10. 悩み続けるということ
荒野を歩いていると、それまで疎らだった草が次第に増えて草原に出た。
「はあ~、やっと抜けたか。代わり映えのない景色ばっかりで飽きそうだったぜ」
ヘンリーさんがあたりの空気をすいながら、晴れやかな顔をしていた。
「おい、ヘンリーまだ町についてはいないんだ。気を抜くな」
「いいじゃねえかよ、ずっと気を張ってたら疲れちまうだろ」
2人のやり取りをみていたボルゾイ様が短くいうと、青々と葉を茂らせた木の下に座り休憩を取ることになった。
「ふぅ」
わたしは木陰にはいり熱かった日差しを避け一休みできたことで、体から緊張をぬくように息を吐いた。
「神子様、大丈夫ですか?」
「あ、はい。ありがとうございます」
声をかけてきたのはヘンリーさんだった。
ヘンリーさんは大雑把そうに見えて、みんなに気を配っているひとで、さっきもわたしが疲れてきているのを知って休憩するようにボルゾイ様に促してくれたのだろう。
穏やかに吹いてくる風の気持ちよさに目を細めていると、鎧の人が目に入った。
鎧の人は、木陰になっている草の上に布を敷き簡易的なベッドを作っていて、そして、胸部の装甲をはずすと、鎧内部に収納されていた干からびた少女の遺体を丁寧な手つきで、布の上に横たえた。
「なあ、神子様、あいつにそろそろ教えてやったほうがいいじゃねえですか」
「それは……わかりません」
ここまでの道中何度も見た光景だったが、少女が既に死んでいるということを伝えるべきか判断することができなかった。
「出発する」
わたしが悩んでいると、ボルゾイ様から休憩を終える言葉が短く告げられた。わたしは慌てて立ち上がり後を追った。
日が落ち始めた頃、ようやく町の姿が見えてきた。
あまり規模の大きな町ではないが、それでも石組みの頑丈そうな壁に囲まれた中に入るとホッと安心できた。
「これはこれは神子様、ようこそいらっしゃいました」
今日の寝床を確保するために、町の教会にやってくると、ここの町担当であるレド司教が出迎えてくれた。
レド司教は柔和な笑顔を浮かべながらわたしたちを出迎えたが、後ろから入ってきた鎧の人をみるといぶかしげな顔をした。
「この者も私どもの仲間です」
「そうでしたか、失礼しました」
レド司教に案内されて教会の中にはいり、休憩をとったあと夕食をとりながら明日からの活動に関する打ち合わせを行った。
「では、明日からはこの町でアンデッドに関する情報収集を行う」
「わかりました」
その後、ボルゾイ様とヘンリーさん、ハンスさんと別れ、わたしは自分にあてがわれた部屋に向かった。
「あの……鎧さんもこちらの部屋ですか?」
後ろからガシャンガシャンという鎧の人がついてくる音が聞こえてきた。
鎧の精霊憑きということで性別はないのでしょうから、まあいいかと思いながら鎧の人と一緒に部屋に入った。
ひさしぶりに地面ではなくベッドの上で眠れることに喜びを感じていると、鎧さんは部屋の隅の方で直立不動の姿勢をとった。
なにも知らない人がみたら、ただの鎧の置物にみえるのだろうなと、おかしく思い笑ってしまった。
すると、鎧の人の頭部分がぴくりと動いた。
「あ、すいません、すこし考え事をしていて」
もしかして、気分を悪くさせてしまったのではないかと思っていたが、鎧の人から伝わってくるのは戸惑いの感情であった。
それから、ろうそくの火を消して、ベッドの中で目を閉じたが、やはり眠ることができなかった。
最近寝つきが悪く、野宿のときに地面の上で寝ているせいかと思っていたが違ったようだった。
この前の村で行ったアンデッドの浄化の際、最期まで苦しんでいた表情が頭にこびりついていた。
次の日、朝日が差しこみ目が覚めると、寝不足気味の頭を振りながら、なんとかベッドから出てきた。
支度を整えて、みんなで朝食をとると、わたしたちはこの町の領主様の屋敷に向かった。
「ようこそいらっしゃいました。神子様一行にお会いできるなど光栄です」
わたし達は応接間に通されて座って待っていると、そこに太り気味の男性がやってきて、わたしの前にひざまずいた。
貴族の中にも多くの信徒がいて、目の前の領主様もその一人であった。
「これも主の導きです。あなたに主の祝福のあらんことを」
「神子様に祝福をいただけるなんて、子孫まで語り継いでいきますぞ」
領主は感動したように身を打ち震わせていた。
そこからは、お茶を飲みながら領主様との話にはいった。
「荒野を抜けてきた先で、この町を見たときはまるで我が家に帰ってきたような安心感を得ることができました。領主殿の管理の賜物ですな」
「アンデッド退治で高名なボルゾイ殿にそういっていただけると恐縮です。我が町では、アンデッドなど発生させないよう徹底しております。教会のレド司教にも協力していただき、この町の安全は保たれております」
アンデッドが町にいるということは、その町の管理がずさんであるということになるため、直接きくことははばからるため、ボルゾイ様が遠まわしに聞いていた。
「レド司教は精力的に町の見回りを行ってくれてまして、アンデッド化する前に遺体を見つけてくれています」
それからも、世間話をまじえながらこの町の状況をきき、わたしたちは屋敷を後にした。
「わしは教会との定期連絡をしてくるのでな、ヘンリー、ハンス、ユミルのことを頼んだぞ」
「はっ!! おまかせください」
ボルゾイ様と別れ、町の様子を見てまわることにした。
町には瘴気の発生している箇所はなく、清浄にたもたれていた。これもこの町の担当であるレド司教の働きなのだろうと、その働きぶりに尊敬の念を抱いた。
日が暮れる前に教会に戻り、晩御飯をごちそうになっていた。
「ボルゾイ様戻ってきませんでしたね」
他の町でもこうして何日か空けていることがあり、めずらしいことではなかった。
「では神子様、お休みなさいませ」
ヘンリーさんたちと別れ、今日も自分の部屋に戻ってベッドに入ったが、やはり眠れそうもなかった。
気分が落ち着かず、わたしはそっと部屋から出たところでレド司教と出会った。
「神子様、いかがなさいました?」
「えっと、寝付けないものでして、夜風にでも当たろうかと」
「それでしたら、いいものがございます」
レド司教の後を追って、食堂にくるとカップに温かい飲み物を入れて持って来てくれた。
「甘いです。なんだかほっとする味ですね」
「はい、うちの妻がよくつくってくれたもので、私も好きなんですよ」
少しとろみのついた飲み物で、おなかの中から温まるようだった。
息を吹きかけて冷ましながら飲んでいると、レド司教が静かな口調で話しかけてきた。
「神子様、なにか悩み事があるのではございませんか?」
「ええ、まあ、少し気になることがありまして」
「信徒の告解を聞くことがよくありまして、悩みのありそうな人というのはなんとなくわかってしますのですよ。私でよければ、お聞きいたしますよ」
ろうそくの火で照らされたレド司教の顔は穏やかなもので、わたしはぽつぽつと語り始めた。
「なるほど、浄化のありかたについてですか」
「はい、浄化によって魂を輪廻の輪にもどすとき、安らいだまま見送ることはできないかと思いまして」
「私もこれまで何体ものアンデッドになった方々をお救いしてきましたが、彼らはみな苦しんでいました」
レド司教は沈んだ顔をしながら、これまで行ってきたことを話してくれた。
「神子様、アンデッドとは一体何か、考えたことはございますか?」
「アンデッドとは、死ぬ間際に感じた強い恨みや憎しみの感情によって起き上がった死者と聞いています」
「そうですね。教会での解釈もそのようになっています。しかし、私にはその考えに疑問を持っています」
「疑問、ですか?」
「アンデッドはなんのために生き返ったのか。彼らの無念を晴らすために与えられた主の祝福ではないかと考えています」
「それは……」
不浄なものとするアンデッドを神の祝福という考えに、わたしは眉をしかめた。
「わかっています。この考えは異端であると、しかし、浄化に対して疑問をもった神子様にこそ、聞いていただきたかった」
わたしはレド司教の考えに賛同することはできなかったが、それでも長年聖職者として過ごしてきた方でも悩み続けているということに安心した。
「ありがとうございます。わたしにできることをもっと考えてみます」
「初代教皇様も悩み苦しまれて、それでも人を救い続けたそうです。あなたならきっと答えを見つけられるでしょう」
レド司教は神子としてのわたしではなく、ユミルという人間に対して励ましの言葉をかけてくれた気がした。
 




