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12. 出会いと運命

「ここは……」


 わたしはぼんやりする頭で目を開けて、周りをみるとさっきまでいたはずの教会の食堂ではありませんでした。

 かなり広い建物のようで、木箱がいくつも積まれているのが薄暗い中でぼんやりと見えた。


「お目覚めですか、神子様」


 声のしたほうをみると、ろうそくのわずかな明りで立っていたレド司教の顔がぼんやりとみえた。

 立ち上がろうとするが体が動かせず、自分の体がイスに縛り付けられていることに気づいた。


「レド司教、一体どういうつもりですか。それにこの気配……」


「さすが神子様です。アンデッド封じの結界を張っているというのに、わかってしまうとは」


 部屋の中には微かにアンデッドの気配が混じっていて、昼間倉庫の密集地帯で感じたものと似ていた。

 目が慣れてきて、アンデッドの気配をたどっていった先に見えたのは、床に横たわる一人の女性だった。ただ一点異なるのは、その周囲の床に結界が張られていることだった。

 あの結界の効果のせいで、アンデッドの気配が抑えられていたのだろう。


「なんということを……」


 女性は茫洋とした顔つきで、天井を見つめていた。

 

「仕方がなかったのです。結界内にいてもらわなければ暴れだしてしまうため、彼女には我慢してもらっています」


「レド司教、あの方が奥様だったひとなのですね」


「ご明察の通り、彼女が私の妻です。残念なことに1週間ほど前に命の灯火が消えてしまいました」


 レド司教は顔をおおい、体を震わせた。


「しかし!! 主は彼女に祝福を与え、ふたたび新たな生をお与えになりました。これこそが恩寵、ああ、幸いなるかな、幸いなるかな」


 レド司教の顔は喜悦に満ち、天にむかって手を広げていた。


「レド司教、奥様はいまも苦しんでいます。彼女のためにも浄化し、魂を天に返しましょう」


「神子様、なにをいうのです。主のつくりたもうたこの世界においておきるアンデッド化という現象、これもまた主の意思であるといえます」


 狂気をはらんだ笑みをうかべるレド司教をみて、彼に言葉はもう届くことはないだろうと感じた。


「私は確信しました。人々にこの祝福を分け与えることこそが主命であるのだと。さあ、神子様もお受け取りください」


 レド主教は懐から、ナイフを取り出して近づいてきた。その顔にはいつもの穏やかな笑みを浮かべていたが、目がギラギラとした光を放っていた。


 わたしはなんとかにげだそうと、もがくけども、手足はきつく縛られていてほどけそうもなかった。


――ドン、ドンドン


 と、そこに扉を激しく叩く音が聞こえた。重量のあるものを命一杯たたいているようで、叩くごとに分厚い木の扉が震えていた。

 やがて、扉が打ち破られ、そこに立っているのは月明りを背にたっている赤錆の鎧であった。


「主から与えられた使命を邪魔しようというのか、愚か者め!!」


 レド司教は柳眉を逆立てながら、鎧の人をにらみつけると聖句を唱えた。


「我が前に立ちふさがりし愚かなる者に鉄槌を!!」


 レド司教が手をかざすと目に見えない衝撃波が、鎧の人めがけて飛んでいった。


「危ない、逃げて!!」


 しかし、鎧の人は構わずに突進し、その体を削り取られていった。

 その様子をみながらレド司教は自らの勝利を確信していたようだったが、その顔は驚きに変わっていった。


「バカな、体が復元していくだと!?」


 粉々になったはずの鎧の破片が集まり、元の姿に戻っていた。


「なんなのだ、貴様は!!」


 レド司教は再び聖句を唱えて、衝撃波を飛ばすが、削り飛ばした端から復元していった。

 もはや、衝撃波は鎧の人の突進の勢いを多少ゆるめるだけにしかならず、とうとうレド司教の体と鎧の人が接触した。


「ぐうぅ、主命を果たすまで倒れるわけにはいかない……」


 鎧の人の体当たりをまともにうけたレド司教は吹き飛び、あたりに置かれていた荷物にぶつかり崩していた。


 その中には、床に横たわるレド司教の奥さんもいた。しかし、床に敷かれていた結界は先ほどの激突の影響によって崩されていたが、レド司教は傷ついた体をひきずるようにして、奥さんの下にむかった。


「おお、メアリー、私を助けておくれ」


「だめです!! はやく、離れて」


 わたしがレド司教にむかって声をあげたが、アンデッド起き上がりレド司教に両手でだきつくと、その首筋に噛み付いた。


「メアリー、それでいい。私にも主の恩寵を……」


「レド司教……」


 わたしはいたたまれない気持ちになりながら、レド司教の最期を見ていた。

 レド司教にかみついたアンデッドは口元を真っ赤にしながら、既に動かなくなったレド司教を喰らい続けた。


 そこに、鎧の人が近づきアンデッドに攻撃を加えようとしていた。


「ダメです。ここはわたしにまかせてください」


 わたしはアンデッドに近づき、聖句と唱えなじめた。このとき、これまで感じたようなアンデッドへの恐れを抱くことはなく、ただ、彼女を安らかに送りたいという気持ちしかなかった。


「かの不浄なる者……。いいえ、主よ、かの哀れなる者に救いを与えたまえ」


 レド司教の奥さんであったアンデッドを白い光が包み込んだ。

 


 わたしはまたあの暗い空間に立っていた。


(ここは、奥さんの記憶の中なのですね)


 歩いていくと、一人の女性が立っているのが見えた。


 さらに近づくと、若い頃のレド司教が見え始め、2人はとても仲のよい様子で腕を組み町を歩いていた。


『彼は小さい頃からの許婚で、私にとっては運命の出会いなのだと思っていた』


 女性のつぶやくような声が聞こえてきた。


 場面は変わり、彼女は教会でレド司教を手伝いながら働いていた。

 忙しそうではあったが、彼女の表情はとても柔らかで幸せそうであった。

 さらに、時間が進むと、彼女は教会の一室にあるベッドで寝込んでいた。


『私は病気にかかり、自分がもう長くないことがわかった。夫を残していくことを心苦しくおもいながら、日々をすごしていた』


 だが、教会の神父であるレド司教は優秀な癒し手であり、絶対に自分の手で病から救ってみせると、必死にあがいていた。


『必死に私を助けようとする夫をみて、心苦しかった』


 彼女のかかった病は、病状が進行するにつれて全身に痛みがまわり、苦しみながら死んでいくというものだった。通常ならば、苦しむが長引く前に毒物を服用させて安楽死という手をとる病気であった

 普通ならば治療をうけるのにも多額の寄付金が必要となるが、彼女の夫であるレド司教は自身がもつ全ての治療方法や知識を総動員して、自分の妻を助けようとしていた。


 そのかいあってか、病の完治にはいたらなかったが、彼女の延命に成功することができた。


 それは、これまで数々の人々を救ってきたレド司教の研鑽による賜物であった。

 もしも、レド司教がただの凡庸な神父であったなら、彼女の延命は成功しなかっただろう。これは幸運なことなのか、不幸であったのだろうか。


『病気の進行によって体中を針で刺されるような痛みを感じながらも、必死に自分を助けようとしてくれる夫をみてなんとか笑顔をつくりだしていた』


 レド司教が部屋からいなくなると、彼女はそれまでこらえてきた苦痛を倍に感じるようにのた打ち回った。


『もしも自分が神父の妻ではなく、普通の家のものだったらこんな苦痛も感じることはなかったのではないか……』


 彼女は死の間際まで苦しみにさいなまれ、それを表にだせないことに精神を削られていた。


『ああ、こんな運命に引きあわせた神よ。私はあなたを憎みます』

 

 目の前に広がっていた教会の光景が消えて、わたしの前には一人の女性が座っているのがみえた。

 ボルゾイ様からはアンデッドの浄化の最中に、話しかけることは禁じられていたが、どうしても声をかけずにはいられなかった。

 

「あなたは、とてもがんばりました。夫の心の支えとなるように最期までがんばりました。それほどのことをできるようになったのは、レド司教との出会いのおかげです。どうか、あなたの人生を呪わないでください」

 

 レド司教がしてくれたように、穏やかな口調でかたりかけると、彼女はしばらく呆然とした顔をしていたが、最期に微笑みを浮かべ消えていった。

 

 現実世界にもどったわたしの前には、血まみれのレド司教の遺体と、土くれだけが残っていた。

 

「浄化、完了しました……」

 

 朝焼けの陽光が薄暗い倉庫内を照らし始め、少女の泣き声が響き、その傍らで赤錆の鎧がじっとたたずんでいた。 

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