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22. 知らないままでいる幸せ

 わたしたちは、次の町に向かうために山を越える道を進んでいた。

 その途中、山の中腹にある休憩所で休むことにした。


 建物の入口にある扉をノックすると、5歳ぐらいの女の子が扉を開けて、すき間からこちらをのぞいていた。


「おとーさん、お客さんだよ~」


 わたしたちの顔をみると女の子は、すぐにひっこんだ。

 どうしようかと思っていたら、ここの管理人である若い男性が笑顔で出迎えてくれた。


「お疲れ様です。どうぞ、やすんでいってください」

 

 わたしたちがテーブルで休んでいると、さきほどの女の子が水の入ったカップを配ってくれた。


「ありがとう」


 わたしが笑いかけると、女の子は照れたように頬を赤くした後、管理人である男の後ろに隠れた。


「すいません、この子ちょっと人見知りなもので」


「いえいえ、ちゃんとお手伝いできてえらいですよ」


「そちらの方も、どうぞ休んでください」


 管理人さんが部屋の隅で立っている鎧の人に席を勧めたが、鎧の人は首を振ってじっとしていた。

 困惑している管理人さんにボルゾイ様が話しかけた。


「ときに、主人よ。前の管理人は今はどうしてるだろうか?」


「すいません、前任者のことは知らないんですよ」


「ボルゾイ様、以前にこちらにいらしたのですか?」


「以前利用させてもらったのだが、そのとき少し気になることがあってな」


 ボルゾイ様は各地を渡り歩いていたと聞いたことがあったので、そのときに来たのかもしれない。


「そういえば、気になることといえば、最近妙なことが起きてましてね。決まって夜になると、玄関をノックする人がいるのですが、扉越しに聞いてみても返事をしなくて不気味なんですよ。夜にはお気をつけください」


 困ったように眉根をよせて話す管理人さんに、わかりましたといいながらうなずいておいた。


 夜になり、夕飯の後のお茶を飲んでいると、不意にコンコンというノックする音が玄関から聞こえてきた。

 これが管理人さんのいっていたことかと思いながら扉を見た。


「この気配は……、アンデッドが外にいます」


「えぇっ!? アンデッドですか」


 管理人さんは顔をこわばらせながら、女の子を守るように抱き寄せた。


「ヘンリー、ハンス、扉前を固めろ。ユミル、扉を開けたら、すぐに浄化術を使うのだ」


 ボルゾイ様の指示に従って、ヘンリーさんたちが扉の前に立って、わたしはその後ろで構えた。


「いきますよ」


「はい、問題ありません」


 ヘンリーさんが一気に扉を開けると、そこには青白い顔をした男性が立っていた。


「おまえは……」

 

 その顔をみたボルゾイ様が驚いたようにピクリと表情を動かしていた。

 気にはなったが、いまはとにかく目の前のアンデッドの処理をすることにした。


「主よ、さまよいし者に救いを与えたまえ!!」


 浄化術によって、アンデッドの体が白い光に包まれ、わたしはその記憶を見た。


―――見えてきたのは休憩所を舞台にしたとある男の殺人と、その後おとずれる後悔の毎日だった。

 男はたくさんひとを殺していた。まるで、作業のように……。

 男は死者からたくさんの恨みを受けていた。それでも、気にすることなく殺し続けていた。

 ある日、男は自分が殺した相手に襲われた。そのアンデッドは毎晩毎晩やってきては、男をさいなんだ。

 男は贖罪のために、殺した男の娘を大事に育てるようになった。いつか、許される日がくると信じながら……。

 しかし、そんな思いもむなしく、男は殺され最期に娘のことを案じながら死んでいった。



 地面に残る土くれを見ながら、わたしは今見たことを話すべきか迷っていると、奥から若い女性がやってきた。


「あなた、なにかあったの?」


「アリス、大丈夫だ。おまえは寝てなさい」


 彼女は目が悪いのか、手で周りを確かめながらゆっくり歩いていた。


「アリシア、お母さんをベッドまで連れて行ってあげなさい」


「わかった、お母さん、いこ」


 女の子に手を引かれて、アリスと呼ばれていた女性は奥に消えていった。


「あの、さきほどの女性は?」


「うちの家内ですよ。昨日から風邪を引いてしまったようでして」


「そうですか、お大事になさってください」


 彼女の名前は、さっきわたしが浄化したアンデッドの記憶に出てきたものだった。もしかしたら、彼女に会いに来ていたのかもしれない。


 

 次の日の朝、食堂に行くと、アリスさんが朝食の準備をしていた。


「おはようございます」


「おはようございます。昨日はお構いできなくて申し訳ありませんでした」


 わたしが挨拶をすると、ゆっくりとした口調で返してくれた。どうやら、体調は治ったらしい。


「あの、ここにはいつごろから働いていらっしゃるのですか?」


「そうですねぇ、6年前ぐらいでしょうか。あ、でも、昔小さい頃ここに父と一緒に住んでいたんですよ」


 アリスさんの話によると、父親が突然いなくなって一人でいたところを休憩所を利用しに来た旅商人に保護してもらったそうだ。その後は、町の孤児院で育ったと言った。


「ここの休憩所の管理人がいないというので私がやるって手を挙げたんですよ。そうしたら、同じ孤児院で育ったこの人も手伝うって言ってきて、その後結婚しようっていってくれたんですよ~」


「おまえ、お客さんに何言ってるんだよ。だいたい、目がみえないくせにこんな山の中で働こうなんてやつ放っておけるわけないだろ」


「わー、おとーさん、お耳が真っ赤だよ」


 わたしは目の前で楽しそうに笑っているアリスさんを見ながら、昨日知ったことは胸にしまっておくことにした。


 管理人さんたちに見送られながら休憩所から出発した。道すがら、わたしはもうひとつ気になっていることをボルゾイ様に聞いてみることにした。


「昨日、アンデッドを浄化したとき、その記憶の中でボルゾイ様の姿が見えました。もしかして、あの方と知り合いだったのですか?」


「そうだな、あの男は私が以前来たときに管理人をしていたものだ」


「あの人は……」


 わたしが言いよどんでいると、ボルゾイ様が口を開いた。


「知っている、以前にいたはずの管理人を殺してすり替わっていたということも」


「そう、だったのですか。アリスさんはそのことを知っていたのですか?」


「いや、知らないはずだ。アンデッド化していた前の管理人を浄化したときも黙っておいたからな」


 ボルゾイ様はかぶりをふりながら答えた。アリスさんにはこのまま知らないほうが、幸せに過ごせるだろう。


 もう一つ気になることがあった。ボルゾイ様と一緒にいた少女についてだった。

 わたしと同じぐらいの年齢で、しかもボルゾイ様と一緒に旅をしているということに共感をもち興味があった。


「ボルゾイ様と一緒にいた女の子は、なんだかわたしと似たような格好をしていましたが、だれなのですか?」


「あれは、先代の神子だ。私が先導役として一緒に旅をしていた」


「そうだったんですね。今は、どちらにいらっしゃるのですか?」


「もういない」


 できれば会ってみたいと思って聞いてみると、ボルゾイ様は短く答えるだけだった。その表情はどこか悲しそうだった。


「す、すいません、変なことを聞いてしまって」


「いや、きにするな」


 ボルゾイ様はそれっきり黙って道を進んだ。

 あまり感情を表にださないボルゾイ様には珍しい反応だった。

 きっと、それだけ彼女は大切な存在だったのだろうと少しうらやましく感じた。


『ナイトノッカー』編終了です。

盲目の少女アリスは無事に成長し子供まで作ることができました。

もしも、彼女が自分の父親と、それを殺した育ての父親の顛末を知ったときの反応を想像したら…、したら…、いや、やめておきましょう。


感想や評価、ブックマークがいただけたら、作者は小躍りしながら次の投稿に励めると思います。

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