19. とある護衛の独り言
町からアンデッドの脅威が排除され、町が落ち着いたのを見てからオレたちは、次の町を目指して旅立った。
「ユミル、ユミルよ。聞いておるのか」
「え、あ、すいません」
神子様が、驚いた顔をしたあとボルゾイ様に謝っていた。
最近、ああして心ここにあらずといった様子でボーっとしていることが多い。
前の町で友達になったやつがアンデッドだとわかり、浄化したときになにかを見たのだと思うが、きいても神子様は困ったように笑うだけで詳しく語ってはくれなかった。
野営のための護衛をしながら、隣にいるハンスに相談することにした。
「なあ、ハンス、最近神子様の調子おかしかないか。なんとかできないかねえ」
「我々は護衛だ。無闇に口をだすべきことではないだろう」
「んだよ、冷てえなあ」
ハンスとは神殿騎士となるための訓練をうけていたときの同期生だった。ハンスは代々神殿騎士を勤めてきた家系らしく、同期生の中でも武術の腕は飛びぬけていた。
ハンスを初めてみたときの印象は、なんだか堅苦しいやつだなというものだった。
オレは、教会が運営している孤児院で育って、その伝手をつかって神殿騎士に応募していて、こいつとは反りがあわなそうだと感じた。
結局、ハンスとは訓練がおわったとき、それっきりとなった。
神殿騎士の訓練が修了したとき、オレはけっこう上位の成績をとれたようで本山での勤務となった。
まわりからはエリートだとうらやましがられたが、オレとしては片田舎の教会にでも勤めたほうが気楽そうだった。
いつものように本山内の巡回をしていると、見慣れない金色の髪をした女の子を見つけた。
「よう、どうした親とはぐれたのか」
「あ、あの、迷子になってしまって」
「そうかそうか、お兄さんが案内してやるから、どこにいきたいんだ」
「修行場なんですけど……」
「ん、修行場? なんで、そんなところに」
「今日の修行のためにいくはずだったのですが、道がわからなくなって」
ここで、オレは自分の勘違いに気づいた。巡礼のために親についてきた子供かと思っていたが、どうやら新人のシスターのようだった。
「ほら、こっちだついてこい」
「すいません」
恥ずかしそうに耳を赤くしながらついてきている子が、実は神子だと知ったのは後のことだった。
ときどき見かけることがあったが、顔をうつむかせて背を丸めて小さい体をさらに縮こませるようにしていた。
声をかけようとしたが、周りを護衛や教師役の神官たちに囲まれていた。
神子様に出会ってから1年が過ぎた頃、神子様が修行の旅にでるために護衛が必要という話を聞き、志願することにした。
本山での勤務に飽きてきたというのもあったが、いつも顔をうつむかせている少女をなんとなく放っておけなかった。
無事に希望が通り神子様の護衛となることができ、顔合わせにいくと、そこでハンスと再会することになった。
ひさしぶりにあったハンスは相変わらず堅苦しかったが、ときおり思いつめたような顔をするようになっていた。
旅の先導役であるボロゾフ様もなにかを隠しているような感じがしていて、なかなか面白い旅になりそうだった。
次の町に到着し、やれやれとほっとしながら町にある教会にやってきた。
この町の教会は、孤児院が併設されているようで、自分が育った孤児院を思い出して懐かしくなった。
そういえば、神子様も孤児院の出身だというのを思い出した。
ボルゾイ様が定期連絡のためにいなくなり、神子様と一緒に町の様子を見て回っていた。
「神子様、この町はどんな感じですか?」
「えっと、大丈夫だと思います」
神子様の返事はやっぱりどこか歯切れが悪かった。
この町は小さめだったので早めに見回りがおわり、時間が余ってしまった。
神子様は孤児院の中庭で日に当たりながら、ぼーっとしていた。レド司教の一件から教会内でも護衛できるように、神子様が目に入る場所で待機していた。
「おねーちゃーん、なにしてるの?」
神子様を見ていると、まだ小さい子が神子様の近くにやってきた。
「うーん、なんだろうね。わたしもよくわからないや」
「ねぇねぇ、いっしょに遊ぼうよ」
「いいよ、なにして遊ぶの?」
子供に手を引かれて、神子様は他の子供と混じって遊び始めた。遊んでいる間の神子様は、年相応のやわらかい表情を浮かべていた。
神子様が就寝した後、おそい夕食をとりながら、今日見たことをハンスに聞いてみることにした。
「なあ、ハンス」
「なんだ」
「神子様なんだけどさ、このままここの孤児院にいるほうがいんじゃねえのか。なーんか、神子様にとってそのほうが幸せなんじゃねかって思ってさ」
「なにをいっているのだ、おまえは……。曲りなりにも、神子様の護衛であるおまえがそんなことでどうするのだ」
ハンスは呆れたようにため息を吐いた。
「まあそうだな。悪い、へんなこと聞いちまって」
「ふん」
次の日、ボルゾイ様が帰ってきて、明日になったら町から出発することを告げられた。
この町でやらなければならないことはないので、今日は完全にフリーになった。
といっても、神子様の護衛をしなくてはいけないため、今日も子供たちと遊ぶ神子様を見守っていた。
目立たない場所に立っていると、ここの孤児院の年配のシスターが話しかけてきた。
「毎日大変ですね。お疲れ様です」
「いいえ、これも大事な仕事ですからね~」
「神子様の護衛ともなると、毎日大変そうですね」
「ははっ、まあ、いろいろありましたよ」
柔和な笑みを浮かべているシスターを見ながら、気になっていることを相談することにした。
「シスター、ひとつお聞きしてもいいですか?」
「はい、なんでしょうか」
「神子様をみて、どんな子に見えますか。たくさんの子供をみてきた率直な感想がきけたらな~と思いまして」
砕けた口調で話すと、シスターは少し考えてから答えてくれた。
「そうですね。ちょっと気弱な感じのする子ですね」
「なるほど、やっぱりそう見えますか」
「でも、自分で悩みながらすこしづつ前に進んでいける子に見えますね」
「ほう、そんな子がいたときシスターはどう接していますか」
「だいたい放っておいてますよ。ああいう子は下手に大人が声をかけると、そこから深読みしてさらに悩みはじめますからね。それでも、ちゃんと大人が見守っているというのをわかる程度に声をかけています」
「さすが、こういうのは女性のほうがなれていらっしゃいますね」
「ただの経験の積み重ねですよ。色々な子がきますからね、ここには」
そうやって目じりにしわをつくりながら笑みを浮かべるシスターをみながら、オレは敵わないなとおもった。
それから、シスターがいなくなった後も護衛を続けていて、神子様から少し視線をはずすと、精霊憑きの鎧がいた。
そのまわりには不思議そうな顔をして近づく子供がいて、ぺたぺたとさわったりしたあと、よじ登り始めた。
精霊憑きはしがみついた子供をつかみそっと降ろした。しかし、子供は遊んでもらっていると勘違いしたのかキャッキャと笑い声を上げながらまたよじのびり、それを精霊憑きが降ろすというのを繰り返していた。
「なにやってんだ、あいつ」
その様子をみながら自然と笑みが浮かんだ。
出発前に子供たちに見送られながら、孤児院を後にした。
もしかしたら、神子様、子供たちと別れて寂しがっているかと思って表情を横目でみた。
「神子様、なんかご機嫌ですね」
「え、そうですか。普通ですよ、普通」
焦りながら否定していたが、幾分表情が柔らかくなっているのが分かった。
以前だと、感情を押し込めるようにしていたが、こうやって素の表情をだせるようになったのをみて安心できた。
「なんていうか、子供たちと遊んでて童心にかえれたといいますか」
「童心って、神子様まだ子供じゃないですか」
「えっと、まあそうなんですけど」
そういって、神子様は照れたように笑っていた。
旅が終わるまで、泣き虫だけ時折妙な強さを見せる少女のことを見守り続けようと思った。
次章が難航しているので投稿が遅れそうです。




