18. 救えたもの救えなかったもの
死体になった母と弟は何を考えているのだろうかとぼんやり考えながら、床に倒れている2人を見ていた。
そうして何日目になっただろうか、2人の死体から異臭がただよいはじめ、ハエがたかるようになっていた。
そんな2人を見て何も感じないわたしの心も、いっしょにぐずぐずに腐っていたのかもしれない。
2人の体が原型をとどめないほどに崩れたころ、わたしは目を覚ました。
わたしはいつのまにか床に転がって寝ていたようだった。眠る前には猛烈な空腹感とだるさを感じていたが、いまはとてもすっきりしていた。
自分の中から食事に対する欲求というものがなくなっているのがわかり、これからはわたしの分のごはんは弟に分けてあげられると思うと、うれしくなった。
床で寝ていた2人に声をかけると、のっそりと緩慢な動作で起き上がった。
『まったくもう、床でねてたら体ひやすよ』
『タニア……、ごめんね、ちょっと眠くなっちゃって』
そういいながら、お母さんは涙をこぼした。なんだろう、あくびでもして涙がでちゃったのかな。
あれだけ怖かった夜の暗闇が今の自分にとっては、とても心地よいものに感じた。
『お母さん、ちょっと外に出てくるね』
楽しい気分になりわたしは外に散歩に出かけた。
外にでると、いままでは感じることのなかった気配を感じた。
なんだろうなと思いながら、そっとその気配のものに触ると人の形になって起き上がった。
『こんばんは』
挨拶をしたが、その人はぼーっとしているだけで何も返事を返してくれなかった。
ほかのひとならわたしの相手してくれるかなとおもいながら、その不思議な気配のするものをどんどん起こしていったけど、ダメだった。
つまらないなと思っていると、白い服をきたキレイな金色の髪をした女の子を見つけた。
わたしと同じぐらいの年で、きっと友達になれる気がした。
視界がまた暗転すると、何もない真っ暗な空間に来ていて、わたしの前にはタニアたち3人がいた。
「あ、ユミルちゃん、どうしたのだれかにいじめられたの?」
泣いているわたしをみて、タニアがいつもの調子で声をかけてきた。
「ちがうの、ちがうの……」
わたしは言葉にできず、泣きじゃくるだけしかできなかった。
「ユミルさん、わたしたちのせいでごめんなさい」
「ユミルおねーちゃん、ありがとう」
生前の姿をしたタニアのお母さんとヨシュア君が、わたしに優しい声で語りかけてきた。
「2人ともどうしたの?」
そんな2人をみながら、タニアは不思議そうに首をひねっていたけど、口元が震えていた。
「タニア、こんなバカなわたしのところで生まれてしまったせいで、苦労をかけてしまったわね。ほんとに……ごめんなさい」
「お母さん、なにいってるの、わたしはお母さんのことが大好きだよ。おいしいごはんを作ってくれて、家にかえるとおかえりっていってくれて……だから、だからぁ、泣かないでよぉ~」
タニアは母の体を抱きしめて、ヒックヒックとしゃくりあげながら大声で泣き始めた。
ずっと心の中で2人が死んだことを否定し続けていたけど、本当のことだとわかってしまったのだろう。
ヨシュア君もつられるように泣き始め、3人の家族は一塊になってお互いに抱き合っていた。
「それじゃあ、ヨシュア、タニア、そろそろいきましょうか」
3人は泣き止むと立ち上がり、タニアの母が真ん中に立って、その手を握りながらタニアとヨシュア君が両脇に立っていた。
「主よ、どうかこの……自らの生をまっとうしたものたちに祝福を、与えたまえ」
わたしは胸が一杯になりながらもなんとか聖句を唱え終えた。
「ユミルちゃん、ばいば~い」
タニアたちは笑顔で消えていった。その笑顔はとてもきれいなものだった。
目覚めると、そこはベッドの上だった。
「神子様、気がつかれましたか」
「ここは……?」
「教会です。神子様が浄化をなさったあと気を失い、2日ほど眠っておりました」
わたしの顔をハンスさんが心配そうな目で見つめていた。
それから、わたしが寝ている間に起きたことを聞いた。
タニアたちの浄化がおわると、町中にいたアンデッドたちも一斉に土くれにもどったらしい。
アンデッドの脅威がなくなったことで、町の活気も戻り、町のひとびとも元気になったそうだ。
わたしは、浄化の際の精神への負担のせいで倒れたのだろうといわれ、まだ寝ているようにいわれた。
ハンスさんがいなくなり、窓から町の様子をみながら、わたしはぽつりとつぶやいた。
「タニアたちが救われずに、町のひとだけが救われたのですか……」
すると、ギギギと錆びた金属がこすれ合う音が横から聞こえた。
「鎧さん、部屋にいらしたのですかっ!?」
自分ひとりだと思っていて、部屋の隅にいた鎧の人にきづかなかった。
『ダイジョウブカ?』
鎧の人から若い男のひとの声が聞こえてきた。
聞こえたというよりは理解できるようになったという感じだった。いままでも、何かをいっているようだったが、なんとなくいっていることが分かるという程度であった。
「鎧さん、男のひとだったんですね」
『ソウだナ』
「驚きましたよ、でもなんとなくそんな感じはしてました」
鎧の人と話せるとわかると、胸の中にたまっていた言葉を吐き出したくなった。
「ねえ、鎧さん。守りたい人を守れなかったときって、どうしたらいいんでしょうか?」
『ワカラナイ』
「そうですか……。あのときわたしがどうしたらよかったなんて、答えを出せそうもないです」
『オレもアノトキドウスレばヨカッタカ、ワカラナイ、ダカラカンガエテイル、ズット』
「わたしも考えます。どうすればよかったか、そうしたら、タニアを、タニアを……」
ここまで何とかこらえていたが、タニアという名前を口に出した途端、わたしの感情は堰をきったようにあふれ出した。
「鎧さん、わたしは、わたしはっ!! タニアたちを助けたかった……なのに何もできなかった!!だれも悪いことはしていない、ボルゾイ様も、ハンスさんもヘンリーさんも!! 神殿騎士の方たちも正しかったんです。だけど、それでも……」
わたしが大声で心のうちを叫んでいると、鎧の人が肩にゴツゴツした鉄の手を置いたのがわかった。ずしりとした感触から、鎧の人からの優しさも伝わってきた。
我慢できなくなり、鎧の人の胸に手をおきながら嗚咽をもらしていた。
鎧の人の体はひんやりとしていて、暴れる感情によって熱くなったわたしには心地よかった。
タニア編終了です……書いてて死にたくなってきた




