振り絞って彼女の方へ近づく。


「いよっ! 熱いね、トシちゃん!」


 死ね、有馬!


 ボクは構わずミエちゃんに近寄る。段々彼女の顔がはっきり見えてくる。


(お~ この顔この顔! やっぱかわいいじゃんか)


 ボクは思ってた通りのミエちゃんの顔を見てなんだか有頂天になる。彼女の目元にはちょっとそばかすがあって、唇をぎゅっという感じで結んでいるのだが、その顔が好きだった。


「えっと…… 」


 なんて言えばいいのだろう…… 最初の言葉が見つからない。


「磯原から聞いてる?」


 磯原がいてよかった……


「…… 」


 ミエちゃんは無言でコクリと頷いた。


「えっと…… そういうこと」


 ボクはホントに人生最大の勇気を振り絞って、ミエちゃんの顔をじっと見つめた。女の子の顔をじっと見つめるなんて、とてもできない。エッチなことを考えていることがバレそうで見つめられない。


 ミエちゃんも、ちょっとボクの方を見て、小さい声で呟いた。


「うん……」


 あの時、ボクには「うん」以外の言葉を必要としていただろうか? いや、それだけでもう十分だった。


 付き合ってください、いいですよ、そんな教科書通りの言葉など、ひと言も言えなかったし訊けなかった。でも、目の前の、涼しげな眼もとの、ちょっとだけそばかすがあって、薄い唇をギュッと噛みしめた、色白で、サラサラした髪の毛のミエちゃんは、確かに、間違いなく、ボクに対してOKの意思表示をしていると思った。それは勘違いでも何でもなく、現実のことだと思った。


「ブランコ…… 座る?」


 片言の日本語でも十分伝わるのだ。愛さえあれば、言葉など必要ない。


「うん……」


 少し落ち着いてきた。落ち着いてくれば、ボクは意外にも饒舌だ。


「ボクね、ミエちゃんのこと、1年生の頃から気になってたんだよ」


 それは事実だ。だが、そう毎日毎日ミエちゃんのことを考えていたわけでもない。でもそこのところはこの際、関係ないだろう。


「うん……」


 ミエちゃんは今日は「うん」しか言わない日なのかな?


「4組だったよね。黒木とかいたでしょ?」


「うん…… 黒木君、いたよ。今も同じクラスだよ」


「そうか…… いや、黒木とは小学校の時に友達だったんだよ。あいつの家によく遊びに行ったよ。学校の近くだったから」


「へぇ、そうなんだ」


「うん、黒木って柔道部だろ、あいつ、小学校の頃から身体がでかかったんだよ」


「へぇ~~、凄いんだね」


 なんで黒木の話をしてるんだろ、アホか、と思いつつ、必死に他の話題を探すが、小学校も別々だし、クラスが同じになったこともない。共通する話題など、ない。


「健太郎っているだろ?6組だから」


「うん、頭いいよね、木田君」


「あいつは、幼稚園からの友達だよ。あいつにこんな大きい水晶やったんだよ。じいちゃんが山で見つけてきたやつ」


 何の自慢だよ…… 


「ふ~ん……」


 明らかに興味を惹いてないない。ダメだこりゃ……


「…… 」


「…… 」


 しばらく話が途切れた。それに気づいたかどうか知らないが、有馬たちがブランコに近づいてくる。


「オレたちもう帰るぞ、じゃあな」


 所詮他人の恋路だ。ガキどもがいつまでも関心を持っていられるはずがない。


「なんだよ…… じゃあ、オレも帰るよ」


 磯原とミエちゃんが唖然とした顔でボクを見る。


「じゃあ、ミエちゃん、またね」


「…… また」


 磯原はボクとミエちゃんを交互に眺める。有馬は先に歩き出す。山下はもう公園を出てしまっている。


 ボクはちょっと後ろ髪をひかれたが、有馬の後を追った。


 帰り道、有馬がぽつりと呟いた。


「案外、つまんねぇな」


 ボクは何と言っていいかわからなかった。つまらないと言えばつまらない。でも、こいつらといるよりは、無言でもミエちゃんと並んでいる方が性に合っている気がした。男同士なら無言で時間を潰すなんてことは考えられなかった。無言になるくらいなら、別々のことをする方が自然だった。


 だけど、女子とは無言で、たとえ一緒にすることなど何もなくても、一緒に並んでいるだけで意味があるように思った。傍にいて、手を伸ばすところに相手がいるだけで、なんだかドキドキするし、このままずっと一緒にるだけでいいな、という気になるのだ。何がどう違うか、それはわからない。でも、違うのだ。


「お前、あいつと付き合うの?」


「ああ、そのつもりだけど?」


「ふ~~~ん、まぁいいや、オレには関係ねーし。それより、ちゃんと杏ちゃんには言ってくれよな」


「はぁ? オレが言うの?」


「そりゃそうだろ、お前のはオレが言ってやったんだからな」


「…… 」


 杏ちゃんの話はまたどこかで話す機会がある気がする。


 それより、ミエちゃんとのことだ。


 中学生で付き合うっていうのはどういうことを言うんだろう。大人じゃないからエッチなことなどする勇気はない。キスくらいはする子たちもいるんだろうか? だが、ボクとミエちゃんには想像もできない。だって、手もつないでないから。


 ただ、公園のブランコに座って、暗くなるまで話をした。クラスメイトのこと。ボクは全くプロレスに関心はなかったが、一応聞いてみた。すると、プロレス好きなんてまったく磯原の思い込みで、それは彼女の兄貴ふたりが大好きなんだと必死になって言い訳していた。それもなんとなくカワイイ感じだった。


 ミエちゃんはバレンタインデーに手作りのチョコレートをくれた。外箱が大きすぎて中で落ち着きなく動き回ったせいか、所々がへんてこりんに欠けたりしたチョコだったけど、ボクは生まれて初めて女の子にもらったチョコだったから、言葉にできないほど嬉しかった。公園で全部食べて、空き箱とリボンはミエちゃんが持って帰った。ボクが持って帰るべきだったかな?


 水族館デートもした。お昼になって何か食べようよといってもミエちゃんは恥ずかしがって正面に座らない。横並びじゃないと嫌だという。確かに、ボクも恥ずかしかったので、窓側のカウンター席で並んでアイスだけ食べた。夕方帰る頃にはふたりともグーグーお腹が鳴ったけど、ミエちゃんはそれも恥ずかしそうだった。


 だけど、結局、高校が別々になってしまって、いつの間にか会うこともなくなった。


 思い返すと、彼女がボクの知っている女性の中で、ダントツ一番可愛かった。一緒に行った水族館は別の場所に変わってしまったけど、今でもあの日の青空は忘れていない。それは嘘じゃない。


 前澤三枝子。一生忘れないと思う。

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