39. 幸福教導師の葛藤
朝起きると体が重く、だるさを感じた。最近は体の不調が続いていた。
町の様子もおかしく、物騒になっていた。そのせいか急に信者が増えてきたが、皆タリスマンを求めてきた。
これが本当に私のしたかったことなのだろうか。
初めは、あの町でみた地獄を繰り返さないためにも、教会に頼らないで済む方法を人々に教えたかった。
そのためにも、教会に負けない地盤を築く必要があった。焦っていたのかもしれない、それで、あのような怪しい男が持ち込んできたタリスマンを布教の道具として使ってしまった。
今となっては過去の行動が正しかったのかわからない。だが、もうすでに事は始まってしまったのだ。
既に、ほとんどのタリスマンは残っておらず、さらに増えようとする信者たちへの対応として寄付金を跳ね上げることで入りにくくしていた。
本末転倒もはなだたしいと苦笑を禁じえなかった。
そういえば、昨日見たシスターの格好をした少女、あの子も教会の正しさを信じているのだろうと思うと不憫に思えた。
あの町にいたシスターも同じように教会の正しさを信じたまま死んでいった。あの子も同じ目に会わなければいいと願うばかりだ。
とりあえず、今日もやってくる信者たちの不安を少しでも取り除けられるようにしよう。
重い体をベッドから起こし、玄関の扉にかけた閂をはずすために玄関に向かおうとしたとき、急に何かにヒビが入ったような音が聞こえた。
どこから聞こえたのかと思いキョロキョロとあたりをみわたし、さらに音が聞こえ発生源がタリスマンにあるとわかった。
首元に下げたタリスマンをみると、昨日まではなかったタリスマンに細かなヒビが入っていた。
一体なぜと、困惑しながらタリスマンを見ていると、さらにヒビは進行し、そして真っ二つに割れた。
そして、割れたタリスマンのなかから、何かがでてくるのを感じた。
これは、この感じは、あの町で感じたものと一緒だった。
姿勢を維持していられないほどの倦怠感が体を襲い、気がつけば床に倒れていた。
助けを求めるために声を上げようとするが、出てくるのはかすれた息切れ音のみだった。
次第に胸が苦しくなり、息を吸い込むことも困難になってきた。
ああ、せっかくあのとき、あの奇妙な少女に助けてもらったというのに、こんなところで死んでしまうのだろうかと口惜しさを感じながらも意識が闇の中に沈んでいった。
◇
教会を出た後、幸福教の聖堂に向かっていた。
空は昼にも関わらず霞がかったように薄暗かった。これも瘴気の影響なのだろうけど、ここまでのものは初めてだった。
幸福教の導師に話をつける前に、証人となる男の人を見つけることはできなかったが、事ここにいたっては、そんな悠長なことをいっていられなかった。この事件の中心となるだろう導師の口を割る必要があった。
聖堂前にたどり着くと、建物の前に人だかりができているのが見えた。
「おねがいします。導師様、どうか私どもをお助けください!!」
人々は必死の形相で、建物の玄関扉を叩いて助けを求めていた。
おそらく、幸福教の信者なのだろう、そして、その胸元にはタリスマンがぶら下がっていた。
タリスマンには無数のヒビがはいった状態で、すぐに割れてもおかしくなかった。
「げっ、あいつらまだタリスマンつけてやがる」
「説得してる暇はありません、タリスマンごと瘴気をを浄化します」
信者たちは急に近づいて来たわたしたちをみてギョッとした顔をした。
「そのタリスマンは危険です。すぐにはずしなさい!!」
「え、でも……」
警告をしたが、予想通りすぐに捨てる様子もなかったため強行手段にでることにした。
「主よ、かの偶像物を清めたまえ!!」
奇跡の発動によって、タリスマンが浄化の光に包まれた。そして、タリスマンに決定的なひびが入りばらばらに砕けた。
砕けたタリスマンの破片を見て唖然としていた信者たちは、わたしに食って掛かってきた。
「た、タリスマンが、なんてことをしてくれたんだ!!」
「そのタリスマンは大量の瘴気を溜め込んでいます」
「そんなことあるか、このタリスマンは瘴気を防いでくれると導師様はいっていたぞ」
「では、その導師は今どうしているのです」
「それは……。いつもならこの時間は入口を解放しているはずなのだが」
信者たちは固く閉じられた聖堂の扉を見て黙りこくった。
「その中にいるのですね」
ヘンリーさんが扉に手をかけてゆすってみるが開きそうもなかった。
「開かない、中から閂をかけてるようです」
「ヘンリーさん離れてください。今からその扉を吹き飛ばします」
「うえぇ!? 神子様っ、ちょっと待ってください」
慌ててヘンリーさんが横にどいたのを見てから、わたしは聖句を唱えた。
「主よ、我らの前に立つ障害物を排除したまえ」
奇跡の発動によって衝撃波が飛んでいき、分厚い木でできた扉は吹き飛ばされ、大きな音を立てながら部屋の中の壁にぶつかった。
「おっかねえ……」
「いきましょう」
ヘンリーさんが何かいいたげな顔をしていたが、先を急ぐことにした。
聖堂の中は広く、白を基調としてところどころを金で装飾されていて華美な印象を与えるデザインとなっていた。部屋の中央壁際には祭壇と幸福教のシンボルが設置されていて、普段はここで導師が信徒たちに説法をしているのだろう
しかし、現在は無人でガランとしていた。
「奥に部屋がありますね。いってみましょう」
ヘンリーさんが先行して、部屋の奥に続く扉に手をかけて中に入っていった。
わたしも続いて中に入った瞬間、部屋の中が瘴気で充満しているのを感じた。
「う、ぐ、うぅ」
部屋の床には苦しげにうめく男が倒れていて、その傍らにはタリスマンの砕けた破片が散らばっていた。
「こいつは導師か!?」
「浄化します。主よ、淀んだ気を清めたまえ」
男の格好は金糸を刺繍したローブを着たもので、依然見た導師だった。濃い瘴気にさらされたことでアンデッド化の兆候が現れていた。
すぐさま部屋内の瘴気の浄化を完了させると導師の表情がやわらぎ、アンデッド化する前に浄化が間に合ったことがわかった。
「おい、起きろ」
ヘンリーさんが床に倒れて気を失っている導師の頬をペチペチとたたくと、やがてまぶたがうっすらと開いた。
「……おまえは、教会のやつら!? 何をしにきた」
男はガバリと身を起こすと警戒のまなざしを向けてきた。
「あなたに聞きたいことがあります」
「なんだ、タリスマンが欲しくなって改宗する気になったか」
「ちがいます。そのタリスマンについてです。それはあなたのつくったものですか?」
「何故そんなことを教えねばならんのだ」
頑な姿勢をとってくる導師に、ヘンリーさんが呆れたように話しかけた。
「あのなぁ、そのタリスマンのせいで町に瘴気があふれてるんだ」
「バカな!! うそをつくでない。これは瘴気を防ぐもののはずだ」
「じゃあ、おまえはなんで倒れてたんだよ。そこのタリスマンの残骸はなんだ」
「それは……」
「そのタリスマンが急に割れて、気分が悪くなって倒れたんじゃないのか」
「ぐ、なぜわかるのだ」
「他のタリスマンもおんなじことになってるんだよ。だから、そのタリスマンについて聞きにきたわけ」
「教えてください。一刻も早く町の人々を助けるためにも」
「むぅ……、だが」
「おい、いまさら金儲けのタネがなくなるのがいやだというんじゃねえだろうな」
「ちがう!! 私とて、ただみんなに安心を与えたかっただけなんだ。笑顔が人々を救うという教義にウソ偽りはない。寄付された金にも手をつけていない」
「教会とて、人々を助けたいというのは同じです」
「いまさら、そんなことを信じられるか。教会の人間など!!」
導師は苦々しげに口を歪めながらこちらをにらんできた。よほど、教会との間に何か軋轢があったのだろう。
しかし、わたしもその目をまっすぐに見返した。
「ずいぶんとキレイな目をしてるな。とても教会の人間とは思えない……。はぁ、いいだろう」
導師は少しの間迷い重いため息を吐き出すと、とつとつと語りだした。
「……そのタリスマンは、ある男からもらったものだ」
「誰ですか、それは?」
「わからない、ある日突然やってきて、入信者かと思って対応したら、布教のために役立ててくれといって置いていった。瘴気が体内に入るのを防ぐという効果と聞いて半信半疑だったが、とりあえず信徒たちに配ったら、体が軽くなったものや病気が治ったなどということを聞くようになった。それからも、定期的にタリスマンをもってきては置いていき、元はタダなのだからと配っていった。いつからか、ウワサをきいた人々がタリスマンを求めてくるようになった」
「それで、今に至るってわけか。タリスマンをもってきた男の特徴は?」
「特にこれといって特徴はなかったが、そういえば……」
そのとき、外から悲鳴が聞こえてきた。
「神子様!!」
「すぐにいきましょう」
ヘンリーさんに目配せをかわした後、急いで外に向かっていき、後ろから導師もついてきた。
外には多数のアンデッドがうごめく姿が見えた。
「昼間なのに、アンデッドが動いているだとっ……!?」
「おそらく濃い瘴気に誘発されてアンデッドが動きだしたのでしょう」
導師が驚きながら道を歩くアンデッドを見ていて、 多数のアンデッドたちが群れをなしてこちらに向かってきていた。
「みなさん、聖堂内に入ってください!! ヘンリーさん、鎧さん、アンデッド避けの結界陣を建物に張るので時間稼ぎをお願いします」
「了解しました!!」
「信徒たちよ、中に避難するのだ!!」
「ど、導師様ぁ」
恐怖のせいか動けずにいた幸福教の信徒たちを、導師が聖堂内に誘導したのを確認した後、結界陣を張るための準備を始めた。
その間にも、アンデッドたちは大挙して押し寄せてきていた。
近づいてくるのは男や女、さらに小さな子供までいたが、みんな一様に生気のない青白い顔をしていた。
元は住民であったアンデッドたちの顔をみて、やるせない気持ちになりながらも、今は生き残っている人たちを守ることを果たさなければなからなかった。
陣を張るには建物の四隅で聖句を唱える必要があり、通常なら4人の神官によって行うものだったが、神官がわたし一人しかいない今、一箇所ずつやっていくしかなかった。
「おい、鎧の!! 神子様についてやってくれ、こっちはオレがおさえおく。くっそ、ハンスのバカたれはなんでこんなときにいないんだ!!」
近づいてきたアンデッドの一体をヘンリーさんが盾で押し出しながら叫んび、鎧の人がわたしを守るように側に寄ってきた。
「ヘンリーさん、すぐにもどります!!」
「なるべくはやくお願いしますよ!!」
登場人物全部動かしていたらいつのまにか長くなっていました




