42. 旅の終わり
突然の言葉に驚きながらも、なんとか障壁の展開が間に合った。
次の瞬間、目の前が真っ白に染まり地面が衝撃でゆれた。
やがて、衝撃によって舞い散った土煙が収まると、人影が2つ見えた。さらにその後ろには教会の神官や神殿騎士たちがずらりと並んでいた。
「ボルゾイ様……」
「まさか、アンタが出張ってくるとはね」
キテラはボルゾイ様のとなりに立つ少年に鋭い視線を向けていた。その姿は、先ほどの異形の影を浄化したときに見えた少年と同じものだった。
「ひさしぶりだね、キテラ、この前会ったのは、いつだったかな」
「はん、長生きしすぎてボケたんじゃないの」
「それはお互い様だろ。キミもボクも同じだけ生きているのだから」
「生きている、ね」
お互いに笑みを浮かべながら話しているが、その間に流れる空気は険悪なものだった。影の浄化のときに見えた二人は仲むつまじい様子だったのに、一体何があったのか予想がつかなかった。
「ユミル、本山への帰還命令がでた。戻れ」
本山への帰還ということは、ここで旅が終わりだということだった。しかし、わたしはボルゾイ様にどうしても問わずにはいられなかった。
「ボルゾイ様……、お答えしていただきたいことがあります。今回のアンデッド騒ぎは教会の起こしたものなのですよね」
「……なぜ、そう思った」
「人をアンデッドにするという薬、さらに瘴気をためこむというタリスマン、こんなものを一般人がつくれるはずがありません。瘴気について長年研究してきた教会がつくりだしたとしか考えられません」
「……」
「さらに、今回の騒動の最中の教会の動きも、事態の収拾のために積極的に動いているように見えませんでした。むしろ静観を決め込んでいるようにすら見えました」
ボルゾイ様は眉をピクリと動かした後、沈黙を保っていた。
「教会に疑問を感じることができるとはなかなか優秀なようだな、今回の神子は。たしかにあれらは教会がつくりだしたものだ」
「あなたは、一体……」
ボルゾイ様の代わりに傍らにいた少年が落ち着いた声が話し始めた。
「アンデッドや瘴気への対処方法は教会内でも長く研究されているテーマでね、その成果の一つがキミの見た薬やタリスマンだ。だが、先日、それらを持ち去ったものがいた。追っていった先に、そこの魔術師がいたというわけさ」
少年はキテラに視線を向けた。そして、キテラは特に反論もせずに無表情でいた。
「キテラ、今聞いたことは本当ですか?」
「どうでしょうねぇ。ただ、ここにタリスマンとかいうあの欠陥品があることは知っていた」
「そうですか……」
何かをあきらめた様子のキテラを見ながら、わたしは自分の考えをはっきりと口にした。
「申し訳ありません。わたしは教会にもどりません」
「そいつはアンデッドだ。キミはアンデッドを信用するというのかい」
「わたしはキテラを信用します」
「あなた……」
キテラは目を開きながらわたしを見ていた。
「浄化が完了した後の神殿騎士の登場、すべて都合がよすぎます。まるで、最初から準備していたように。おそらく、教会はタリスマンの情報をわざとあたりにばらまいた。情報を得たキテラは、罠とわかっていても来ると踏んでいたのですね。そして、予想通りキテラが現れた」
「くっ、ふふふ、あははははっ」
少年が大声で笑い始めた。
「だれもが道化師のように踊っているだけかと思っていたが、さすがに少しでも事情をしっている人間にはわかってしまうか。だけど、今回の騒動の本当の目的まではわからなかったようだね」
「ふんっ、大方、あのタリスマンの性能実験ってところでしょう。10年前のあの町でも似たようなことをしてたようだし」
「さあ、どうだろうね」
キテラの言葉に、少年は不敵な笑みを浮かべた。
「魔術師キテラ、貴様を浄化する」
少年がさっと手を挙げて合図をすると、神殿騎士たちが武器を構え、わたしたちを包囲し始めた。
そんな中で、キテラは呆れたように半眼になりながらわたしをみていた。
「あなたバカなの?」
「だって、あなたはまだやり残したことがあるのでしょう? それに、まだまだ教えてもらってないことがあります」
「まあそうだけど……。はあ、これで自分の立場が悪くなると考えないのかしらね。神子、あなたはどうするの? こうなった以上、教会にいずらいでしょう」
「わたしはわたしなりの方法で人々を安心させる方法を探ってみます。今回のことで神子というものについて考えさせられました」
「じゃあ、オレもいきますよ」
「ヘンリーさん?」
「オレは神子様の護衛ですからね。お供しますよ」
「やれやれ、余計なのまでついてきたわね」
キテラは処置なしといった感じで首を横に振った。
「神子は魔術師によって惑わされている。神子を傷つけぬように、魔術師を押し込め!!」
ボルゾイ様の号令の元、神殿騎士たちが盾を構えながら一斉に詰め寄ってきた。
「ピエール、やつらを止めて」
「オレも手伝うぜ。同僚と争うのは気が引けるが、ここは通さないぜ」
キテラの命じるままにピエールさんが前に進み出ると、神殿騎士たちの前に立ちふさがった。その横にヘンリーさんと鎧の人も武器を構えて迎え撃つ姿勢に入っていた。
「この、異端者め!!」
神殿騎士の一人が、押しのけるように盾による打撃をピエールさんに加えた。
しかし、まるで苦痛を感じない様子で神殿騎士につかみかかると、人間離れした力によって投げ飛ばした。
「なんだ、こいつ!?」
その様子をみた神殿騎士たちは警戒しながら道化師を取り囲むが、懐から取り出したのは手品に使用していたナイフだった。近づこうとするものへ投げつけ牽制し、寄せ付けないようにした。
「踊れ、踊れ、その内に潜む淀みよ」
「ぐっ、魔術か」
ピエールさんの攻撃によって生まれたスキを狙って、キテラが言葉を紡ぎだすと神殿騎士たちが一斉に苦しみだした。
「ハンス、いまだ!!」
ボルゾイ様が合図をしたと思った瞬間、建物の影からキテラに襲い掛かる人影が見えた。
「ハンスさん!?」
「キテラ、またおまえのせいで人々の生活が危険にさらされた。今ここでおまえを倒す」
「元気な坊やね」
ハンスさんによって打ち下ろされた武器を、キテラは障壁によって受け止めていた。
しかし、ハンスさんは盾と武器を唐突に手離すと、障壁に手を当てた。
「まさか……、おい、ハンスやめろ!!」
ハンスさんの様子をみたヘンリーさんが焦ったように声をあげたが、構わずハンスさんは続けた。
「主よ、我が魂をもって彼の不浄なるものを滅したまえ!!」
聖句を唱えると、ハンスさんの体から強烈な白い光を発せられた。
「神殿騎士が唯一使える奇跡か……。自分の魂を犠牲にして発動することで、対象を浄化するというものだけど」
光は小さくなり、奇跡は発動しなかった。
「なぜだ、なぜ、発動しないのだ!!」
「ばかね。それはわたしには効かない」
キテラは無表情でハンスさんの胸につけた甲冑に手を当てた。
「出直してきなさい」
「グハッ」
キテラが手から発生させた衝撃波によって、ハンスさんの体は吹き飛ばされ地面に転がった。
「くそ、逃がすか、絶対に、おまえだけは……」
ハンスさんは土まみれになり、体をふらつかせながら立ち上がろうとした。
「さあ、遊びの時間は終わりだよ」
ハンスさんの様子に気をとられているスキに、あの少年がキテラのすぐ近くまで来ていた。
「キテラ!!」
少年が右手を抜き手の形にしながらキテラの胸部めがけて打ち込もうとしていた。刺さる寸前に障壁を作り出し、なんとか防ぐことができた。
「ちっ、まずは神子から黙らせるか」
少年は反転するとわたしめがけて、勢いよく突っ込んできた。
「主よ、襲いくる脅威から……」
「遅い!!」
「ぐ、かはっ」
聖句を唱えている途中で、みぞおちに掌底を叩き込まれ息ができなくなり、胸を押さえながら崩れ落ちた。
「神子様!!」
苦痛でゆがむ視界の中でヘンリーさんが焦りながらこちらに走り寄ろうとしていた。
だけど、それよりも先に怒りに気配をにじませた大きな影が少年に襲い掛かった。
風切り音を出しながら、鉄の拳が少年の頭めがけて振り下ろされた。
「おっと」
当たれば人の頭など果実のようにはじける鎧の人の攻撃を、少年は片手で軽く受け止めた。
「女神よ、我に力を」
(あれは、聖句? でも、女神に対して祈りを捧げるなんて聞いたことがない……)
少年の体が赤い光に覆われたと思ったら、その姿が掻き消えた。
次の瞬間には、ドンッという衝撃音が響き鎧の人が吹き飛ばされ近くの建物にめり込んだ。
「な、なんだ、いまのは!?」
助けに入ろうとしていたヘンリーさんは呆然とした表情で、吹き飛んでいった鎧の人を見ていた。
「キミも悪い子だね」
少年はヘンリーさんに向ってゆっくり歩をすすめようとしていた。
「ま、まって」
「ん、まだ意識が残っていたのか」
沈み込もうとする意識をつなぎとめて、なんとか上半身だけ起こして、少年の服の裾をつかんで止めようとした。
「おねがい、手をださないで。わたしが本山にいきます」
「そうはいっても、アイツを逃がすわけには……って、ははは、相変わらず逃げ足だけは速いな」
いつのまにかキテラの姿はいなくなっていた。
「まあ、いいか。神子さえ手に入れば、アイツが何をしようと関係がなくなる」
独り言をつぶやいたあと、わたしに手を伸ばそうとしたとき、鎧の人から激情とともに瘴気があふれ出すのを感じた。
「鎧さん、ダメ……」
異形の影から大量に瘴気を取り込んでいる状態で、さらに自身から瘴気を生み出したら、そのとき鎧の人の魂は完全に壊れてしまうだろう。
「主よ、彼の者の動きを封じたまえ」
残っている力を全てこめた光の鎖が、鎧の人の体に絡みつき、その動きを封じた。
鎧の人からは困惑する感情が伝わってきて、瘴気が収まるのを感じて安心した。
「鎧さん、ここまで、ありがとう、ございました」
薄れ行く意識の中で、その言葉だけを言うことはできた。
思えば、鎧の人はこれまでわたしを守ってくれていたけど、その理由はわからずじまいだった。
だけど、彼から伝わってくるのは守るという意思だった。もしかしたら、それが彼のアンデッドとなったときの心残りだったのかもしれない。
できることなら、彼を縛っているものから解放させたかった。
こうして、わたしたちの旅は終わりを告げた。
『道化師』編終了です。
主人公の妹も、サーシャも『ありがとう』といっていなくなりました。
そして、ユミルも『ありがとう』という言葉を残して目の前から去っていきました…。
このときの主人公の心境はどうなっていたんでしょうね~
この話の結末どうなるんでしょうか。もうこの時点でプロットから大幅にずれてきてるので、作者にもよく分かっていません^^; (何度も書き直したせいでボツ原稿の山ができています)
次回から最終章です。たーのしー




