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5. 荒野をさまよう鎧

 サーシャに抱えられたまま屋敷の前に戻ると、とらえられた盗賊たちが手足を縛られた状態で地面に転がされていた。

 村人たちは憎しみをこめた目つきで盗賊たちをにらんでいて、盗賊たちは自分たちにこれから起こることを考えて恐怖におののいていた。


 そんな中で、ひとりの男が大声をあげた。


「オレはわるくねえ!! ただの旅人だ。なあ、違うんだよ、縄を解いてくれよ」


 声の主を見ると、それは馬小屋から姿を消していたはずのガッサであった。


「ふざけるな、てめえが村の門を開けていたのをみたんだよ!!」


 槍を手に持った村人のひとりが矛先を向けながら、ガッサにむけて声を張り上げた。

 そうか、あいつが村の門を開けたせいで盗賊たちが入ってこれたのかと理解すると同時に、あの男を引き入れたのがオレとサーシャであることに気づき、非常にまずい状況であることがわかった。

 サーシャも自分のしたことに気づいたのか、顔面を蒼白にしていた。


「な、なあ、お嬢ちゃん、この前みたいに助けてくれよぉ」


 ガッサは遠巻きにみていたサーシャをみつけると、卑屈な笑みを浮かべながら助けを求めた。

 その言葉をきいた村人たちは、一斉にサーシャをみた。

 事態は最悪の方向に動こうとしていた。


「この前? どういうことじゃ、サーシャ」


 代表するように、村長がサーシャに対して厳しい顔をしながら質問を投げつけた。

 さっきまで村人を置いて逃げようとしていたというのに、助かったわかった途端といつものように尊大な態度を取り出した。

 サーシャが答えるべきか迷っていると、ガッサがしゃべり始めた。


「オレが村の外で倒れているところを、そのお嬢ちゃんに助けてもらったんだよ、な、だからよ、また助けてくれよ」


「それは本当なのか?」


 村長は重々しい口調でサーシャに聞き、サーシャはすこしの間黙っていたが口を開いた。


「はい、わたしが助けました」


 サーシャの言葉をきいた村人たちはざわざわと騒ぎ始めた。

 オレはそのやりとりを歯噛みする思いできいていた。なんで、つっぱねねえんだよ。ガッサのことなんて知らないって……。

 状況は悪くなる一方であるというのに、さらにサーシャは口を開いた。


「旦那様、どうかこの方の命を助けていただけないでしょうか」


「サーシャ……、そうか、わかった」


「旦那様っ!!」


 村長がうなずくのを見て、ガッサを助けてくれるとおもったサーシャは嬉しそうな声を上げた。


「だれか剣をもってこい、この罪人を斬る。こやつが盗賊たちと共謀して村に引き入れたのは明らかだ」


 村長の決定を聞いた村人たちは最初は戸惑ったようだったが、すぐに落ち着くと村長に剣を渡した。

 村人たちはサーシャを中心に囲みを作り、彼女を見る目は罪人を見るもので蔑みに満ちたものだった。


「父上が助けたおまえをこれまで面倒みてきたが、やはりよそ者はよそ者、最初からこうしてればよかったのだ」


「旦那様……」


 サーシャは抜き身の剣を手にもった村長を、目を見開きながら見つめていた。


 いやだ、また、オレは守れないのか。たった一人を守りたいってこの世界に来る前に誓ったじゃないか。


「よいか、村の秩序を守るためには、冷徹になることも必要だ」


「わかりました、父上」


 村長は後ろでみていた息子に語りかけると、サーシャの前で剣を振りかぶった。 

 オレはサーシャの腕から抜け出て、村長の頭にかぶさった。


「なんじゃ、くそ、とれんっ!?」


 オレの頭部のせいで視界がふさがれた村長は手に持った剣を放して、なんとか取ろうともがいていた。

 サーシャ、いまのうちに逃げてくれと叫びたかったが、声にすることができないのがこんなに歯がゆいと思ったことはなかった。


 サーシャはオロオロと周りをみまわすが、村人によって囲まれていて逃げられそうもなかった。

 どうすればいいかと悩み、頭がちりちりと焼ききれそうになっているところに、終わりは突然おとずれた。


「えっ……、あ、あああ」


 サーシャは突然感じた灼熱のような痛みに驚きの声をあげ、腹を押さえて苦しそうに顔をゆがめた。

 サーシャの腹から剣の切っ先がみえ、じわりと血が滲み出しメイド服を赤く染めていった。

 剣が引き抜かれると、血しぶきがあたりに飛び散り、オレの頭にもかかった。


「やりましたよ、父上!!」


 サーシャの背後には、血のしたたる剣を下げて満面の笑みをうかべる村長の息子が立っていた。


 サーシャは力を失ったように、ドサリと地面に倒れた。血がどんどんあぶれていき地面を赤くぬらしていくのがみえた。

 オレは村長の頭から抜け出すと、サーシャの元に転がって近づいていった。


「よくやった、おまえがいれば村の将来も安泰じゃな」


 村長は血にぬれた剣をもった息子の頭をなでて褒めていた。


「罪人は我が息子によって処断された。これから、より一層村の団結を強めていくぞ!!」


「おおーーーーっ!!」


 村長はサーシャの血でぬれた剣をかかげ宣言すると、村人たちも呼応するように声をあげた。

 血と炎で彩られた喧騒の中、オレはサーシャの元にたどりついた。


「鎧さん……ごめんなさい」


 オレにきづいたサーシャは、なんとか力を振り絞るようにゆっくりとオレの方をむいて言葉を搾り出した、血を失い真っ白になった顔からは生気が感じられなかった。

 自分の内側からなにかがあふれ出してくるのを感じた。

 

―――ウ゛ァ ア゛ア゛ア゛ア゛

 

 次の瞬間、人間のものではなく、獣のものとも違ううなり声があたりに響いた。


「なんだ、まだなにかあるのか!?」


 村人たちはその不吉な声に怯えた表情をしながらあたり見ていた。

 サーシャの頭にオレの頭部が重なり、散らばった鎧の破片がサーシャの体を中心にして集まり始めた。

 やがて、サーシャの体を中に入れた状態で鎧は元の姿に復元した。


「ひぃ、ば、化け物……」


 村長はオレの姿をみて、短い悲鳴をあげながら距離をとろうとした。あの魔術師の攻撃で粉々になったオレをみて死んだと思っていたのだろう。


「助けてくれ、わしが悪かった。謝る、このとおりだ」


 村長は先ほどまでの尊大な態度をかなぐり捨てて、地べたにはいつくばり地面に頭をこすりつけた。

 そんな醜態をさらす男のことを見ていると、心が憎悪と怒りでぬりつぶされそうになりながらも、サーシャを助けたいという考えだけが残っていた。


 オレはすばやく飛び上がり人々の囲いを抜けると、村から出て行った。

 いままでみていたところ、この村には医者はいないようで、別の村にいって、はやく医者を見つける必要があった。

 だけど、別の村の場所など知るはずもなく、オレはがむしゃらに突き進むしかなかった。


 村の周りにはえている木々の合間を駆け抜けながら、オレの心は焦る気持ちで一杯だった。


 そんな中で、サーシャの声が聞こえてきた。弱々しい声だったが、オレのがらんどうの体の中で反響してよく聞こえた。


「鎧さん、最期までつき合わせてごめんなさい」


 最期なんていうなよ、絶対に助けるから。


「鎧さんと出会ってからは毎日が楽しかったです。なんだか、家族ができたようで」


 これからもっと楽しいことがまってるはずだ。お前も村の外の世界を見てみたいっていってただろ。


「もしも鎧さんが家族だったら、お父さんって感じじゃなくて、なんだかお兄ちゃんって感じですよね」


 父親でも兄でもなんにでもなって、ずっと一緒にいてやるから!! だから、死なないでくれ……。


「一緒にすんで、仕事から帰ってきた鎧さんをおかえりって言って出迎えてみたかったです。いつも、わたしが倉庫にいってましたからね……、ゴホッ、ガハッ」


 サーシャは血が肺にはいったのか、咳き込みながら血を吐いた。


「ねえ鎧さん、最期に聞いてくれますか?」


 サーシャの声は、今にも消え入りそうなほど小さいものになっていた。


「ありがとう……」


 その言葉は、オレの手で首を絞められながらも、妹が息も絶え絶えに口にした最期の言葉と一緒だった。

 

 その言葉を最期に何も話さなくなったサーシャを鎧の中にいれたまま、走り続けた。

 鎧のすき間からは血があふれ出て、もとは鈍色だった鎧は真っ赤に染まっていった。

 森を抜け、荒野に入り、昼も夜も走り続けた。

 



 

 そこはとある町の夜の酒場、旅の衣装で身をつつんだ若い男が入ってくると、カウンター席に座った。


「よう、なにか一杯もらえるかい」


「ほらよ」


 あごひげをはやした初老の店主は、ぶっきらぼうに男に酒の入ったカップを出した。

 男はうまそうに酒を飲み干すと、店主に話しかけた。


「なぁ、この辺でなにか面白い話ってないかな」


「知らんな。ここで聞けるのは酔っ払いのたわごとばかりだ」


「そういわずにさ、オレってこれでも旅の吟遊詩人でさ。いろんな話をきいて歌をつくらなきゃ、飯もくえねえんだよ」


 男は背負っている弦楽器を指差して、店主に見せ付けた。


「ふん、だったら、そこの男にでも話をきいてみな」


 店主は酒場の奥まったテーブルで、しかめっつらをしながら一人で酒をのんでいる老人を、あごでしゃくって示した。

 男は店主に酒を注文して、カップを両手に持ちながら、老人の座っているテーブルに近づいた。


「じいさん、どうだい一杯、オレからのおごりだ」


「ん」


 老人は短く返事をすると、男が差し出したコップを受け取った。


「じいさん、この辺のこと大分詳しそうだね。なにか聞かせてくれよ」


「赤錆の騎士……」


 老人はぽつりとつぶやいた。


「なんだいそりゃ。面白そうな響きじゃねえか」


「荒野をさまよう赤いサビの浮いた鎧をきた騎士の話だよ。この辺じゃあ、子供でも知ってる話さ」


「へぇ、詳しく聞かせてくれよ」

「大した話じゃないさ。子供には悪さをしたら赤錆の騎士がくるぞって脅し文句につかってるぐらいだ」


 老人の言葉をきいた男は、ただの作り話かとおもって肩透かしをくらった気分になった。


「だが、ヤツは実際にいるぞ。ワシも若い頃から実際に何度か見たことがある。ヤツは街から離れた荒野をひたすら歩き続けていた。向かう先には何もないのにな」


「それは怖いな。そいつの目的とか正体とかは知ってるのかい?」


「知らんな。あるやつはあの中身は空っぽだとか、別のヤツは古代の英雄の亡霊が敵を求めてさまよっているだとかいってる」


「それは俄然興味がわくな、なんだかいい歌ができそうだ。ありがとなじいさん」


 男は老人に礼をいうと、店主に歌を披露してもいいかと聞き、店の中央に陣取ると楽器を静かに奏で歌い始めた。


 その歌は荒野をさすらう騎士のことを、寂しげな曲調で歌うもので、夜の町に響いていった。 

ここまでが鎧の物語となっています。次回からは新しい展開に入ります。

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