8. 疫病の村
「神子様、起床の時間です」
ハンスさんに揺り動かされて、わたしはハッと目を覚ました。
目をこすり体を起こすと、部屋に差し込んできた朝日に照らされる鎧の人が目に入ってきた。
だけど、その傍らには昨日の夜見たはずの少女の姿は見えなかった。
「鎧さん、お邪魔しました」
出発の準備を整え、昨日と同じ体勢でいる鎧さんにむけて別れの挨拶をしたが、特に反応は返ってこなかった。
「もうよいか? では出発するぞ」
ボルゾイ様が先頭に立って休憩所の扉を開けると、再び荒野にむけて歩き出した。
昼を過ぎた頃ようやく荒野を抜けたようで、青々とした葉をしげらせた木々が見えてきた。
「目的地も近いようだ。日が暮れる前には着くだろう」
荒野をわたってきた目的はとある村に行くためだった。
そこでは疫病がはやりだしたらしく、教会に治療の要請がきて、近場にいてなおかつ治癒術を使えるわたしたちが出向くことになった。
本山の修行で、治癒術だけは指導役からも覚えが早いといわれていて、今回自分の力を役立てられることが嬉しかった。
旅の道中ではみんなに迷惑をかけてばかりなので、ここで名誉挽回といきたいところだった。
森の中の道を歩いていき、日が暮れる寸前になってようやく村を囲う柵が見えてきた。
「よかった、間に合いましたね。神子様、お疲れ様です」
森を進む途中で日が暮れ始め急いだため、息が上がり足元がふらついていた。
「我々は教会の者だ。だれかいないか!!」
ハンスさんが村の入口の前で大声で呼びかけた。
しかし、まるで反応がなかった。
「どうしたんでしょうか、それにもう日も暮れるというのに明りもつけていない」
「誰もいませんね……?」
本来なら、村の守りのために閉じているはずの門も開け放たれていて、人の気配もしなかった。
不審に思いながらも門をくぐり、村の中をキョロキョロと見渡した。
「おかしい……。それにこのよどんだ空気、ここから出るぞ!!」
ボルゾイ様が声をあげたのを聞いて、慌てて門の方を振り返ると、いつのまにか大勢の人影が出口を塞ぐように立っていた。
「こいつら、アンデッドか!?」
そこに立つひとたちのは青白い生気の無い顔をしていた。
さらに、村の家々から人影が次々にでてきて、わたしたちを囲むようにふらふらとした足取りで近づいてきた。
「くそっ、村ごとアンデッド化してやがる。疫病で全滅しやがったな」
出てきた村人の顔には疫病の特徴である赤い斑模様が浮かんでいた。
「だが、連絡をうけてから、まだ一週間だぞ。村人が全滅するには早すぎる」
「知るかよ。とにかく今はここを脱出しねーと」
二人の護衛騎士はボルゾイ様とわたしを守るように、近づいてくるアンデッドを手に持ったモーニングスターで殴り飛ばした。
鈍重な動きをするアンデッドであったが、数の多さに2人は苦戦しているようだった。
さらに殴り倒されたアンデッドは、しばらくすると傷がふさがりまた近づいてきた。
アンデッドのもつ再生力によって、通常の武器による攻撃で倒しきるのは難しいため、2人が使っているような鈍器で動きを封じるのが、アンデッドへの対策法であった。
『ヨソモノ、デテイケ、コロス、コロス』
アンデッドたちはカタコトの口調でうわごとのようにつぶやいていた。
死者であるアンデッドたちに知能はのこっていないが、ときおり生前の記憶にひきづられて話す個体もいる。
それでも、今回のように統率の取れた動きをしてくるなど初めてのことだった。
「ユミル、浄化の仕方はわかっておるな。落ち着いて近くのアンデッドから処理していくぞ」
「は、はいっ!!」
わたしは近づいてくるアンデッドの群れに震えながらも、ボルゾイ様の指示にしたがって浄化を始めようとした。
「か、かの不浄なるもの、に……」
聖句を唱えようとするが近づいてきたアンデッドの怨嗟に満ちた青白い顔をみていると、声がふるえ足がすくんだ。
旅の途中何度かアンデッドの浄化をする場面があったが、いまだに成功させたことがなかった。
「神子様、いったんお下がりください」
立ちすくむわたしを見かねて、ハンスさんがわたしを守るようにアンデッドの前に出た。
だけど、アンデッドたちはわらわらとこちらに群れをなしながら近づいてきていて、どこまで持ちこたえられるかわからなかった。
「くっそ、この数じゃあ退路も確保できねえか」
「そこの家に立てこもるぞ、急げ!!」
どんどん近づいてくるアンデッドたちを振り切るように頑丈な扉をもつ屋敷に逃げ込み、急いで扉を閉じた。
「ふう、どこまでもちますかね」
「このまま朝までもてばよいが、油断はできんな。中にアンデッドが残っていないか確認するぞ」
玄関の扉を群がってきたアンデッドたちがドンドンという扉を叩く音がる音が響いていた。
アンデッドは夜になると活発になり、夜明けを迎えると休眠するという性質を持っている。このまま屋敷の中で夜を明かすことができるかがカギであった。
守りをより強固にするために建物内におかれていた家具などをつかって玄関の扉を塞いだあと、屋敷内にアンデッドが残っていないか探索にでることにした
ここは他の家と比べるとかなり大きめの建物のようで、おそらくこの村の長の屋敷だったのだろうと考えながら、部屋の一つ一つ扉を開けて中を確認していった。
「はぁ……」
屋敷の中を歩きながら、わたしは先ほどの戦いを思い出してため息を吐いていた。
「神子様、オレたちは守るのが任務だ。便利な盾だとでも思ってくれればいいさ」
「そんなわけにはいきませんよ。わたしがもっと上手くやれていれば」
ヘンリーさんがおどけながらいってくれたが、自分の不甲斐なさが情けなかった。
落ち込むわたしをみて、ヘンリーさんは肩をすくめた。
「生きている人間はいないようですね」
屋敷の部屋の中には人が生活していた後が見えたが、部屋の主がもうここを使うことはないだろうと寂しさを感じた。
最期に、2階の奥にある部屋の前にたどり着いた。扉を開ける前から中から何か嫌な気配を感じ、慎重に中にはいった。
部屋の中には丈夫そうな机が置かれ、本棚には本がぎっしりと詰まっていた。
「え、人がいる?」
部屋の奥の窓から、村の景色を見ている男性の背中が見えた。男の身なりはただの村人とは違い、仕立てのいいものだった。
「あの……」
「待て!! 様子がおかしい」
わたしが声をかけようとしたところで、ボルゾイ様に止められた。
「ヨソモノか、またヨソモノがキタのカ」
「っ!?」
こちらを振り向いた男性の顔は幽鬼のように青白く、その瞳には憎悪に満ちていた。