17. 家族
気がつくと、わたしはタニアの家にいた。
目の前には、白い肌をした儚げな女の人と、同じような雰囲気ををまとったやせている男の子がいた。
2人はついばむように硬いパンをたべて、水のように薄いスープを飲んでいた。
きっと、これはタニアの家での夕食の風景なのだろう。
そして、わたし自身はタニアと視覚を共有した状態になっているようで、同時にタニアの考えていることも頭に流れ込んできた。
『ねえ、お母さん、体の調子はどう?』
『大丈夫よ、でも、ちょっと食欲ないみたいだから、私の分も食べていいわよ』
『だめだよ、ちゃんと食べなきゃ』
お母さんがわたしに自分の分を渡そうとしてくるが、断固として拒否することにした。
『ヨシュアも、ちゃんとたべてれてばよくなるからね』
『うん、おねえちゃん』
ヨシュアは硬いパンをスープでふやかして、顎を一生懸命うごかしてパンを飲み込んでいた。
『ねえねえ、知ってる? 教会を巡礼して本山までたどり着くと神様がお願いを聞いてくれるんだって。お母さんとヨシュアの病気も治してくれるよ』
『……そうね。いつかみんなでいきましょ』
家族の会話をきいていると、視界が暗転して、別の場面に変わった。
今度は、タニアの母の視点と意識を共有している状態になっていた。
今はタニアが働きに外にでていて、家にいるのはヨシュアと自分の2人だった。
ヨシュアも外に出て遊びたい年頃だというのに、体が弱くいまも床に伏せっていた。
『ねぇ、ヨシュア、お姉ちゃんのことすき?』
『うん、大好き』
『そうね、わたしも好きよ。でも、あの子にはわたしのせいで……』
『おかあさん?』
『ごめんなさい、なんでもないのよ』
貴族の娘として生まれ、何不自由のない暮らしをしていたが、ある日、下男としてやってきたあの人と恋に落ち、結ばれない恋を成就させるために手をとりあって家を抜け出した。
しかし、わたしはだまされていた。逃げ延びた先でわたしは娼館に売り飛ばされて、男はどこかに消えた。
亡き母が残した私を邪魔に思ったのか、継母がわたしに仕組んだ罠らしかった。
見知らぬ男たちの相手を続ける毎日が続き自分の未来になにも希望がもてなくなったころ、誰が父親ともわからぬ子供を身ごもった。
生まれた女の子にタニアと名づけた。この子だけは幸せに生きてほしいと願うようになった。
タニアを育てるためにも娼婦をつづけたが、そんな生活が続くはずもなく、わたしは病気になり体が弱っていった。
わたしは娼館の主人に暇を言い渡され、途方にくれてしまった。あんな場所であったが何もできないわたしが生きていける唯一の場所だった。
継母がいる実家を頼ることもできずわたしは途方にくれた。
客からもらって貯めていた幾ばくかのお金を使って、町の片隅のあばら家で生活を始めることにした。
だけど、そんな場所に子供をつれた若い女が入ってくれば食い物にされるだけで、家に荒くれ者たちがやってきて乱暴され、金は奪われた。
それでも、タニアのために死ぬわけにはいかず、客をとり、その日のパンを買えるだけの金を受け取るという生活を続けた。
そんな男たちによって、わたしはまた身ごもりヨシュアを産んでしまった。不幸な未来しかみえない、こんな家に生まれてしまった哀れな子。
そんな境遇にもかかわらず、弟の面倒も見るタニアはとても優しい子に育った。だけど、うちにくる男たちがタニアに興味をもつようになってしまった。
こんな生活をやめたいが、もうわたしの体では働くこともできないだろう。せめて、タニアとヨシュアだけでもこの生活から脱出させなければならない。
だけど、ヨシュアはすでに病気によって日に日に弱っていて、食べたものもすべて戻してしまっていた。おそらく、苦しみながら死んでいくのがわかってしまった。
また、視界が暗転して、タニアに移った。
今日も仕事を終え、大切な家族が待っている家に向かっていた。
お母さんとヨシュアがおかえりといいながら、迎えてくれる瞬間が好きだった。
物心着いたころから父はいなく、母が病気にかかり動けなくなったため、わたしは10歳になったころから働きにでていた。
子供の自分には重すぎる荷物や、水場の仕事で手が赤切れだらけになるなど仕事はきつかった。
仕事先でも子供だというだけでこずかれたり、いじわるをされて泣きたくなることもあった。
それでも、家族を守るためと思い毎日仕事に出かけていた。
この日は店主のおじさんの機嫌がよかったのか、帰り際に売れ残っていたパンをもらえた。
いつもおなかをすかせている弟はよろこんでくれるかなと思いながら家に帰ると、いつもおかえりといってくれる声が聞こえなかった。
寝ているのかなと思いながら家に入ると、床に血まみれで倒れる母と弟の姿が見えた。
わたしは目の前の光景を受け入れることができず呆然としていた。いつの間にか持っていたパンは床に落ちていて、血をすって真っ赤に染まっていた。
あわてて、2人に駆け寄るが、すでに体は冷たくなっていてもう手遅れだというのがわかった。
それでも、外に助けを求めたが、道行く人は誰も助けてくれず、衛兵のいる詰め所にいき、めんどくさそうにしている衛兵を引っ張ってきた。
さすがに、血をみた衛兵の男は顔をこわばらせて、ほかの衛兵を呼んできた。
現場を調べた結果、衛兵から告げられたのは、自殺だということだった。
母の手にはナイフが握られていて、それで弟を刺したあと、自らの腹を刺したといっていた。
わたしは、その言葉を聞いて訳が分からなくなった。
いままで身を削って働いてきたのは一体なんだったのだ。どうして、母は弟と心中をしたのか。
それから、どうしてどうしてという言葉が頭の中で一杯になるが、答えをみつけることはできなかった。
衛兵が去り際に2人の死体をちゃんと処理しておけといったような気がしたが、今の自分にとって意味を成さない言葉として耳から零れ落ちた。




