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アキちゃんシリーズ

土曜、夜。電気を消す消さないの攻防

作者: さとちぃ

「アキちゃんシリーズ」三作目の短編です。単独でもお読みいただけます。

「アキちゃ……」

「嫌です」


 とある土曜日の夜。

 私、長澤ながさわ 明希あき21歳は、8歳年上の恋人である山田やまだ まさるさんのお部屋で夕食を共にし、お皿を片付け終わり、ローテーブルに向かってマサルさんと直角に床に腰を下ろし、まったりとお茶を飲んでいたところであった。


 普段おおむねヘラヘラしているマサルさんが珍しく真面目感を出しながら何か言おうとしたので、嫌な予感を感じた私は反射的に否定で返した。

 え?

 酷い?

 問題ナッシングですよ。彼は己の欲望を満たすという目的の遂行のためなら、どれだけ正論で否定してもそれを華麗にスルーして何度でも這い上がってくる人種です。


「酷いなー。まだ何も言ってないじゃない。話の内容くらい聞いてくれてもいいでしょ〜〜」

「…………では内容を、どうぞ」


 そうですね。いくらマサルさんが相手だからといって、今のは否定が早すぎでしたねー。失敬、失敬。


 マサルさんはコホン、と一つ咳払いをして、再び真面目感を出しながら語り出した。


「俺とアキちゃんが付き合い出して、ちょうど一年経ったじゃない」

「おや、そういえばそうですね」


 二人が初めて出逢ったのは私のバイト先であるカフェ店。そこにマサルさんが新店長として赴任してきたのが始まりだ。それが昨年の四月であるからして。付き合い出してから一年が経過した……ということになりますね、確かに。


 アルバイトの私は主に大学登校前の平日早番勤務していて、土曜日と日曜日がお休み。

 社員のマサルさんは月8日の休みをシフトに割り振って入れるという立場なのだが、土曜日曜は勤務に入ってくれるバイトさんが多いので、たいがい日曜日に休みを入れていて。

 今日みたいな、二人が共通のお休みになる日曜日の前日の夜、つまり土曜日の夜は、たまに彼のお部屋にお泊まりしている私なのです。はい。


 しかしマサルさんてば男性なのに付き合い始めてどれぐらい経ったかなんて、そんな細かいことよく把握してるなぁ。女子の私ですら全くノーマークだったというのに。

 なんか、チャラめ緩めキャラのマサルさんらしくない感が……さては何かのおねだりに繋げる伏線か?

 ……非常〜に嫌な予感がします。はい。


「つまり一周年。つまりアニバーサリー、だよね?」


 アニバーサリーってなんだよ。たしか記念日、だっけ?


「めでたいよね。ちょっといつもと違う、特別感出したいよね」


 ……非常〜に嫌な予感がします。はい。


「てなわけで今夜はちょっと、電気を点けたまま、ベッドインしようかと……」

「嫌です」


 嫌な予感が綺麗に的中したのを確認した私は、今度こそ正式に彼の申し出を否定した。

 え?

 オブラート?

 だから大丈夫なんですって。彼は己の欲望を満たすという目的の遂行のためなら、どれだけ正論で否定してもそれを華麗にスルーして何度でも這い上がってくる人種ですから。


 案の定、マサルさんに撤退する気配は無い。むしろぐいぐい来る構えだ。


「アキちゃんは俺のことが嫌いなのー?」


 マサルさんは垢抜けた垂れ目がちなイケメン顔にねた表情を浮かべ、女子みたいな質問をぶつけてきた。

 いや、そう聞かれたら……こう答えるしかないんだけど。


「大好きですよ?」


 私はローテーブルに置かれたマグカップを両手で挟んだままマサルさんの目をジッと見つめて、想いを素直に口にし小首を傾げた。

 マサルさんは若干動揺したらしく顔を赤くして。「ちょっとゴメン」と私に断りを入れると、口元を押さえながら反対側を向いて床に突っ伏すこと、しばし。


 やがて彼は体勢を立て直し身を起こすと、再びコホンと一つ咳払いをして、真面目感を出しながら語り始めた。

 なかなかの不純な目的の為にここまで真面目感を出せるとは……ある意味すごい。


「だったら、電気を点けたままでも、特に問題無いと思うんだけど。嫌というなら、なぜ嫌なのか、理由を述べて欲しいんだけど」

「……では、私も問いましょうか。電気を消しても、問題は無いですよね。むしろ消す方が自然です。なのになぜ消したく無いのか、理由を述べて欲しいんですけど」


 質問に質問で返す、というのが反則なのは重々承知しておりますが、何しろ相手はマサルさんなので。何度も言いますが、己の欲望を満たすという目的の遂行のためなら、どれだけ正論で否定してもそれを華麗にスルーして何度でも這い上がってくる人種なので。


「なぜって……その方が俺が興奮す……じゃなくて、アキちゃんの姿をいっぱい見たいからだよ」


 …………非常〜に単純で分かりやすい欲望ですね、はい。

 しかし、それだけに性質たちが悪い。

 ホントに何度も言うようだけど、こーいうタイプの単なる欲望に正論でさとしてもほぼ効果無いからね、うん。

 じゃあどうするかってーと……私も素直な気持ちを答えるしか無いわけで。


「私は、マサルさんにいっぱい見られたら、嫌です」

「!? ……アキちゃんさっき、俺のこと大好きって言ったのに、なんで」


 マサルさんが切羽詰まった顔をする。

 この真剣さを仕事方面でも発揮してくれると良いんだがなぁ……。

 頭の片隅で一瞬そんなことを考えてしまったものの、マサルさんが真剣なので私も真剣にお答えする。


「だって、大好きな人に全部見られちゃうなんて……恥ずかしいじゃないですか。電気消してぼやかさないと、無理です……」


 私は唇を尖らせながら、もじもじとそんな台詞を口にし、頬を染めてうつむいた。

 マサルさんの要望で私に出来ることなら叶えてあげたいけど……。

 私はもう一度、実行可能かどうか自分と相談してみて……やっぱり無理だ、と思った。

 だって……恥ずかしいもん。

 そうなんだもん。


 うつむきながらちらっと上目遣いでマサルさんの方を見ると、耳まで赤くなったマサルさんが目元を手のひらで覆い天を仰いでいた。

 おおう。何かを激しく葛藤しているようだ。己の欲望を満たすという目的の遂行に忠実なタイプのマサルさんが、葛藤する様子を見せるなんて、珍しい。


 しかし、そこはやはり、マサルさん。

 最終的には天を仰いでいた顔を正面に戻すと、再び私の説得の続きを再開した。

 この熱意を仕事方面でも発揮してくれると良いんだがなぁ……私は頭の片隅で再びそんなことを思う。


「見られるのは、お互い様なんだから、いいじゃない。俺だってアキちゃんにいっぱい見られちゃうんだし」

「自分で自分のこと『俺って無駄にイケメンだから』とか言えちゃう人と一緒にしないでください」

「いやいや、アキちゃんだって無駄に可愛いじゃん」


 なっ……!

 私は一気にぶわわっと体温が上がり、顔が紅潮した。

 な、なんか不意打ちで殺し文句を、さらりとぶっこんできた……!


 そんな私の動揺を見てとったマサルさんは、瞳に面白がるような光を浮かべ、ニヤリと悪そうな笑みを浮かべた。

 ……非常〜に嫌な予感がします。はい。


 マサルさんはにじにじとラグの上を這って私の背後に回り、後ろから私をやんわりと抱きしめると、右側上方から耳元に唇を近づけて囁いた。


「マジで。アキちゃんはめっちゃ、可愛いよ?」


 ゾクッ。

 私は背中に感じるマサルさんの体温やら耳元に感じるマサルさんの吐息やら囁かれた言葉の破壊力やらに鳥肌がたってしまう。

 ぅあ……ヤバい……元々私は耳が弱いしっ……あとマサルさんの真剣な顔にも弱いし、マサルさんの真剣な声にも弱いし、マサルさんに後ろからぎゅうってされるのも弱いっっ。


 ずるいですよ。

 私の弱いところを熟知しているあなたに、今そんなふうに耳元で甘く囁かれたら。

 流されてしまいそうに、なるじゃないですか〜〜。


 持ちこたえようと必死な私に、しかしマサルさんの耳元破壊力発言は更に続く。


「ね。恥ずかしくないから……電気点けていい? アキちゃんの全部俺にいっぱい、見せて?」

「っ……っ……っ……」


 ど、動悸息切れがっ……こここ殺す気か!


 私は動揺ですっかり息が絶えだえになりつつも、このままマサルさんの思惑通りにされるのは悔しくて。そのジレンマでプチパニックにおちいり、マサルさんの腕の中から逃れようとジタバタもがき、手をグーにしてまるで駄々っ子のようにムキーッ! と癇癪を起こしてしまう。


「だー! もー! だから、見られるのが恥ずかしいって、言ってるじゃないですか! 私はっ……私は体型とか自信無いしっ……いっぱい見られたくとか、ないんだってば!」

「え。そんなこと気にしてたの?」

「そんなこととは、なんですか!!!」


 私は真っ赤になって頭から湯気を立てながらドッカーン! と爆発し、くるりと体を反転させてマサルさんに向き直り、彼の胸倉を掴み上げた。


「好きな人とベッドインする際に、体型を気にしない女の子が、どこに居るとですかーーっっ!!!」

「ゴフッ……あ、アキちゃん、ちょっと、落ち着いて……」

「そりゃ私だってふ〜じこちゃ〜〜ん的なナイスばでーだったら電気でもなんでも点けてヤルァ! ですよ! しかしてその実体はふっっつーうの純日本人体型なんです! むしろバストのサイズとか平均値を大きく下回っちゃってるんです! 本来なら恥ずかし過ぎてマサルさんの眼前に一ミリも晒したくないのが本音なんですからね!!!」


 マサルさんは私の勢いに気おされながらも「いや、アキちゃん普通に乳だし……」とフォローを入れてきたが、「乳で悪かったですね!」と更に頭に血が上った私に胸倉をギリギリ締め上げられるハメになり、「ひいいぃっ! 『ビ』が違う違う〜〜っっ」と私の肩をタップしまくる……というような攻防が数分間展開した。

 え?

 バカップル?

 ……それは否定できませんが。


 しかしそうやって適度に戯れて体力を消耗したことで、私もちょっと冷静さを取り戻し、会話が再開された。


「ゼィ……ハァ……。だ、だから電気を点けたままとかあり得ないです……」

「う、うん……分かったけど、これだけは言わせて」


 私が向かい合わせに座ったまま、マサルさんを見上げると。


「俺、アキちゃんの体、好きだよ。アキちゃんのさらさらの髪も好きだし……」


 マサルさんは右手を私の左のこめかみからロングストレートの髪の中に鋤き入れて、髪を滑らせながら私の左耳を指先でさわさわと愛しげにもてあそんだ。

 私は思わずビクッ!と肩を跳ね上げてしまう。

 ひゃっ……! ……だから、耳はヤバいって……マサルさんも知ってるハズっ……なの、にっ……


 そしてマサルさんは私の左耳を弄っていた指先を撫でるように首筋におろし、肩から二の腕へと滑らせながら右耳に口元を近づけ、男性ならではの色気溢れる低音で囁いた。



「アキちゃんの白い肌が赤く染まるの見るのも、すげー好き」



 ゾックゥゥッッ!!

 震え上がった。

 くっ……再び動悸息切れが……死ぬのか……私は今ここで死んでしまうのか……


 心臓がバクバクして、呼吸が乱れてしまいそうになるのを、必死にこらえる。でも体温が上がってしまうのは止めようがない。きっと、今まさにマサルさんが指摘した通りに、全身が一瞬で赤く染まってしまったに違いない。


 私は唇を噛み締めた。

 くぅっ……結局いつもいつも、マサルさんに本気出されたら、所詮8つも年下の私なんて、敵わないんだからっ。

 もおおぉぉおお〜〜っっ。

 ずるいずるいずるい!!


「俺ね、アキちゃんが俺だけに見せてくれる、アキちゃんも知らないアキちゃんのこと、いっぱい知ってるから。ベッドの中のアキちゃんがどんだけ可愛いかも、知ってる。俺の独占確定だから、誰にも見せる気ないけどね」


 マサルさんはそう述べると、私の両頬を両手で優しく挟んで私の瞳を覗き込み、悠然と微笑んだ。



「俺の眼に映るアキちゃんは、全部、可愛い」



 カアアァァ〜〜。

 私は熱に浮かされたように真っ赤になって。

 呼吸は荒くなり、瞳は潤み、まるで縫いつけられたように、マサルさんの瞳から視線が外せない。


 ……ずるいですよ。

 今そんなふうに、まるで宝物を触るみたいにあなたに触れられたら。

 私もあなたが愛おしくてたまらなくなる、じゃない、です、か……


 全身茹で上がった状態で、肩で息をしてマサルさんをうるうると見つめたまま、身動きできずにふるふる震える私に、マサルさんがクスリと笑いながら、囁く。


「ベッドに、移動しても?」

「で、電気はっ……」


 ギュッと目を瞑ってあうあうと小さく呟く私の様子に、マサルさんは愛しげに目を細めて。私の頭を撫でて苦笑しながら「了解」、と優しくのたまうと。



 パチリ、と部屋を暗くした。




お読みいただき有難うございます、こんにちは。


前作の『日曜、朝。布団から出る出ないの攻防』は「砂糖吐く」を目指して書き始めたところ、コメディに着地してしまい。

今回「コメディになってもいいやー」と思って書き始めたら甘々恋愛(私的には)に着地した。何故だ。

そのお話のカラーって、ラスト次第なんだなぁと改めて思う今日この頃です。


惚れた男子には敵わなくて「もー!」ってなる女子と。


惚れた女子には最終的には勝てない男子。


……私はそういうお話が好きみたいです(笑)

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