49. 救出への道のり
キテラと共に本山を目指して1週間がたった。
できれば、本山に神子様を連れて行かれる前に追いつきたかったが、どうやら1日前に本山に先に入られたことを知った。
本山の厳重な警備の中どうやって、神子様を連れ出そうかと悩んでいたが、キテラには考えがあるようだった。
そして、キテラと共に本山近くの町までやってきたところで、キテラが突然買い物に行こうといいだした。
「なにかまだ必要なものがあるのか?」
「わたしは必要ないけど、むしろ、このメンバーだとあなただけが必要な感じかしらね」
キテラのもってまわったような言い回しに嫌な予感を感じながらも、立ち寄った店で購入したのは防寒具だった。
本山があるのは雪山だが、そこまで高い標高をのぼることはなく、ある程度着込めば問題ないはずだった。
「なあ、これって、まさか」
「そうよ、山越えをしてもらうわ。本山に入るのに、別のルートをつかうからね」
用意したのは、雪山をこえるような本格的な装備だった。
本山への正面の道は整備され、人がとおりやすいものとなっていたが、キテラが選んだのは山の裏側から入るルートだった。
オレは全身を毛皮の防寒着に包まれて、人がとおることのないような獣道を進んでいた。
膝下まで伸びた草を掻き分け、木の枝に頭をぶつけないように進んでいるうちに、ハァハァと息が切れてきた。
一方で、キテラはまるで山にすむ獣のようにひょいひょいと進んでいた。進む方向にも迷いがなく、まるで知っている道を通るかのようだった。
キテラと鎧のヤツはアンデッドだから疲れとは無縁だと思うが、道化師の仮面の男もまるで疲れを感じさせない足取りで淡々と着いてきていた。
あの町で瘴気にさらされても平然としていたようだったし、もしたしたらこいつもアンデッドなのかもしれない。
「あら、もう息があがってしまったのね、不便ね。人間って」
荒く息を吐くオレをみて、キテラが口の端をあげて笑っていた。
「大丈夫、だ、早く行かないと神子様がやばいんだろ」
「そう、がんばるのね」
オレは精一杯強がるように笑って見せると、キテラはまた前を向いてズンズンと進んでいった。
やがて、日が落ちてあたりが暗闇に包まれていった。
木々によって月明りもさえぎられて、目をこらしても足元がようやくみえる程度だった。
「さてと、ここで朝まで待ちましょうか」
適度に開けた場所を見つけて、木の幹に背を預けてどっかりと座り込んだ。
足が棒のようになっていて、しばらく立ち上がりたい気分になれそうもなかった。
「この分なら、明日には目的の場所につけそうね」
「ずいぶんとこの辺りには詳しいんだな。それに教会の内情やら歴史に詳しいみたいだし」
「そりゃあ、わたしも元は教会の人間だったからよ」
「はぁ!?」
「教会を立ち上げるときもアイツと一緒に活動してたし、200年ぐらいは教会にいたわね。だけど、アイツの方法にはついていけなくなって、途中で別れたんだけどね。そうしたら、異端認定して教会から指名手配よ」
ほんと参ったわよといいながらキテラは肩をすくめた。
「なんかあるとは思ったけど、お前も大変だったんだな」
「まあ、ね。色々あったわ……」
遠い目をするキテラを横目に、荷物から携帯食料を取り出した。
オレだけ食べるのも気がひけるので、キテラたちにも聞いてみることにした。だけど、こいつはアンデッドなわけだし、どんなものを食べるのかというのにも興味があった。
「ところで、おまえらは、なにか食べるか?」
「なあに? アンデッドだからって気遣っているのかしら」
「おまえと話してると、なんかアンデッドと感じしなくてな。普通にしゃべれてるし、人間おそわねーし」
「アンデッドにも段階があるのよ、瘴気のせいで理性を保てなかったやつが通常のアンデッドね。そこからさらに瘴気を大量に取り込んだのが上位種よ。それで、上位種になりながらも理性をたもっているのがわたしみたいなやつらね。変異種とでも呼べばいいかしらね。まあ、これはわたし以外にはアイツしかいないけどね」
「へえ、なんかすごいアンデッドってことでいいんだな」
淡々と説明するキテラを見ていると、今度はキテラから質問してきた。
「それで、アンデッドであるわたしにあなたは、何をごちそうしてくれるっていうのかしら?」
「アンデッドって何食べるんだ? 生肉とかか」
「やめてよね、そんな生臭いものなんて食べたいとおもわないわ」
「じゃあ、まさか、野菜か?」
「ほんと短絡的ね、アンデッドは瘴気さえあれば活動し続けられる。食べておなかにいれても消化なんてできないわ」
キテラは呆れたように半眼になってオレを見ていた。
「ああ、でも、生きている人間にも瘴気はあるのだから、あなたももしかしたら食べなくても大丈夫なのかもしれないわね」
「いぃっ!? オレの体に瘴気がはいってるのかよ」
「そうよ、今の世界で瘴気を体内にもっていない人間なんていないわよ。ただ、たまっている瘴気の量に違いがあるだけで、その瘴気の量が一定量をこえると、アンデッドとなる。この前の町でアンデッド化した人間たちは瘴気を取り込みすぎたから、ああなったのよ」
オレは自分の体を見下ろして、この体にも瘴気があるのかと思うとゾッとした。
「安心しなさい、元神殿騎士であるあなたは普通の人間より瘴気への耐性が高いから、普通に過ごしていれば老衰するまでアンデッド化することはないわ」
「そ、そうか。ところで、その耐性ってのはなんだ」
「瘴気が入り込んでいくとアンデッドになって、やがて瘴気の受け皿となる魂が壊れる。で、この受け皿がどれだけ瘴気をためられるか、個人差があるのよ。そして、多量の瘴気を吸い込んでも耐え切れるものを教会は“神子”と呼ぶようにした」
ここでいきなり神子という名前がでたことに驚きながら、話の続きをきいた。
「さらに神子は瘴気を浴び、浄化することによってその耐性を伸ばすことができる。だから、神子として選ばれたものには修行の旅と称して、各地で発生したアンデッドの浄化に向かわせられた」
「それじゃあ、これまでの旅は……」
「そうよ、神子の瘴気への耐性を伸ばすためだけのものだった。そこに崇高な使命とやらはないわ」
人のために役立ちたいといってがんばっていた神子様のことが無碍にされたようで、やるせない気持ちになった。
「そして、成長した神子をつかって女神から放たれる瘴気と呪いをせき止めている。おそらく、今ごろはあの神子もその身に瘴気を受け止めているのでしょうね」
「そんな!? それじゃあ、神子様はアンデッドになるっていうのかよ」
「落ち着きなさい、明日の日暮れまではもつはず。今は明日に備えて体を休めなさい」
焦るオレに、キテラは静かな口調で話しかけてきた。
だが、休めといわれても気ばかりが焦って落ち着かなかった。
そんなオレの前に、キテラが手を差し出してきた。その手の平の上には、陶器のような白いペンダントが2つのっていた。
「これから、行く先は生身でいったら間違いなく瘴気に体を蝕まれるだろうから、先にこれを渡しておくわね」
どこかでみたことのある首飾りだった。
「これは、まさかタリスマンか」
「あんな粗悪品じゃないわ。昔、わたしが残していった技術を流用してつくったみたいだけど、あんなの失敗作もいいとこよ」
どうも機嫌を損ねたようで、キテラはぶっきらぼうな口調になっていた。
「タリスマンには瘴気を吸い取りためこむ性質を付与していたみたいだけど、これは装着者への瘴気の流入を防ぐわ。神子がアンデッド化しそうになってたら、それをつけてやりなさい」
「わかった、ありがとな」
礼を言いながら、一つを自分の首元にぶらさげ、もう一つを懐にしまった。
「それと、こっちも渡しておくわ。もしものときのためにね」
キテラは茶目っ気を含む笑みを浮かべながら、ソレを渡してきた。
夜が明けてが空が白み始めたころに、また山を登り始めた。
山を登っていくに連れて、木々の高さが低くなり、気温が下がっていくのを感じた。
やがて、視界の端に1年前まで自分がいたはずの本山の建物が見えてきた。
かなり離れているはずだが、それでもあの巨大な石造りの建物はその威容を見せつけていた。
本山をじっと見つめているオレに、キテラが声をかけてきた。
「教会に戻りたくなったのかしら?」
「いや、ただ、懐かしくなってな。悪い、先へ進もう」
「それなら、いいわ」
首を横に振りながら返事をし、キテラの後をついていった。
そういえば、こいつも教会に昔いたって言ってたが、前を歩くキテラからは特にこれといった感情はよみとれなかった。
本山を大きく回りこむようにして進んでいると、道らしきものが見えてきた。しかし、長らく人に使われていないようで、下草でほとんど埋もれていた。
「ここは、一体……?」
さらに進んでいくと、民家のような建物が見えたが人の気配もせずに、朽ちるに任せた状態になっていた。
いったいどれだけの年月がたったのかわからないが、屋根や壁が崩れ、家の形を保てていなかった。
「ここはかつて村だった場所」
キテラは感情を押し殺すような平坦な声でぽつりとつぶやいた。
「そろそろ近いわ、ペンダントは忘れずにつけているわよね」
「あ、ああつけているけど、さっきから見えている黒いもやみたいなのはなんだ?」
「それが瘴気よ。どうやら、そのペンダントには瘴気を可視化させた効果もあったみたいね」
「これが、瘴気なのか……」
神子様や神官にしか見えない瘴気を、初めて目にすることができた。
それは禍々しいものにしか見えず、こんなものが世界のあちこちで発生しているのかと思うと顔が強張った。
(そうか、こんなもの見てれば、なんとかしなきゃって思うよな。だから、神子様はあんなにがんばっていたのか)
瘴気が漂う中、ボロボロになった民家の間を進んでいくと、やがて見晴らしのいい場所にでた。
そこからは、周囲にひろがる山々が一望でき、こんなときでなければその絶景を楽しめただろう。
そして、そこには探していた少女の姿を見つけた。
「神子様!!」
神子様は風化してボロボロになった墓の前にひざまずいて、まるで祈りをささげているような格好をしていた。
しかし、オレの呼びかけにピクリとも反応せずに、祈り続けていた。
「どうやら、間に合ったようね。まだ、神子は人間のままよ」
「はやく、助けないと」
神子様に近づこうとしたところで、2人がオレたちの前に立ちはだかった。
「ハンス、それにボルゾイ様も……」
教会の白い外套と銀色の鎧に身を固めたハンスと、白いローブ姿のボルゾイ様が立っていた。




