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狂犬嬢と羊な執事



「八木! 八木はいないの?」


 黒髪長髪ストレートのお嬢さま然とした美少女が、大声で誰かを呼びつけながらのっしのっしと、屋敷内の廊下を練り歩いていた。

「おやお嬢さま、八木をお探しですか? たぶん離れの方にいると思いますが」

 庭師の丹羽の言った場所に行くと、たしかに一室だけ鍵のかかった部屋がある。目的のものはこの中にあると確信した嬢は、必要以上に乱暴にドアをノックした。ノックというよりは、叩き込む、とでも表現した方がいいかもしれない。


 反応が無いと見ると、後ろに続くやたらと長い廊下にドアから三十メートルほど距離をとった、ところで、ポケットの中の携帯電話がメールを受信したことを知らせる間抜けなメロディを鳴らした。携帯が「ダー!」という前にボタンを押し、メールの内容を確認する。


『しばらく旅に出ようと思います。探さないでください。有給はください。  八木より』


 携帯を床に放り投げ、嬢は弾かれたように走り出すと、二十五メートル地点でトップスピードに到達するや左足で地面を押し込み大ジャンプ、空中でその細い右足を扉に向かって突き出し――


「ひっさぁっ(必殺)! チャランボォッ!」

 だがドアはむざむざ破壊されることを嫌ったのか室内に引き込まれ、嬢の飛び前蹴りを代わりに受けたのは、中から現れた執事然とした衣装を着た男の顔面だった。


 男は鼻血を流し、そのまま後ろに倒れこむ。これが格闘技であるならば間違いなくKOゴングが鳴っているところだろうが、ここはあくまでも個人所有の家屋、リングではない。

「おい八木! きさま、いつまで引きこもっているつもりか!」

 嬢は物言わぬ執事を執拗に踏みつける。跡が目立たないように、腹部を重点的に攻め立てている。

「あのすいませんお嬢さま。ぶしつけなようですが、踏むなら顔に……」

 嬢は胸倉のYシャツをつかんで執事の体を引き起こすと、そのまま首相撲の体勢に持っていった。


「何年だ、ん? 貴様いったい、何年そうやっている?」

「もう五年……ですか。執事は三年……うっ!」

「何が執事だたわけ! そう自称したければ仕事しろ。洗濯しろご飯作れ買い物行け!」

 容赦なく繰り出される膝蹴りだったが、体の密着率ゆえに執事は恍惚の表情を浮かべている。先程の鼻血もおそらく飛び蹴りのダメージによるものではないだろう。


「お嬢さま、うっ! 蹴り飽きたらうっ! 顔踏んでくださってうっ! けっこうですうっ!」

 何かが、主に堪忍袋の緒が、プチンと切れる音が嬢の頭の中で響いた。

 執事の頭を下ろし首を脇に抱える。空いている方の手で相手の腰をがっちりとつかむ。


「あの? お嬢さま?」

「そんなに頭に喰らいたいんならなあ……」

「頭なんて言ってませんけど」

 そろそろ本格的に命の危険を感じ始めた執事だったが、がっちりと極まっている技から逃れることはできない。


「この屋敷の中で行われることについて、警察が関与することはないんだ」

「ひょっとしてこれって、新技ですか?」

「ひっさつ……」

「ちょちょちょっと、ちょーっと待っていただけませんか」逃れることはできない。


「サンダー」


「そのですね、その、未経験の大技を受けるにはですね」逃れることはできない。


「デス!」

 八木の体が宙に持ち上げられる。足は天を、頭は地を指す格好になる。

「ダメージ量が蓄積されすぎて」逃れることは、


「ド! ライバーーーッッッッ!!!!」

 どうして私が下僕の戯言を、最後まで聞き届けなければならないのかしら? 

 と言わんばかりに、「蓄積」のあたりから回転を加え始めた嬢は、自分付きの執事をそのまま脳天からたたき落とした。窓の外では庭師の丹羽が腕を組み、満足げにうなずいている。

「起きろ。手加減したんだ、それほど効いていないだろう」


「お、お嬢さま……」

 嬢の言葉とは裏腹に、執事はすでに虫の息である。嬢を指差し何か言いたそうに口をぱくぱくと動かす。

「自慢の姫カット……乱れてますよ……」

 執事は意識を失う寸前、一瞬だけにっこりと微笑んだようだった。


 嬢は顔を真っ赤にしてプルプル震えている。


「なによ……」

 執事の傍ですっとしゃがみ込む。口を一文字に結んだその姿は、たった今の暴行とは到底結びつかない可憐さを持っていた。

「何言ってるの……」

 嬢は少しでも整えようと手で髪を撫でつけると、執事の腹の上にまたがった。そして――

「ひっさぁっ!」

 振り上げた両手を同時に相手に叩きつけるのは、モンゴリアンチョップと呼ばれる技である。仰向けに寝ている相手には容易に入る。


「なに言ってんだ! きさまに髪を任せた結果がこの無残そのものじゃないか! なんで前髪が不必要にそろっているんだこのやろう」

 ガスガスと五、六発チョップをきめたところで、マウントポジションからのコンボは腕ひしぎ十字固めに移行した。


「お嬢様、いたいです」

 いろいろな意味で目を覚ましたらしい執事は、ようやく正常な反応を見せた。

「だったら働け。当家に無駄飯ぐらいを養っておくほどの心の余裕はない」

「存じております」

 よいしょと言うと、執事は腕を固めている嬢を、軽々と持ち上げたまま起き上がった。

「あ、そうだ。お嬢さま、靴下ください」

「腕をもがれたくなかったら、このまま黙ってわたしの部屋まで運べ。そして勉強をみてほしい。とくに算数をな」


「了解しました、お嬢さま」

 廊下全体に敷きつめられた厚手のじゅうたんが、足音を吸収してしまうので、聞こえるのはランドセルの金具が立てるカチャカチャという音だけ。なんだかんだで日常を満喫しているな二人を遠目に、落涙する庭師が一人。


「オ嬢サマ、ワタクシメガオ教エスルコトハモウ、ナイヨウデスネ。ゴ立派ニナラレタモノダ……」

 

 ロボット口調の庭師の丹羽は、日が暮れた後もただただ立ち尽くしていたという。



                 おしまい



登場人物紹介


・執事:八木やぎ ひつじ

執事にして当代きっての引きこもりではあるが経理担当者なので、昼間は学校に通っている嬢は彼の仕事をいまいち理解してくれない。アフター5の業務は主にサンドバッグ兼家庭教師。体は丈夫。変態ではない。


・嬢:むらさき 陽花はるか

 体重がきわめて軽いため、彼女の繰り出す必殺技のほとんどは、全くと言っていいほど威力はない。まだ子供なのでメイドと執事の区別がつかないのも無理はなく、彼女なりの方法で八木を更生させようとしている。ランドセルは黒。


・庭師:丹羽にわEZイージー.Reconstructリコンストラクト

 技術の粋を集めて作られた庭師ロボット。通称「庭いじりロボ」。涙腺の備わっていない彼の目から涙が流れるのは、そのように自己進化しつつあるのか、人間をベースに作られたからなのか。詳しくは火の鳥復活編を参照。


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[一言] とてもおもしろかったです。 連載希望します!!!
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