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旧友


 レイは普段ならもう寝ている時間だが久々にくる友からの連絡に思わず声を弾ませる。

 レイは彼女が路頭に迷っているところを拾い、その面倒を子供の頃から見ていた。

 ある意味彼女がレイが初めて子育てした者であるとも言える。


「しっかし本当に久しぶりだな! ここ数年は連絡すら寄こさなかったから心配してたんだぞ?」


『あら、フフフ! 嬉しいことを言ってくれますね。後、連絡ができなかったことについてはすいません。こっちの私用でなかなか時間が取れなかったんですよ』


「まあ、それなら仕方ない、昔と違って今はお前にも立場があるからな。

 ああ、あとこっちもこれから何かと忙しくなりそうだから、これから連絡するのはなるべく深夜くらいにしてくれないか?」


『ん? え、ええ。それくらいなら全然構いませんけど……むしろこちらとしてもありがたいくらいですが。 何かあったんですか?』


「ああ、それがな、赤子を拾ったのだ」



 二人の間の空気が固まる。



『ーーーへ? すいません、なにやら聞き間違いをしたようで……』


「いや、多分聞き間違いじゃないぞ。赤子を拾ったと言ったのだ」


『……それって“あの島”ですよね?』


「ああ、“その島”だ」


 向こうからの声が途絶える。

 おそらく絶句して何も言葉を発せなくなっているのだろうが、それもやむなしとレイは思う。

 何しろレイもそれに遭遇したとき思考が真っ白になりそれを理解すると次はその状況のありえなさに愕然とし思わず現実逃避してしまったからだ。

 そのため今ブローチの向こうで絶句している主、シャルの気持ちがレイには痛いほど理解できた。


『…… ハッ! すいませんつい現実から目をそらしてました』


「うむ、やむを得まい。何しろ私もそうなった」


『ですよね〜』


 話していくうちに、この島になぜ赤子であるソウマ君が迷い込んでいたか、レイとシャルの話題は自然とそちらへ移っていく。


「まあ、何故ソウマ君がこの島についてたかはだいたい見当がついてるんだがな〜」


『ん? ソウマ君とはお姉様が拾った子のことですか?』


 レイはシャルの言葉を聞き、ああ、そういえば言ってなかったか、と気づく。


「ああ、そうだ。ソウマ君が入ってた籠の中に手紙が入っていてな。

 それに書いてあったんだ。

 その紙を見る限りなんか並々ならぬ事情がありそうでなぁ。親に関しては今もご存命だとは思うが」


『ふむ、そうでしたか。

 私もあくまで予測ですがお姉様の言う通りかと思います。というかそれしか思い当たりません』


「だよな〜」


 レイはシャルと意見があったのなら間違いないだろうと思い思わずため息を吐く。

 今日はいつもよりかなり多くため息を吐いてるな、と思いながら一つの道具の名前を口に出す。


「……《試作型転移珠》」


『ええ』


 《転移珠》という魔道具がある。《試作型転移珠》とはその名の通り転移珠の試作型のことを指す。

 転移珠は使い捨ての魔道具の一種であり指定された場所へと転移ができるという大変便利なものだ。

 試作型転移珠もこれと同様に転移をすることはできる。

 ただ、これの厄介なところは、転移珠のように指定された場所に転移をするのではなく完全なランダムでの転移となることだ。

 もちろん海中や無人島などもそこには含まれる。

 試作型転移珠を使った場合転移した先で人が生き残れる環境である確率は一割にも満たない。

 しかしそれもある程度自立した年齢であることが条件のため、その転移した対象が赤子などであった場合確率はさらにぐんと下がる。

 そして転移珠と試作型転移珠の見た目はほとんど変わらない。

 そのため誤って使用しないように試作型は完成形ができると同時にほとんど破棄されている。

 しかし、一部は完成形の転移珠の中に試作型が誤って紛れ込んでいたりしたため完全な排除とまでは至っていない。

 だがたとえ紛れ込んでいたとしてもその道を少しでも齧っている者ならその微かな違和感から試作型と完成形を見分けるということは結構簡単なので今回のような事故が起こることは今ではほとんどない。

 そして、相手を罠に嵌めるためわざと試作型をこっそり使わせるという使い方もある。


『まあ、お姉様のその口調からそれが悪意あるものじゃなくてただの偶然ってことがわかりますけど』


「ああ、多分故意に使用したものではないとは思う。

 おそらく相当慌ててたんだろうな。

 それこそ試作型か否かというちょっとした確認が出来ないほどに」


 あの子はなんらかの争いの最中に危険を避けるために知り合いの元へ預けるため転移させたのだろう、という推測を二人は立てる。

 しかし、なぜそれほどに慌てていたのかというのを掴むのは流石に出来ない。

 二人は解けない疑問にうーん、と頭を悩ませる。


『ところでお姉様』


「ん? 何だ?」


『先ほどから言っていることからして、その子を育てるつもりなんですか?』


「ああ、そのつもりだ」


 レイがそう答えると向こうから、ふむ、という答えが返ってくる。

 レイはシャルの言いたいことが分からず何かを問い返そうとしたその瞬間向こうから声が返ってくる。


『まあ、お姉様のすることですし、特に私からは言うことはありませんけども、何か私で手伝えることはありませんかね?』


 レイは向こうから帰ってきたかつての教え子兼、妹のような存在であるシャルの気遣いに、やはり大きくなったな、という想いと共に嬉しさを感じる。


「いや、今は特に何もないかな。

 何かあればまたそちらに連絡するぞ、シャル」


 レイは笑顔でそう返す。

 顔と顔を合わせて話すものではないため相手にそれが伝わることはないであろうが子どもの頃から知っている者の成長に緩む頬が抑えられなくなる。

 シャルはもう実際子供という年ではないのだが、それとこれとは別だ、育てた子が可愛いのには変わりない。



 レイとシャルはその後も他愛ない雑談を繰り返す。

 お互いの事情によりしばらくの間話すことすらできなかった二人はここぞとばかりに互いのことを喋り始める。

 レイは久々のシャルとの会話をそれこそ時間を忘れるくらいに楽しんだ。


『あら、だいぶ時間が経っちゃいましたね』


「ん? おお、本当だ、もうこんな時間か。

 流石にそろそろ寝ないとな」


『まあ、別に私達はそんな睡眠をとらなくてもいいんですけどね』


 シャルの言った言葉に思わずレイは苦笑する。

 レイが睡眠をとっているのはあくまで昼夜の区別をつけるためと夜という長い時間をつぶすためのものに過ぎない。

 ただ寝て起きる時にすっきりする感覚はしっかりあるのでレイは好んでとっている。

 ただレイは睡眠を一切とらなくても問題なく活動ができる。

 そしてそれはシャルも同じであり一部の職業、研究者などからすれば睡眠をとらなくていいのは大変羨ましい体質だとも言える。


「まあな、だが睡眠をとることは好きだしな、夜はしっかり寝たいんだよ」


『まあ、それもそうですね。私もとらなくてもいいとはいえ昔からの習慣ですからとらないと何か落ち着かなくなります』


「だな。じゃあまたな、おやすみ、シャル」


『ええ、おやすみなさい。お姉様。

 あ、そういえば何時になったらうちに訪れてくれるのですか?』


 レイはそれを聞かれギクッとなる。

 レイは数年前、シャルに時間ができたらまた私のところに会いに来てください、と約束されたのだがレイはまだシャルの元へ一度も訪れていない。

 シャルの方からの連絡が難しくなったため、こちらから行くという約束をしたのだがそのことを指摘され、レイは気まずい顔をしながら額に冷や汗を浮かべる。

 明日行こう、やっぱり明日に、明日こそは、と踏み倒すうちに数年の時が経ってしまった。

 そして今レイの元には赤子が一人。

 流石に今訪れるような余裕はない。

 シャルとの再会は、まだ当分先のことになりそうだった。

 レイはそのことにシャルに対する申し訳ないという気持ちが膨れ上がる。


『はあ、まあいいです。

 ですがその件が落ち着いたら今度こそはちゃんとうちに来てくださいね!

 彼らもお姉様にいつかの雪辱を晴らす、と言って息巻いているのですから』


 レイはシャルの寛大な対応に思わず感謝する。

 そしてソウマ君がある程度育ったら絶対シャルの元を訪ねようと心に誓う。


「ああ、流石に今度こそは訪ねさせてもらうよ。久々に彼らとも会いたいしな、それにシャルにもな」


『フフッ、約束ですよ? では、おやすみなさい』


「ああ、おやすみ」


 レイはそこで連絡を切りすっかり冷めてしまった紅茶を飲み干す。

 レイはその上機嫌のままベッドへと潜り込む。今日はいい夢が見れそうだと思いながら。




 ☆★☆




 とある国の王城の最上階、そこには夜の風に打たれながら星空を見上げる存在がいた。

 ウェーブの軽くかかった腰に届くほどの長い金髪で金色の瞳、側頭部から後頭部にかけて渦巻くようにして二本のツノが伸びている。

 黒のドレスをまとい月の光によって照らされている美女、シャルは先ほどまで話していた相手、レイのことを思い出しクスリと微笑む。


(お姉様と久々に話せました。ああ、この溢れ出る想いはどうすればいいのでしょう?)


 シャルは熱を帯びた瞳で宙を見つめる。


 その目に映るのは満面に広がるの 美しき星空が、はたまた自分が慕う強く美しき女魔導師か。


 その目はまさに恋する乙女の目であった。



 シャルは子供の頃からレイのそばにいた。

 一人でいたところを拾われ、ともに旅をし、魔法を教わり、同じベッドで仲良く寄り添って寝た。

 何年も何十年も、レイは時には厳しく、そして大体は優しく、シャルを育てながら魔法を教え、長年一緒に過ごしてきた。


 もちろん時には喧嘩をしたこともある。その後は決まって気まずい空気になってしまった。だが翌日には互いに謝り合い、より二人の仲は深くなっていった。


 シャルは過ごしていくうちに、いつしか彼女のレイへと対する気持ちが次第に変化していくのを感じる。シャルは当初、レイのことを姉の様に思い接してきたが、過ごしていくにつれ次第に家族に対する想いから恋慕の情へと変わっていった。

 最初は何かの勘違いかと思っていた。レイはあくまで育ての親で魔法の師匠なのであり、あまつさえ異性ではなく同性、そのような感情を向けるべき相手ではない、そう考えていた。

 しかし、いくら時間が経ってもその想いが変わることはなく、むしろ時間が経つにつれその想いはより大きくなっていった。

 そこでまでになり、ようやくシャルは自分の本当の想いに気づく。

 シャルは心の底からレイのことを愛しているのだということを。


 しかし、彼女はその想いを告げることはない。

 そして彼女の想いをレイが気づくこともない。


 それは決してレイが鈍感というわけでなく、シャルがそう思わせないように接しているからである。

 それにシャルは今のままでも十分だと考えている。

 ただずっと一緒にいればそれだけで十分だと。

 レイの過去を知っている一人として、彼女の真実を聞いたあの日からシャルはレイと共に寄り添うと決めている。

 しかし、今は一国の主としてレイのことを、国のことを考えなくてはいけない。

 昔のシャルからしたらありえない今の彼女の光景に、昔の私が今の光景を見たら今の私をどう思うかしら、と考える。


 そうシャルが思考の波に沈んでいると城の中から一人の侍女が声をかけてくる。

 シャルは後ろから歩いてくる気配を察し僅かに緩んでいた頬を引き締める。


「そろそろ入らないと風邪をお引きになられますよ」


「引きませんよ、そんなもの」


「ええ、知ってます」


 そう軽いやり取りをして振り返ると頭を下げている侍女が目に入る。

 彼女とはもう長い付き合いになる。今でこそ立場が出来てしまって、このような関係になってしまったが、人目のつかないところでは気安く話すことのできるシャルにとっては数少ない友人の一人である。


「じゃあ、中に入りましょう。

 寝所までの付き添いを、レミア」


 彼女の名はシャルレア・ウロボロス。

 嘗てレイと共に旅をし育てられた者にして現在は、




「はい、魔王様・・・




 世界一の強国、魔国ディートレスを治める女王陛下、その人である。




誤字脱字や文章の違和感などがあれば指摘よろしくお願いします。

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