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1. 生まれ変わったら鎧

どこにでも転がっているそんなお話

 朝になり日の光が入ってくるといつもどおりの光景が目に入ってきた。

 オレがいるのは一般家庭にしてはひろい玄関ロビーで、入ってきた客が目に付く位置におかれた絵画などの調度品がおかれていた。そのうちのひとつに鈍色の輝きを放つ鉄の鎧が置かれていた。


 いまのオレがその鉄の鎧だった。

 

 昔はこの家のご先祖様が身に着けていた鎧だったのだが、いまはただの飾りとして屋敷の玄関に置かれている。そんなオレの仕事は昼夜を問わず動かずにただじっと立っていることだけだ。

 そうなると時間が余って余ってしょうがないので、いつも頭に浮かんでくるのは前世でのことだった。




 オレには年の離れた妹がいた。


 中学にはいったばかりのころ、父と母に唐突に子供ができたといわれたときは驚いた。

 両親は子供を二人ほしかったらしく、それはもう嬉しそうな顔をしていた。

 日に日に大きくなっていく母のおなかを見ていると、自分が兄になるという実感が湧いてきた。


 生まれてきたのは女の子で、オレに妹ができた。


 赤ん坊は昼も夜も関係なく泣き喚き、両親は妹にかかりきりになり、オレも世話を手伝うようにいわれ遊ぶ時間をとられるようになった。

 初めはめんどくさいと思ったが、オレをみてキャッキャと笑うのを見ていると、自分にとって大切な存在だと感じられるようになった。


 うちの家族全員が妹に甘かった。父は厳しく育てようとするが結局妹の言うことを聞いていた。

 オレもお兄ちゃんと言いながらなついてくる妹をみると、ついつい甘やかしていた。


 そんな妹もすくすくと育っていき、やがてオレが大学を卒業して社会人として働き始めた頃、妹は中学生になった。


 妹の入学式にはもちろん休みをとって両親と一緒に見に行った。緊張しているが、誇らしげな妹の姿はまぶしく見えた。


 妹は、家族全員で甘やかされた分を他人に分けるように、他人にとても親切な子に育っていった。

 電車ではすぐに席をゆずり、道でうずくまっているひとがいれば声をかけるなど、困っているひとがいればすぐに飛んでいった。

 困ったのは、捨て猫を見かけるたびに拾ってくるため飼い主探しに苦労した。


 妹に一度、そこまでがんばらずに放っておいても誰も責めやしないと言ったことがあった。


「う~ん、なんていうか見てるともやもやするんだよね。普通のひとが普通にいきていけないのをみてると」

 自分でもよくわからないらしく、妹はえへへと誤魔化すように笑った。


 その後、謝りながら笑顔でオレに頼みごとをするようになってきて、もう少し厳しく育てるべきだったなと苦笑しながらも妹の頼みを聞くのだった。

 だけど、他人を食い物にするような世の中で、妹の生き方は心配になるものだった。


 ある日、妹が制服をドロだらけにして髪を乱したままの格好で夜遅くに帰ってきたことがあった。

 なかなか帰ってこない妹を心配して、携帯に連絡をいれても返事は帰ってこず、警察に捜索願を出すべきか悩んでいたときだった。


 なにがあったのかと何度も聞いたが、妹は焦点の定まらない表情でなんでもないというだけだった。

 もしかしたら友達とケンカでもしたのかもしれないから、そっとしておこうと父と母とで話し合った。

 だが、それからの妹の様子はおかしく、いつもの屈託のない笑顔ではなく、無理をして作ったような笑いを浮かべたり、ときおり虚ろな表情をしながら何かを考え込んでいる姿を見かけた。


 そんな妹にやっぱりなにかあったのじゃないかと声をかけると、一瞬怯えた目をオレに向けた後、なんでもないよと誤魔化すように笑っていた。


 妹のことが気になり仕事にもミスがでるようになり、上司や同僚に心配される始末だった。

 もやもやした気分を抱えたまま眠れなかったため、深夜のコンビニに立ち寄ると、高校生ぐらいの男2人が入口の近くの地べたに座りながら、タバコをすっていた。


 オレは不快さを感じながらも横を通り過ぎようとしたとき、そいつらの会話が耳に入ってきた。


「この前の中学生ほんとやばいぐらいアホだよな」


「だよなぁ、具合悪いフリしたら簡単に引っかかってやんの。家までつれていってーとか、おまえのセリフめっちゃ棒読みだったじゃねえか」


「うっせえな、オレの演技のおかげで人気のないところまで連れて行けたんだろ」


「頭はからっぽだったけど、顔はかわいかったな。おっぱいもそこそこあったし」


「毎日あそこの道とおるから、前から目つけてたんだよ。オレに感謝しろよ」


 オレは足は自然にとまりのそいつらの会話をききながら、心臓の音がドクンドクンと脈打つ音が聞こえていた。


「あいつ、通報してねえみたいだし、またやっちゃうか」


「この前はオマエに先ゆずってやったんだから、今度はオレが先な」


 オレはもう我慢がならず、そいつらの前に立って、頭を蹴り上げた。


「テメェ、なにしやがんだ!!」


 蹴られた男の方は地面にひっくり返り、残った男が立ち上がりオレの方にやってきた。


「おまえらがやったのか……」


 オレは憎しみをこめてそいつをにらみつけ、顔をなぐろうと拳を振り上げた。

 だが、ケンカなれしてないオレの拳は簡単によけられ、逆に男に腹を殴られた。

 息がつまり、体をくの字に折り曲げながら咳き込んでいると、今度は後ろから蹴られた。


「んだよ、このオッサン」


「しらね。まあいいや、とりあえずやられた分かえすべ」


 最初にけり倒した男の方が立ち直ったようで、オレの顔を蹴ってきた。

 オレは痛みに耐えるために体を丸くしていると、やがてパトカーのサイレンの音が聞こえてきた。


「やっべ、にげるぞ」


 男たちが逃げていくと、心配そうな顔をしながらコンビニの店員が大丈夫ですかと聞いてきた。

 どうやら、警察もこの店員が呼んだようだった。


 警察に事情を聞かれ、妹のことを話そうとしたがやめて、あいつらに絡まれただけだと答えた。


 オレは体の痛みを感じながら家に帰ると、妹の部屋の前に来た。

 夜も遅く、こんな時間に妹が起きているはずもないと思ったが、妹のことを考えるといてもたってもいられなかった。

 シンと静まり暗い廊下で立ち尽くしているオレの耳に、すすり泣く声が聞こえてきた。


 その声を聞いたオレは、ドアをノックもせずに乱暴に開けた。

 妹は明かりもつけない部屋の隅で膝を抱えて泣いていた。


「おにい…ちゃん…?」


 突然入ってきたオレに驚くと、妹は必死に涙をぬぐっていつもどおりの表情を作ろうとしていた。


「大丈夫…なわけないよな…」


「え、なに、なんでもないから。大丈夫だから……」


 オレが妹を慰めるために頭の上に手を置こうとすると、その手をみて妹はビクリと身をすくませた。

 そんな妹を見てオレは、唇をかみながら手を引っ込めた。


「ごめんなさい、ごめんなんさい」


 オレの様子をみて、妹は何度も謝っていた。

 これ以上、この部屋にいても妹を緊張させるだけだと思い、黙って部屋から出て行くことにした。


 次の日、オレは会社に休むことを伝えた。

 ここ最近様子のおかしかったせいか、ゆっくり休みなさいと上司にいわれてしまった。これからすることを考えると、心配をかけてしまうことに罪悪感を感じた。

 台所にいって必要なものをとってくると、外に出て行った。


 やつらを探すために繁華街に出向き、いそうな場所をくまなく探していった。

 昼をすぎたころ、ゲームセンターで遊んでいるアイツラを見つけた。

 大声で文句をいいながらゲームの台をバンバン叩いて、目立っていたので見つけやすかった。

 座っているせいで腹をねらいにくく、声をかけて立ち上がらせることにした。


「オイ」


 一度声をかけたが、まわりの騒音のせいでききとれなかったようで、こんどは大声で呼んだ。


「オイ!!」


「あ゛ン」


 男たちは不機嫌そうな声をだしながらこちらを振り向いてきた。


「なんだよ、オッサン。もしかして学校の見回りの先生ッスか?」


「チッ、うざってーな。いこうぜ」


 男たちはオレのことを覚えていないようで、顔をしかめながら気だるげな足取りで離れていこうとしていた。

 あれだけのことをしたのに、こいつらにとっては記憶の片隅にも残らないことだったのだと思うと、気分がスッと冷えていくのを感じた。


 そして、懐から出したものを腰ダメに構えて、片方の男に突っ込んでいった。


「いってえな」


 ぶつかった男は転げ、いたそうに顔をしかめるが、自分の腹にささったものに気づいていないようだった。

 オレがそいつの腹から包丁を引き抜くと、血が吹き出て、ようやく、刺されたとわかったのか床に倒れわめき始めた。


「いでえ、いてえよぉ」


「やべえよ、なんだよコイツ!!」


 無事なほうの男は倒れた男を見捨てて、逃げようと背中を向けた。

 オレは無言でその背中にむけて包丁を投げつけると、包丁が太ももに突き立ち、男はくぐもった声を出しながら床に倒れた。


「ふっざけんな!! オレたちがなにやったっていうんだよ」


 男は体を起こし、傷ついた足をかばいながら、オレの方に向かってわめき散らした。


「だまれ、死ね」


 こいつらの声をきいているだけで不快感がまし、すぐにでも存在を消すために、もう一本包丁を取り出すと馬乗りになり男の腹につきたてた。


 男たちが死んだのを確認すると、熱がひいていくように周囲に目が向いた。

 あたりは血まみれになっていて、オレ自身の体も真っ赤になっていた。


 その惨状をみたほかの客が騒ぎだし、オレは素早く店から出て行った。

 ハァハァと息を切らせながら、急いで家に向かっていた。これで、妹が怯えないですむようになると思い、オレの心は軽かった。


 道の途中ですれ違ったひとがオレの姿をみてギョッとしたような顔をして距離をとってきたが、急いでるオレにとってはどうでもよかった。


 やがて、家にたどりつくと妹の靴が玄関に置かれていて、帰ってきてるのだとわかった。

 ちょうどよかったと思いながら、妹の部屋に向かった。


「いいか? 入るぞ」


 オレは妹の返事も待たずにドアを開けた。


「お兄ちゃん…… え、なんでこの時間にいるの?」


 そこには天井からロープをたらしてイスの上に立っている妹の姿があった。俺をみる妹の顔は、涙をながしたあとで目が真っ赤に充血していた。


「おまえ、なにやってんだよ!!」


 その姿を見ていまからやろうとしていることを察し、急いで妹をイスの上から降ろした。


「ごめんなさい、ごめんなさい……」


 だが、妹はまた謝るばかりだった。

 うなだれる妹の肩に両手をおいて、妹を安心させようと今日のことを話した。


「もう大丈夫だ、あいつらは兄ちゃんがやっつけてきた。もう何も怖くないぞ」


「お兄ちゃんその姿……」


 妹は顔を上げると、改めてオレの姿を見て、オレがしてきたことをわかってくれたようだった。


「まさか、殺したの?」


「ああ、そうだ。だから、安心しろ」


「…なんで?」


「なんでって、あいつらまたおまえのことを襲おうとしてたんだぞ。あんなやつら消えていなくなって当然だろ」


「そんなことないよ。あのひとたちだって、ちょっと魔が差しただけだよ。家に帰れば、きっと家族もまってる普通のひとなんだよ」


「なにいってんだよ、あいつらが悪いに決まってるだろ」


 オレは妹の言っていることがわからず、呆然とした。


「わたしが我慢すればよかったのに、お父さんやお母さん、お兄ちゃんにも暗い顔させちゃってるから、だからわたしは……死のうと思ったの」


「なんで、あいつらのせいでおまえが死ななきゃいけないんだよ。おかしいだろ!!」


 オレはたまらくなり思わず大声をだしていた。


「ごめんなさい……」


 すると、妹はまた謝るだけだった。


「だめなの、もう前みたいに笑えないの。毎晩思い出して、胸をかきむしるように苦しくなるの……。ねぇ、お願いお兄ちゃん……」


 妹はオレに頼みごとをするときのあの笑顔をうかべた。


「わたしを殺して」


 笑顔をうかべながらも、その瞳は空虚なものだった。


 それから、オレは未成年者3名を殺し、なおかつその中には実の家族が含まれる凶悪犯として死刑の判決を受けた。

 上告することをせずに刑が確定し、その5年後、刑が執行された。

 

 

 目覚めると、そこは真っ白な空間だった。

 オレの記憶は、目隠しをされ首に縄をかけられて、足元が軽くなったところで途切れている。


 ここがあの世ってやつかなと思っていると、声が聞こえてきた。


「ここはあなたの転生先を決める前の場所です」


 男のような女のような、それでいて年齢不詳な不思議な声だった。これが神様なのかとなんとなく理解した。


「転生? なんだ、地獄行きかと思っていたけど、神様も案外優しいんだな」


「残念ですが、罪を犯したあなたは人間に転生することはかないません。前世で犯した罪を悔やみながら、その身が朽ちるまで生きる定めとなっています」


「そっか、やっぱり罰はあるよな」


 拘置所内で過ごす中で散々考えてきたことなので、いまさら動揺することもなかった。


「しかし、あなたのように強い思いを残して亡くなったものに対しては、その思いを叶えてさしあげています」


「へぇ、さすが神様、なんでもお見通しなんだな」


「次の世界で叶えたい願いは何かありますか?」


「願いか……。そうだな、たった一人だけでいいから、守り続けられるようになりたい」


「了解しました。では、あなたの魂に安息の訪れることを願います」


 神様の言葉の後、オレの意識は融けていくように消えていった。


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