絵本
レイが近所の森で黒髪の赤子、ソウマを拾って数ヶ月、彼は立って歩くことはまだできないがハイハイ歩きができるようになり、ハイハイ歩きがかなり上達していた。
レイはそんな彼が順調に育っているのを見ていつもにこやかな笑顔を浮かべている。
最近は歯も少しずつ生え出し、離乳食も食べれるようになって来たので、レイはそろそろミルクから離乳食に変えるべきだ、と判断し数日ほど前からミルクから離乳食をソウマに食べさせるようにしている。
彼もミルクから離乳食に変えたことを特に不満を言うこともなく美味しそうにレイの作ったレイ特製離乳食を食べている。
庭に植えてある野菜などの作物がタイミング良く数日ほど前から収穫ができるまでに育ったため、ソウマの離乳食は主にその新鮮で栄養豊富な野菜たちで作られている。
柔らかくて消化に良いメニューは書庫にある料理のレシピについて記されている本の中にあったため、作る際も特に苦労することなく作ることが出来た。
その出来は無駄にこだわりを持つレイも満足するできとなっている。
レイはここ最近、赤子を育てるという初めての体験で、毎日苦労や楽しさなどといった充実感に満ち溢れている。
今過ごしている数日間は何もせず無為に過ごす数年間に匹敵するようにレイは感じられた。
そして、そんなレイが今苦労していることが幾つかある。
「ん? あれ? どこだソウマ君? ソーマくーん?
って、また逃げ出したなっ!!」
それは時折レイが目の離した隙に何処かへふらりといなくなってしまうことだ。
このように度々脱走を許してしまいその度にレイはソウマを探し、追いかける羽目になっている。
今まで一度も怪我をしたことはないとはいえまだ一歳にも満たない年齢の子供が目のつかないところに行けば誰でも心配するものである。
「あっ」
「あう?」
そしてばったりと遭遇。レイと相馬が双方ともに固まる。数秒ほど硬直してレイよりも一瞬早くソウマが現状を認識する。
そして逃亡。
「アタタタタタ!」
「ちょっ! こらっ! 待てっ! ってか速っ!
つかなんで身体強化まで使ってるんだ!」
ソウマは体に魔力を流して身体能力を活性化させる《身体強化》を使いハイハイをしている。
魔法には満たないものであるがそれでも使うのと使わないとでは大きく変わる戦闘においては必須の技術である。
もちろん赤子に使えるような技術ではない。
そして何故かその《身体強化》を使えるソウマ、そのハイハイがとてつもなく速い。
レイはソウマを育て始めて数カ月が経つが特に問題無く元気に育っていくのを見て喜びとともに安堵もしていた。
この時期の子は何かの拍子ですぐに大事なことになりかねない。
だが、これは流石に元気すぎやしないか? レイはハイハイのし過ぎで疲れて、あどけない顔で眠ってしまったソウマを抱えるたびにそう思っていた。
☆★☆
そしてレイがキッチンで自分自身の昼ご飯とソウマの離乳食を作っていたある日のこと。
レイはソウマがキッチンに近づくのを端目で捉え、危ない物に触れないように注意を幾らかそちらの方へ向けながら料理を作り続ける。
「りぇ〜いー」
「へ?」
レイは今聞こえてきた声に一瞬空耳かと思ったがすぐにそれを思い直し、バッとソウマの方へ料理の手を一旦止めながら体ごとそちらへ向ける。
「い、 今なんて言った? ソウマ君?」
「れーいー!」
「しゃっ、喋ったーーーっ!!!」
レイは料理をしていた手を即座に放し、目にも留まらぬ速さでソウマを抱きかかえる。
そしてそのままソウマの小さい体を持ち上げながらぐるぐると回る。
レイは大興奮しながらソウマに自分の名前をもう一度言うようねだる。
「ほらっ! もう一回言ってみて!」
「キャハハハハ!」
レイは初めて言葉を発し、そして自分の名前を初めに呼んでくれた事に喜び、ソウマもぐるぐるされるのが楽しいのかニコニコと笑いながら楽しそうに手足をジタバタさせている。
「ふう、よし、じゃあここは危ないから静かに椅子に座って待ってようか」
「あい」
レイはそうしてソウマとしばらくじゃれて遊んだ後にソウマを抱きかかえる。
レイはそのままキッチンに隣接しているいつも食事をする時に使うリビングに移動し、ソウマをポスンと赤子用の小さい椅子に座らせてから意気揚々とキッチンへと戻り料理を再開する。
その日のご飯はレイが大興奮したことにより、いつもよりも数段豪華なものとなった。
ソウマがレイのことを名前を初めて声に出しそう呼ぶようになったのは、レイが彼を拾って一年目になる、ちょうどひと月前のことであった。
☆★☆
ソウマがこの家に来てニ年と少しが経つ。
ソウマはレイの名前を呼び始めたその日から少しずつ言葉を覚え始め最近はたどたどしくだが喋れるようになっていった。
レイはその成長を喜び、彼がこの家に来てニ年目ということも合わせて先日にたった二人だけでだがレイはささやかなパーティーを催した。
そこでレイは何時もよりも豪勢な夕食とソウマへとプレゼントに小児用の絵本を数冊プレゼントした。
この絵本は書庫にあるやつではなく、レイが街に行って買ってきた新品同様のやつである。
そして、彼が少しずつだが喋れるようになってから、よくレイに先日買ってあげた絵本を読んで欲しいと頼むようになった。
「レーイー! これよーんーでー!」
「ん? おお、いいぞ、ほら、こっちにおいで」
レイは飲んでいた茶の入ったカップを置きソウマを自分の元へ招く。
レイの足元付近まで歩いてきたソウマを持ち上げ自分の膝に座らせる。
そして彼を膝で抱えながら絵本を持つ。
レイがソウマに渡された絵本の題名は「世界が新しくなった日」という題名の絵本だ。
この絵本は一般的にもよく知られている物であり、いつ作られたかが分からない程に古い歴史を持つ物である。
街や村の広場では時折、仕事をする力もなくなり余生を持て余すご老人たちが子供たちに絵本を読み聞かせをしている光景を見れることがある。
絵本を買う余裕がない家庭で生まれた子供であっても友達、あるいは親子でお爺さんお婆さんの周りを集い絵本と触れ合うことができる。
その中でも、この絵本は全ての世代にとって親しみのあるものであるため読み聞かせをする際にチョイスされることが多い。
さらにこの絵本は王族から一般市民まで幅広く読まれているためこの絵本を知らない者は誰もいないと言ってもいいほどに認知度が高い。
レイはその絵本を見て懐かしさに目を細める。
「うむ、わかったぞ! この絵本でいいんだな?」
「うん!」
そしてレイはゆっくりとその絵本を読み始めた。
☆★☆
『世界が新しくなった日』
むかしむかし、あるところに大勢のヒトが住んでいました。
人族やいろいろな動物の特徴を持った獣人族、魔法が得意で精霊さんと仲良しなエルフ族、鍛治が得意で力持ちなドワーフ族、魔法が得意で力も強い魔族、他にも数え切れないくらいの種族がたくさん住んでいました。
みんな笑顔で暮らしていました。
それを見ていた神様も嬉しそうに雲の上で笑っていました。
みんなが仲良く幸せに暮らしていました。
神様も雲の上でニコニコしています。
ずっとこの幸せが続くと思っていました。
みんなで幸せに暮らしていたある日、突然それは起きました。
みんなで仲良くしていたところに黒い悪い奴らが攻めてきたのです。
その黒い奴らは足の速い獣人族よりも速く、力の強いドワーフ族よりも力が強く、魔法のうまい魔族やエルフ族よりも魔法が上手でした。
黒い奴らのあまりの強さにヒトは焦りました。このままでは自分たちは滅んでしまうと。
雲の上からその光景を見ていた神様も焦りました。
ヒトビトは願いました。どうか私たちを助けてください、と。
神様はヒトビトの願いを聞き、考えました。どうすれば世界は救えるか、と。
神様は世界の決まりで世界に直接来ることはできません。
神様は、それなら自分の力を持った存在を下界に遣わせればいいと思いつきました。
早速神は、自分の化身である神子を下界に遣わしました。
その神子はまるで女神のように美しく、それを見たヒトビトは神様が自分たちの願いを叶えてくれたと喜びました。
神子の力は凄まじく瞬く間に黒い奴らを倒していきました。
それを見たヒトは自分たちもと失っていたやる気を取り戻し皆と協力して黒い奴らを倒していきました。
そして、ついにヒトは全ての戦いに勝ち黒い奴らを倒すことができました。
戦いに勝ったヒトビトは喜びました。
天から見ていた神様も喜びました。
しかし、周りをふと見たヒトビトは気付きました。
世界はヒトビトと黒い奴らとの争いでボロボロになっていました。
それを見たヒトビトはこれからどうしようかと悩みました。
そこで皆の元に歩み寄った神子はヒトにこう言いました。
『私がこの世界を救います。それこそが私の役目なのですから』
そう言うと神子は癒しの魔法を世界中に放ちました。
癒しの力で荒れ果てた大地には緑が広がりました。
花が咲き、木が生え世界は生命に満ち溢れました。
それを見たヒトビトはとても驚き、そしてとても喜びました。
ヒトビトは一から新しく世界を皆で創ろうと決めました。もちろん神子もそれを手伝いました。
そこには争いが始まる前と同じ笑顔が世界中に広がっていました。
ヒトは幸せになるために、昔のような日々を取り戻すために、皆と一歩を踏み出しました。
この日、世界は新しく生まれ変わりました。
ー終わりー
☆★☆
誤字脱字や文章の違和感などがあれば指摘よろしくお願いします。
次回から不定期更新です。
おそらくあげれて月に数話、下手したら月一話くらいになるかもしれませんがなるべく多くあげれるよう頑張ります。