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21. おとーさん

 この休憩所にやってきたのは3年前だった。


 オレは以前いた町で失敗をして逃げていた。

 別の町に逃げている途中で見つけたこの休憩所に入ると、管理人である男がなんの警戒心もなくオレを招き入れた。

 どうやら、この休憩所は男一人で管理しているらしく特に警備のための人間も置いてないとわかった。


 その晩、男が寝たのを見計らって寝室に忍び込み、ベッドに眠るアイツの腹にナイフを突き立てた。

 男は痛みに目を見開きオレを見ると、何かを言おうと口を開くがのどにナイフを突き立てて黙らせた。


 男が死んだのを確認した後、部屋を物色しようとしたところで、誰かの声が聞こえた。


「おとーさん?」


 3歳ぐらいの女の子がベッドから身を起こしてオレの方を見ていた。

 男からは聞いていなかったが娘がいたようで、暗かったせいか見落としていた。


 顔を見られたようだし殺そうかと思っていると


「おとーさん、なんか変なにおいがするよ」


 少女は鼻を押さえながら、眉をしかめていた。

 もしかしたら、こいつ目が見えていないのかと思い、ここでイタズラ心がうずいた。


「さっき、ちょっと飲み物こぼしちゃってね」


「そうなんだ、それじゃあお掃除しないとね」


 どうやら、殺した男とオレの声は似ていたせいもあったのか、少女はオレを父親と認識したようだった。

 それから、休憩所の管理人だった男の死体を、休憩所の裏にある崖から蹴り落とした。死体は動物たちが処理してくれるだろうと放置しておくことにした。


「お掃除おわったね」


「そうだな」


 少女は自らのしたことを理解せずに笑顔を浮かべていた。

 ほとぼりが冷めるまでに丁度いいと思い、オレはこの休憩所を住処にすることにした。


 少女はアリスといい、オレという存在に疑問を感じることもなくなついてきていた。さすがのオレもそんな少女を殺すことはできず、適当に相手していた。


 休憩所には巡礼者や旅人が訪れてきて、オレは何食わぬ顔でこの場所の管理人として応対した。

 金を持ってそうな旅人を殺しては崖下に捨てていった。死んだやつらも旅の道中に失踪したということになって、足もつきにくかった。


 そんな生活を続けていると、ある夜、コンコンという玄関の扉をノックする音が聞こえてきた。

 こんな夜更けに旅人が来たのだろうかと警戒した。


「どちら様ですか?」


 しかし、返事はなく不気味に思ったオレは、扉を開けずに放置した。

 だが、その夜から、ノックの音は毎日同じ時間に聞こえてきた。


 しびれを切らしたオレは、後ろ手にナイフを隠しながら扉を開けた。


「お、おまえは……」


 そこにはオレが殺したはずのアリスの父親が立っていた。青白い顔をして、生気を感じさせない虚ろな表情をしていた。


「ひ、ひいいぃっ!?」


 オレに襲い掛かってきたソイツをなんとか、建物の外に押し出して、必死に扉を閉めた。


「どうしたの、おとーさん?」


「な、なんでもない」


 アリスが物音を聞きつけてやってきたが、オレはなんとか平静を装おうとした。


 その日から、毎晩やってくるアイツのノックの音にさいなまれた。

 ノックの音がまるでオレを攻め立てる怨嗟の声のように聞こえた。


「おとーさん、だいじょうぶ? 顔色わるいよ」


「アリス……、大丈夫だ、ありがとう」


 日に日にやつれていくオレをみてアリスが心配そうに見つめていた。


 こんな状況になって、オレは初めて自分のしてきたことを後悔するようになった。いままで奪って殺して生きることが普通だと思っていた。殺されるやつが悪いんだと思いながら、軽い気持ちでやっていた。

 それがいまでは、殺したきた相手に許してくださいと慈悲を乞うようになっていた。


 それから、オレは罪をつぐなうようにアリスを大切にするようになった。もしも、アリスを無事に育てることができたら、オレの罪も許されるかもしれないという願望を持つようになっていた。


 アリスを大事に思うようになってから、いつしか本当の娘のように愛しく思うようになっていた。


 それから半年たった頃、昔の仲間がやってきた。オレのことをききつけてやってきたらしく、娘と一緒に働く姿をみて驚いていた。

 娘にオレの過去を聞かせたくなかったので離れた場所にいくと、とある金持ちの家に強盗に入る仕事を手伝えという話を持ちかけてきた。


「やめてくれ。オレはもう足を洗ったんだ。おまえらともこれっきりだ」


「そんなつれないこというなよ。なぁ」


 なれなれしく肩をくんできたが、オレは拒否するように目を合わせことはしなかった。


「おまえの力がぜひ必要なんだよ。成功したら分け前やるからよ」


「いらん、そんなもの。オレはもうそういう仕事はやらないって決めたんだよ」


「前は金ってきくと目の色かえて飛びついてきたのによぉ。あの頃のオマエはどこにいったんだ」


 呆れたようにため息を吐いてきたが、オレの気持ちは変わらなかった。 


「ちっ、しょうがねえな。それじゃあ、この仕事が終わったらもうオマエにはもう金輪際関わらない。それでどうだ」


「うそだ、おまえが約束を守ったことなんてないだろ」


「ほんとだほんと、このへんで派手に暴れまわってそろそろ目をつけられそうだから、ここいらで別の町に移ろうかと思ってるんだ」


「……わかった」


「おっし、決まりだ。それじゃあ1週間後、町で落ち合おう。準備とかがあるからいつもの場所に来いよ」


 上機嫌で去っていく男の背中をみながら、オレはある決意をしていた。


 1週間後約束の時間になり、オレは町にきていた。

 オレは自分の仕掛けた罠にあいつらがかかるのを物陰から見ていた。


 しばらくすると、衛兵たちがやってきて家を包囲しだした。

 そして、先頭にいた衛兵が合図をすると、家の中に衛兵たちが次々に入っていき、中から争う音が聞こえてきた。


「ははっ、やったぞ、ざまあみろ」


 1日前町にやってきたオレは、男たちが潜伏している場所を衛兵に通報しておいた。

 その結果、あいつらが根城にしている家に衛兵たちが突入していく様を見ることができた。


「あんなやつらにアリスとの生活を邪魔させてたまるか。まってろ、すぐ帰るからな」


 我が家でひとりぼっちで待つアリスのことが心配で、歩く速度は足早になった。


「ただいま!!」


「おとーさん、おかえり~」


 家に到着すると、アリスの無事な姿を見ることができた。

 家に一人で残すことに不安を感じていたが、どうやら言いつけを守って家に誰も入れないようにしていたようだ。


 食堂のテーブルの上に出るときにはなかったはずの果物があった。もしかしたら、アリスが外にでて取ってきたのかもしれない、外は危険だと後で注意しておかないと。


 そして、夜になるといつものように玄関をノックする音が聞こえてきた。


(いい加減あきらめてくれ、オレが悪かったから許してくれ)


 そのノックの音は、オレが殺したアイツの恨み言のように聞こえた。


 だけど、その後人間の声が聞こえてただの客だとわかり、ホッとした。


 やってきたのは神官一行で、その中にいた女の子とアリスが楽しげに話していた。

 その様子を見て微笑ましい気分になりながら、客に出すための晩御飯を用意していた。


 だけど、また玄関からノックの音が聞こえてきた。

 その音にハッとしながら視線を向けると、アリスが扉を開けようとしていた。


「おとーさん、またお客さんだよ。開けるね~」


「待てっ!! 開けるな」


 制止の声をあげたが、既に遅くアリスが開けてしまった。

 そこには青白い顔をしているアイツが立っていた。


 そして、その手には、テーブルの上にあった果物を持っていた。

――まさかオレがいない間、あいつがアリスに持ってきていたのか。


 胸をえぐるような罪の意識を感じている間に、客である神官の少女がアイツを浄化した。

 浄化した少女は顔を青くして、オレのことを凝視していた。


 浄化の際にアンデッドの記憶を見ることがあると聞いたことがあった。たぶんオレがアイツにしたことを知ったかもしれない。

 

 オレはなにをしてるのだろう。

 あの少女が眠る客室に足音を忍ばせて入ろうとしていた。暗い部屋の中で、ベッドの上で寝ている少女を見ながら、ポケットにいれている折りたたみ式のナイフをなでた。


 やめよう……。この家で人殺しをするのはもうたくさんだ。


 オレはそっと部屋から出て行った。


 朝になり、起きてきた少女を見ながら、オレはいつ告発されるかという不安で胸がしぼられるように苦しかった。

 しかし、何もいわれることはなく神官一行は旅立っていった。


 少女は去り際に小声で


「主は、いつでもあなたを見守っています。いつか罪が許されるときがくるでしょう」


 オレは震える声で「ありがとうございます」と返すことしかできなかった。


「どーしたの? おとーさん、どこかいたいの?」


「……なんでもないよ」


 泣いているオレを見てアリスが慰めてくれて、そんな娘の頭をなでた。


 

 いろいろ気がかりなことから解放されて、オレの心は大分落ち着いていた。

 アリスが大人になるまでこの生活を守っていこうと決意を新たにしながら、今日も仕事に励んでいた。


 家の裏にある井戸で水を汲んでいると、唐突に頭に衝撃を受けた。

 くらくらとする頭を上げると、そこには怒りで顔を真っ赤にそめた男がいた。


「てめえ、オレたちを売りやがったな」


「……なんでだ。捕まったんじゃないのか」


「他のやつらが捕まってる間になんとか逃げ延びてやったんだ。このまま、別の町に逃げてもいいが、その前にてめえをぶっ殺さねえと腹の虫がおさまらねぇ」


 そういって、男はふらつくオレを殴り飛ばし、足蹴にし何度も何度もその怒りをぶつけてきた。


「ぐ、うぅ……」


「けっ、なにが娘だ。てめえの殺した相手のガキを育てるとか頭おかしいだろ。…そうだ、てめえを殺した後、あのガキを売り飛ばしてやる」


「……やめろ」


「まだ、ガキだが、そういうのが好きな変態はいるからな。きっとボロボロにされて捨てられるだろうぜ」


 男はニタニタと嗜虐的な笑みを浮かべた。


「やめろおおおお!!」


 オレはボロボロになって軋む体をうごかして、男につかみかかった。


「ちっ、てめえ、まだ動けたのか」


「がっ!?」


「へっ、ざまあみろ」


 男は懐から取り出したナイフを、つかみかかったオレのわき腹に突き立てた。

 男は口の端を上げて笑みを浮かべたが、その表情は焦りに変わった。


「おい、やめろ、てめえ離せ!!」


 ナイフで滅茶苦茶に刺されながら、オレは崖に向かって男を引っ張っていった。


「わっ、わああああっ!!?」


 男をつかんだまま一緒に落ちていき、地面に落ちると体を衝撃が突き抜けた。


「アリス、アリス、待ってろ、今帰るから……」


 地面をはいずりながら、視界が暗くなっていき、体から力が抜けていくのを感じた。

 最期まで頭に残ったのは、家に残っているアリスのことだった。


 

 夜になり、暗い家の中で一人きりで待つ少女はつぶやいた。


「おとーさん、おそいなぁ、どこいったんだろ」


 そこに、コンコンと扉をノックする音がした。


「おとーさん、おかえりなさい!!」


 少女が笑顔で開けると、そこにいたのは……。 

 

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