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2. 始まった鎧生

 神様の言葉の後、目覚めたオレはとある屋敷に中に立っていた。

 視線をめぐらせると、そこは玄関のようで重厚な扉をくぐってひとが出入りするのが見えた。


 とりあえず、ここはどこだろうと尋ねようとしたが声は出なくて、それどころか体を動かすこともできなかった。


 一体自分はなにに生まれ変わったのかと気にはなったが、確認するための鏡などはなく、あきらめてじっとしていることにした。


 オレの前を通る人を観察していると、服装は中世ヨーロッパのような服装で、豪華なものや、くたびれた服装のものもいた。

 今いる場所も普通の家にしてはかなり広めの玄関であることから、ここは金持ちか貴族の屋敷であると考えていた。

 

 そんな感じで人々を観察していると、一人の少女がこちらに近づいてくるのが見えた。

 紺色を基調とした簡素な服をきていて、なんとなく前に秋葉原でみたメイド服に似ているなと思った。


 その少女の栗色の髪はぼさぼさで野暮ったい感じだったが、よくみるととても整った顔をしていて、髪をすいてキレイな服を着せたらかなりかわいくなるのにと少しもったいなく思った。


 少女は板張りの廊下の床をモップできれいにし、さらにつぼなどの置物にはたきをかけていった。その表情は真剣なもので、少女のまじめな性格が見て取れた。


 やがて、少女はオレの前にやってくると、その顔を近づけてきた。

 とび色の瞳がはっきりと見えるほど近づくと、少女ははぁ~と息をはきかけてきた。

 今のオレには感覚はないようで、少女の息の温かさを感じることはできなかったが、少女が手に持った雑巾を見てこれからすることがわかった。


 少女はオレの体にさっきとおなじように息を吹きかけてから、雑巾でキュッキュと丁寧に磨いていった。

 終わると少女は、光沢を放つオレの姿を見て満足気な顔をしたあと、別の場所を掃除しにいった。

 

 少女に磨かれている間、少女のきれいな瞳に映った自分の体を見ることができた。

 どうやら、オレは鉄の鎧になっているようだった。

 それも玄関口に飾られているただの飾りだった。

 

 それからだんだんと意識がはっきりしてくると、鎧として生まれ変わってからのことが頭に浮かんできた。

 オレはこの村の村長の持ち物で、100年前につくられた無骨な作りをした年代物だった。

 日本だと100年たつと物にも魂が宿るというが、オレがまさにソレのようで、100年たったことでいままでぼんやりしていた意識が覚醒したのだろう。

 

 しばらくの間は置物の鎧として、じっとし続けていたがさすがに飽きてきたのを感じた。

 なんとか体を動かせないかと色々試しているうちになんとなくコツがつかめてきて、少しだけ動かせるようになってきた。


 だが、これがいけなかった。


 オレが動こうとしてもがいているところを、この屋敷の子供に見られていたようで、その男の子は恐る恐るといった様子で近づいてきた。

 オレはばれないようにじっとしながら、その様子をみていると、その子供は木の棒でオレを叩き始めた。


 年代物とはいっても鉄の鎧であるオレを、子供の力で壊すことなどできなかったが、せっかくあのメイドの子がピカピカに磨いてくれたのを汚されるのが我慢ならなかった。


 腕を動かし木の棒をつかむと、子供は驚いてしりもちをついた後、お化けだといいながら一目散に逃げていった。


 これで危機が去ったと思ったら、今度は子供がちょび髭をはやした中年のオッサンを連れてきた。

 身なりからして、このオッサンがおそらく屋敷の主人であり、村長であるというのがわかった。


「父上、こいつが動いたのを確かに見たのです」


「本当か?」


 オッサンはオレのことをじっとみていた。


「ふむ、ご先祖様の鎧ということで飾っていたが、このようなおんぼろのものを飾っていては見苦しいな」


 その後、オッサンは大声でサーシャはいるかとと呼び始めた。


「はい、なんでございますか?」


 呼ばれて小走りでやってきたのは、いつもオレの体を磨いてくれているメイドの子だった。ここで、この子の名前がサーシャだという知ることができた。


「この鎧を倉庫に運び込んでおけ」


「え、しかし、わたし一人ではとても」


「つべこべ言わず明日までにやっておけ、いいな」


 男は偉そうにサーシャに向かって言い放つとその場を後にした。


「おい、のろまのサーシャ、ちゃんとやれよ、いいな」


 子供も父親をまねるように尊大な態度でサーシャに言い放つと離れていった。


「どうしよう……」


 少女が一人で運ぶにはあまりに重過ぎる鉄の鎧を見ながら、サーシャは困り果てた顔をしていた。

 そんな少女の顔をみながら、前世の妹のことを思い出していた。お兄ちゃんと甘えながらよく頼みごとをしてくるやつで、オレもそんな妹の頼みを断ることもできずよく振り回されていた。


 サーシャを助けるために、オレはギギギと体を軋ませながら一歩足を踏み出した。


「えぇ!? う、動いた」


 動き出したオレを見てサーシャは驚いて固まっていた。

 ここで、声がだせればよかったのだが、どうしたものかと思い、頭部分をサーシャのほうにむけてどこにいけばいいのかと、サーシャをじっと見た。

 

 しばらくして、どうやら通じたようで、慌てたように倉庫の方に案内し始めた。


「鎧さん、こっちです」


 前を歩くサーシャはこちらの方を恐々といった様子でチラチラ見ていた。


「こ、ここです」


 やがて屋敷の裏手にある建物につくと、サーシャは引き戸をあけた。

 オレはうなずくように頭部分を上下させて、中に入っていった。

 中はほこりっぽく乱雑に物が置かれていて、オレは隅の方に立っていることにした。


「あの、ありがとうございました」


 サーシャはペコリと頭を下げると、扉を閉めて倉庫から離れていく足音が聞こえた。


 夜になり真っ暗になった部屋の中でじっとしていると、扉が開けられてすき間から月の光が入ってくるのが見えた。


「鎧さん、起きていますか?」


 入ってきた人物は影になっていて誰だかわからなかったが、声をきいてサーシャだとわかった。


 オレは挨拶をするように片手を挙げた。


「よかった、ごめんなさいこんな夜遅くに」


 謝ってくるサーシャに気にするなという風に、オレは頭部分を横に振った。

 この体になってからは睡眠も食事もいらなくなり、昼も夜も起き続けていた。


「今日のこと改めてお礼がいいたくて、ほんとにありがとうございました」


 サーシャの用は、わざわざ礼をいいにきたことだったようだ。

 オレはただ自分の足で歩いただけだというのに、律儀な子だなと思った。


 オレの方こそ毎日磨いてもらっていたことにお礼をいいたかったが、そこまで細かい内容を身振り手振りで伝えることは難しかった。


「お礼としてこれからも毎日磨かせてください」


 オレの体が屋敷から倉庫にうつされたことで、彼女の仕事がへるはずだというのに、彼女はわざわざ来るといっていた。

 オレは彼女に負担をかけるわけには行かなかったので、頭部分を横に振って遠慮することにした。


「だめ、ですか?」


 すると、彼女はしょんぼりした顔で上目遣いでこちらを見てきた。

 そんな顔をさせたことに罪悪感を感じ、ついついオレは頭部位を縦に振ってしまった。


「よかった、では早速」


 彼女は嬉しそうに微笑むと、オレの体を磨き始めた。


「このお屋敷での仕事は大変ですが、わたし鎧さんの体を磨くのはけっこう好きだったんですよ。ピカピカになって玄関に立っているのをみると、なんだか褒められている気分になるのですよ」


 サーシャは手を動かしながら、オレに語りかけてきた。


「わたしは仕事が遅くて失敗もするので、よく旦那様や奥様に怒られていますが、鎧さんを磨くことにかけては誰にも負けないと思っています」


 サーシャはそういうと楽しそうに笑った。


「できました。鎧さん今日もかっこいいですよ」


 月光に照らされて鈍い光を放つオレの姿を見ながら、サーシャは誇らしそうに胸を張った。


 次の日からも、サーシャは約束通り毎日やってきた。

 オレの体を磨きながら、今日あったことを楽しそうに語るサーシャをみていると、自然にオレの心も弾んだ。


 何の変化のない倉庫の中でサーシャの話しを聞くのが、毎日の楽しみになっていた。


 サーシャの話から、彼女には身寄りがなくここで住み込みで働かせてもらっていて、恩を返すためにがんばっているということがわかった。

 だが、サーシャと村長とのやりとりをみていると、あまりいい待遇を受けているようには見えなかったが、サーシャは愚痴の一つもこぼすことがなかった。


 あるとき、サーシャがいつものように倉庫に来たとき、顔にあざができていたことがあった。

 オレがあわてながら身振りで、顔はどうしたのかと聞くと、わたしがドジをしたせいなんですというだけだった。


 心配になり、倉庫から出て行くサーシャの後をつけると、サーシャは屋敷の中に戻らず馬小屋の方に向かっていった。


 どうするのかと思っていたら、獣臭いわらの中で丸くなり、寒さをこらえるように震えているのが見えた。

 そんな少女のそばにいて暖めてやりたいと思ったが、自分の冷たい鉄の体ではそんなことできるはずないと、悔しい思いをしながら倉庫にもどった。

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