9. 後悔し続ける者
振り向いた男をみて、ヘンリーさんが驚きながら武器を構えた。
「こいつもアンデッドか!?」
『ヨソモノ、マタ、ヨソモノガ村ニ災イヲモタラスノカ』
前にでてきた護衛の2人に向かって、アンデッドが近づき始めた。
「なんだこいつ、妙に言葉が達者じゃねえか」
「もしかすると、上位種かもしれん。慎重にいくぞ」
アンデッドの中には強い思いを残したまま死んだとき、記憶と意識を残したままの個体が存在する。上位種と呼ばれ、通常のアンデッドにはない危険な能力を持っている。
護衛の2人は、アンデッドを押さえ込もうと慎重に近づくと、アンデッドの体から紫色の煙がたちのぼってきた。
「いかん、お前ら下がれ!! 光よ、穢れよりわれらを守りたまえ」
ボルゾイ様が早口で聖句を唱え終わると、わたしたちの体がやわらかな光で覆われた。
ボルゾイ様が唱えたのは、疫病などの感染力の強い病気の治療を行う際に、術者への感染を防止するための術だった。
「あやつの体からは疫病の元が垂れ流しになっておる。術をかけはしたが、近づけばもたないだろう」
「そんな、それではどうすれば……」
浄化術はアンデッドに対して近づくほど効果を発揮するため、今の状況では満足な効果を発揮することはできなそうだった。
アンデッドはゆっくりとこちらに近づいていて、さらには階下からは他のアンデッドが中に入ろうと扉を激しく叩く音が聞こえてきた。
「おそらく、村中のアンデッドがここまで活発なのも、あの上位種のせいだろう。あやつさえなんとかできればよいのだが……」
前にはアンデッド、後ろにもアンデッドがつめていて、絶体絶命の状況であり打開する案は浮かばなかった。
「ボルゾイ様、オレがあいつに突撃するので、そのすきに浄化術をかけて下さい」
「おい、おまえ死ぬつもりかっ!!」
「ハンス、神子様のこと頼んだぜ」
「ヘンリーさん、そんな……」
ハンスさんが決死の覚悟を決めて、アンデッドに突っ込もうとしたところで、屋根の上に何か重たいものが着地したように、ドスンという音が聞こえた。
「上からもきたのか!? くっそ、ひとが覚悟決めたっていうのに」
屋根を破ろうとしているのかメキメキと木にヒビが入っていく音がし、やがて、上から何かが部屋の中に降りてきた。
「あなたは……鎧さん?」
屋根の破片があたりに散らばり、ホコリが舞う中、そこには赤錆のういた鉄の鎧が立っていた。
鎧の人はわたしたちのことを一瞥したあと、すぐにアンデッドに飛びかかっていった。
「なんだ、あいつ、味方してくれてるのか?」
鎧の人にとって疫病などは意味をなさないようで、アンデッドに近づき鉄の拳を浴びせていった。
骨が折れ、手足が千切れ飛ぶが痛覚のないアンデッドには関係なく、はいずりながらわたし達の方に近づいてこようとしていた。
鎧の人ははいずるアンデッドを踏みつけると、何度も何度も足を振り下ろした。
アンデッドの姿はもはや原型のとどめないほど崩れていて、疫病を振りまくこともできなくなっていた。
アンデッドは再生力が追いつかない程、体を粉々にしてしまうことで倒すこともできるが、その場合魂が消滅してしまい二度と輪廻の輪にもどることはできなくなる。
浄化術にはアンデッドを簡単に倒せるということのほかに、魂の救済という側面も持っていた。
「このままいけば倒せるかもしれぬが、われらのなすことは魂の救済だ。今回は上位種が相手だ。ユミル、補助につけ」
「は、はいっ!!」
「落ち着け、神子であるおまえは十分に力を持っている」
通常、浄化術は、厳しい訓練を受けた上でさらにその中の一握りの人間が可能とするものであった。しかし、神子とよばれる者達は、生まれつき浄化術を扱うことができ、その力は十数年も修行にあけくれた聖職者と同等以上のものを発揮できるといわれていた。
しかし、わたしはいまだに浄化術を上手く扱えず一度も成功させたことがなかった。
「神よ、かの不浄なるものに魂の救済を与えたまえ!!」
近づいたわたしとボルゾイ様の手から白い光が放たれ、アンデッドの体を包んだ。
「ここは……?」
さきほどまで建物の中に立っていたはずだったが、わたしは真っ暗な空間の中にいた。
「ここは、さきほどのアンデッドの記憶の中だ」
横から声がきこえ、ボルゾイ様が立っていた。一人きりなのかと不安だったが、ボルゾイ様の姿をみてほっと安心した。
「ゆくぞ、ついてまいれ」
ボルゾイ様の後をおって、真っ暗な空間を歩いていくと次第に何かが見えてきた。
「あれは、村でしょうか?」
「おそらく、これがあのアンデッドが最期にみた光景なのだろう」
浄化術とはアンデッドのもつ憎しみや怒りなどの負の感情を昇華させ、その人にとってあるべき姿に戻すことで人としての生を終わらせるものであった。
そのため、浄化術を使用するとその人の記憶を断片的に見ることがあった。特に上位種になるほど強い思いを残した記憶は、鮮明に見えることがあると聞いていた。
わたしの目の前に広がる光景では、アンデッドではない普通の人間たちが暮らす村がみえた。
のどかな風景がこの後、アンデッドだらけになると思うと胸が痛くなった。
見ていると、村の入口に一人の旅の格好をしたものが現れ、弱っているようにふらふらとした足取りだった。それを見た村人が一番大きな屋敷の中に入っていった。
『村長様、よそものが来たようですが追い返しますか』
『いや、ちゃんとした対応をとってやれ。親父や祖父のように外部の人間を排除していては、この村に将来などない』
村人に命令を下した男の姿をみると、上位種となったアンデッドと同じ格好をしていた。
「あやつがアンデッドとなったものだ。これから起こることに注意しておるのだぞ」
「わかりました」
場面が変わり墓地が見えた。そこには新しい墓がたくさん並び、沈痛な顔をした村人と村長の姿が見えた。
『なぜだ、どこから疫病が発生したんだ』
他の村人たちも多くが青い顔をして床にふせっている姿がみえた。
『そういえば、あの旅人が死んだときも同じような症状をしていたな。まさか……』
『村長様、奥様が!!』
村長の屋敷では線の細い女性が床に臥せっていて、その顔には紅斑が浮かんでいた。
『おまえまで、なんてことだ……』
『村長様、残念ですが、奥様もすでに発症しているようです』
『いや、まだだ、まだ大丈夫だ!!』
『ですが……』
『いいか、このことはだれにも話すな。教会の連中も呼ぶなよ』
疫病が出た場合の対処法は、発症したものを建物に閉じ込めて全て燃やすというものであった。
それは疫病にかかりまだ生きている人間も燃やすということであり、なかなかすぐに決断できることではないだろう。
さらに場面が変わり、ベッドの上で荒い息を吐く村長の姿が見えた。その顔にも紅斑が浮かんでいた。
『あのとき、よそ者を村にいれさえしなければこんなことにはならなかったはずだ。あれだけよそ者を嫌っていた親父や祖父は正しかったってことか。だけど、よそ者だったというメイドの女の子を成敗したといって自慢している祖父や、なんの疑問も感じずに従う親父のようにはなりたくなかった……』
男は深い後悔の中で苦しみながら、息を引き取った。
先ほどまで見えていた村の光景は消えて、再び真っ暗な空間に戻っていた。
だけど、そんな中にぽつりと一人の人間が立っているのが見えた。
「ユミルよ、あれがアンデッドの正体だ。いまからあれの浄化をはじめる」
『ヨソモノ!! ヨソモノはスベテ殺ス!!』
男の顔は恨みと憎悪によって醜くゆがみ、奇声をあげながらわたしたちに襲い掛かってきた。
「炎よ、死者を土に戻せ!!」
『グアァァァ、熱イ、熱イィィ』
ボルゾイ様が手を男に向かって突き出すと、男の体は青白い炎に包まれ苦痛の声を上げていた。
『オレハ間違ッテイタノカ、ナゼダ、ドウシテ』
やがて、男の体は燃え尽き、わたしの意識は元の世界に戻った。
「もどった……」
目の前には元はアンデッドであった土くれが見えた。
「これで浄化は完了だ。もうじき夜も明けるだろう。それまでにここに立てこもる」
あの上位種の影響でアンデッドが活発化していたようで、屋敷の入口を叩く音は幾分収まっていた。
やがて、夜が明けるとアンデッドたちは自分たちが住んでいた家にもどって休眠状態にはいっていった。
残りのアンデッドは数が多いため、教会に応援を呼ぶことにした。
町に戻ると、教会に連絡をいれたので、じきに到着した聖職者たちによって片がつくだろう。
応援の到着を待っている間、わたしはボルゾイ様に聞きたいことがあった。
「あの…、ボルゾイ様、彼は最期まで苦しんでいました。最期になにか一声かけたほうがよかったでしょうか」
「やめておけ、関わろうとするとやつらにひきづりこまれてもどってこれなくなる。そうすれば、おまえもアンデッドの仲間入りだ」
「はい……」
アンデッドの浄化に関してわたしよりはるかに経験をつんでいるボルゾイ様の言葉は、深くわたしの心にしみこんだ。
到着した応援部隊を村まで案内すると、村の惨状に驚いたあと悲しそうに黙祷を捧げていた。
すべてが片付き、わたしたちは次の町を目指して出発した。
「なあ神子様、たぶんあれ神子様についてきてるみたいですけど、どうしますか?」
ヘンリーさんが後ろを向き、ガシャガシャと音をたてながらついてきている赤錆の鎧を指差した。
「はぁ、やっぱりそう見えますか」
鎧の人には助けてくれたお礼をいって別れたのだけど、ずっとつかず離れずの距離を保ったままでついてきていた。
「ボルゾイ様、少し話をしてきてもいいでしょうか?」
「ヘンリー、ついていってやれ」
ボルゾイ様に待ってもらい、わたしは鎧の人に近づいた。
「あの、鎧さん、わたしどもは旅の途中でこれから別の町に行きます。ですのでここでお別れしましょう」
わたしが話しかけると、鎧の人は頭部分を向けてきた。すると、はっきりとはしないが何かの意思が伝わってきた。
「守る?」
このままついてきて、わたしのことを守るということなのだろうかと思いながら、ボルゾイ様にどうすべきか聞くことにした。
「ふむ、いいだろう。害がないことはわかっていることだし、同行を許可する」
ボルゾイ様の言葉をきき、ハンスさんが驚いた顔をした。
「しかし、このような怪しい者を神子様のそばにちかづけさせるわけにはいきません」
「ハンスよ、あの者の力が必要になるときがくるはずだ」
ボルゾイ様の言葉をきき、神妙な顔でハンスさんがうなづいていた。
「まあまあ、いいじゃねえか。あいつ強いみたいだし、味方になったら頼もしいだろ」
「おまえはアイツに殴られたというのに、なぜそんなに能天気なのだ」
ハンスさんがヘンリーさんのことを呆れた顔をしながら見ていた。
「それじゃあ、鎧さんに話してきますね」
わたしは鎧の人にかけより話しかけると、頭の兜を上下させてうなずいてくれた。
こうして、わたしたちの旅に奇妙な仲間が増えた。